駆け出し冒険者レイド⑤
久しぶりにぐっすりと眠り、目を覚ましたら自分でも驚くほどの爽快感に包まれていた。
何やら目の前がはっきりと見えるような気がする……身体の感覚も前よりずっと軽い。
(ここまで違うのか……疲労はちゃんと取っていたのだけど……)
気が付けば俺から離れて眠っているアイダを起こさないよう、静かにベッドから起き上がり身体を解していく。
そうしてしっかりと意識を覚醒させてから、改めてアイダの方へと振り返る。
「むにゃむにゃ……すぴぃ……えへへ……それ違うからぁ……くぅ……」
可愛らしい寝息と緩み切った笑顔を見せながらゴロゴロとベッドの上を転がるアイダ。
いつの間に脱いだのか、ベッドに入るまで身に着けていた皮の鎧は床の上に落ちていて彼女は下着姿でお臍丸出しで眠っている。
やはり胸部は平坦で全体的に子供のような身体つきをしているが、それでも女性がそのような無防備な姿を晒しているところを見るとドキッとする。
(い、いけないいけない……恩人のアイダさんをこんな目で見ては……)
出会ってからまだそれほど時間は経っていないけれど、彼女にはとても助けられている。
行く場所のない俺をこんな居心地の良いところへと連れてきてくれて、依頼の手助けをしてくれた挙句にようやく一つの事を成し遂げさせてくれた。
本当に感謝してもしきれない。
(そうだ、俺は冒険者になったんだ……なれたんだ……)
朝日が差し込める窓から顔を出し、外に広がる見慣れない町景色を眺めて見る。
目を覚まし活動を始めている人々が家の周りを掃除したり、挨拶を交わしたりしている。
それでもかつて暮らしていた街とは違い、小さくて人の行き来も少ない町だけれどこっちの方がずっと素敵に見えるのは俺の個人的な心情故だろうか。
(ここで俺は新しい人生を送るんだ……始めようっ!!)
妙にやる気が溢れている。
昨日の成功体験と仲間のみんなに認められてお祝いしてもらったこともあるが、やはりこれはアイダの言う通り休養を取って心の安定が戻ってきたのが大きいのかもしれない。
だから早速冒険者として活動したいと思えて、少し早いかもしれないけれどギルドへと向かおうとした。
「んふふ……ふぁぁぁ……眠……」
「おはようございますアイダさ……先輩、昨日はありがとうございます」
そのタイミングでちょうどアイダが目を覚ましベッドから降りてきた。
彼女に挨拶とお礼を言って頭を下げると、向こうは寝ぼけ眼を擦りながら頭を下げ返してくる。
「んにゃぁ……おはようレイドぉ……今何……えっ!? れ、レイドぉっ!? な、な、なななな何でここにいるのぉっ!?」
「えっ!? い、いや昨日アイダ先輩が俺をベッドに連れ込んだんじゃないですか?」
「ふぇぇっ!? し、知らないよそんなことっ!? えっ!? じゃ、じゃあ何っ!? ぼ、僕たち一緒に寝たってことっ!?」
「え、ええ……おかげさまで久しぶりにぐっすり眠れました」
「そ、そんなことどーでもいいのぉっ!? あっ!?」
急に恥ずかしそうに騒ぎ出したアイダは、自分の格好に気が付くと慌てて隠すように毛布を手に取り身に纏った。
「あ、あの……ひょっとして酔っていて昨日の事覚えてないんですか?」
「うぅぅぅ……そ、そう言えばレイドに部屋まで送ってもらったような……あぅぅ……ぼ、僕なんてことをぉ……」
「す、すみません……俺が変なことを言ったばっかりに……」
「な、何を言ったのっ!? ま、まさか告は……えぇっ!?」
顔を真っ赤にしながら物凄く混乱した様子でバタつくアイダ。
このまま俺がここにいては落ち着くことも敵わないだろう。
「と、とにかくすみません……先にギルドに行ってますからまた後で……」
「ふぇぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよぉっ!! い、今着替えるから外で待っててっ!!」
「い、いやしかし……少し時間を置いたほうが……」
「い、いいから早く出てってぇっ!!」
「は、はいっ!!」
アイダに言われるまま部屋を出て、宿の廊下で待機する。
すると隣の部屋で寝ていたと思われる男の人や、宿を清掃している店員と思わしき人が含みのある笑みを浮かべながらすれ違っていく。
「昨夜は騒がしかったなぁ、おい……色々と気をつけろよ」
「す、すみません……」
「ふふふ、昨夜はお楽しみでしたようですねぇ……」
「い、いやそう言うわけでは……」
(な、何か誤解されてないかコレ? や、やっぱり仮にも異性の方と一緒に寝たのは不味かったかなぁ……)
「お、お待たせレイド……そ、それで昨日の事なんだけど……」
「と、とりあえずギルドに向かいながら話しましょう」
「え……そ、そう? レイドがそう言うなら構わないけど……」
居心地の悪さに耐え切れなくなった俺は、アイダが来るなり急いで宿を飛び出した。
「ま、待ってよレイドぉ……早いってばぁ……」
「す、すみません……」
「もう、せっかくだし朝食ぐらい食べて行けば……でもそうか、レイドってお金あんまりないんだっけ?」
「あんまりというか一文無しと言うか……まあ魔法が使えるので困りはしませんけど……」
身の回りの大抵のことは、魔法でどうにかこなすことができる。
街にいた頃、両親を含めた周囲からの支援を失い実質的な一人暮らしをしていた際に身に着けたものだ。
尤も魔力の補充の意味もあり、空腹だけはごまかしようはないのだがそれはあえて言わなかった。
「そーなんだぁ……だけど困ったことがあったら言ってよ? 少しぐらいならゆーずぅできるんだからね?」
「ありがとうございます、だけど今は大丈夫です」
俺を気遣うような声を出すアイダだが、もうこれ以上彼女に……皆に頼るわけにはいかないだろう。
昨日のマスターもそうだが、誰もかれも優しすぎるからこそなおの事皆に迷惑をかけず自力でやりくりしていきたいと思う。
今までも退治した魔物の肉を調理して何とかしてきた……これからもどうとでもなるはずだ。
(昨日のお祝いの席で食事も頂いたし、取り合えず今日一日ぐらいは持つだろう……それに報酬も入るらしいし……)
「そぉ……まあ無理はしないでよぉ……何度も言うけどぼーけんしゃってのは身体が資本なんだから、無茶は厳禁だよ?」
「わかりました、先輩のお言葉は肝に銘じておきます」
アイダの方を見つめてはっきりと頷きかけると、彼女は得意げに頷き返してきた。
「よろしいっ!! そ、それでそのさっきの件だけど……え、えっと僕……ん?」
そこで急にもじもじしだしたアイダは何やら話題を切り出そうとしたけれど、不意に言葉を切って何かを訝し気に見つめ出した。
俺もその視線を追って前を向くと、ちょうど冒険者ギルドが見えてきていて……何やら入り口に人が集まっている。
(マスターと……誰だろうあの人たちは?)
マスターに何やら話しかけている若い女性は、赤茶けた髪の毛を三つ編みにして長く伸ばしているどこにでもいる町娘という風貌だ。
しかし遠目から見える横顔でもそれなりに整っていると分かり、何よりもその身体つきはメリハリがはっきりと付いていて非常に特徴的だった。
その隣には頭髪が少し薄くなった中年の男性もいるが、こちらは身体つきがしっかりしていて何やら迫力を感じる。
他にも教会の僧侶と思しき男性もいて、ちょっとした人だかりができていた。
「あれれ? 何でフローラが? おっちゃんも一緒みたいだし……きょーかいの人まで来ちゃって……何かあったのかなぁ?」
「ええと……知っている方ですか?」
アイダが不思議そうに呟いた声には人名が含まれていて、思わず尋ね返すとはっきりと頷いて見せる。
「うん、前にちょっと話したと思うけどあのおっちゃんが元ぼーけんしゃで今は道具屋をけいえーしてる人なんだよ……んで隣居るあの子が一人娘のフローラ……僕と同い年なんだぞ」
「へぇ……アイダ先輩と……えっ? アイダ先輩今幾つなんですか?」
思わずアイダの方へと振り返って尋ねてしまう。
「これでもじゅーろくぅっ!! 立派な大人ぁっ!! レイドこそ幾つなのさっ!?」
「そ、そうだったんですか……俺はもうじき十九歳に……」
「おおっ!! レイドっ!! 丁度いいところにっ!! こっち来い早くっ!!」
そこへマスターからの声が掛かり、顔を上げると皆が俺を見つめていることに気が付いた。
(な、なんだっ!? 俺がまた何かして……いや、皆の視線に悪意は見られない……どちらかと言えば笑顔と言うか、期待に満ちているというか……)
昨日までの俺ならば間違いなく自己嫌悪に入っていたはずだが、本当に睡眠が良いほうに作用しているのか冷静に観察することができた。
おかげで取り乱すことなく近づいて普通に話しかけることができた。
「おはようございますマスター……ええと、どうかいたしましたか?」
「いやそれがな……」
「貴方があの特薬草を納入してくださったレイドさんですかっ!?」
「えっ?」
マスターが返事をする前に、フローラが興奮した様子で俺の手を取った。
「へぇ……お前さんが……」
「貴方様が……初めて見る顔ですね……」
それに対して道具屋の店長と僧侶の二人の男性は、俺を上から下まで見つめて納得したようなしてないような声を出す。
「え、えっと……よく話が見えないのですが……?」
「そうだよぉ、僕たちきたばっかりでなんも訳わかんないんだからねぇ……ちゃんとせつめーしてよぉ~」
「あっ!? ご、ごめんなさい私ったらつい……どうも初めましてレイドさん、私はフローラって言いますっ!!」
「ど、どうもレイドです……それでその……これは一体?」
「それなんだが……レイド、お前昨日納入した薬草に変なの混じってただろ?」
俺の疑問を聞いてマスターが、どこか得意げな表情で説明し始める。
「え、ええ……アイダ先輩が指摘してくれて気が付きましたけれど……」
「そーいえばあったねぇ、雑草にしか見えない奴……それがどうかしたの?」
「そうそれなんですよっ!! 実はあれは薬草の中でも特に強い効能を持つ特薬草と呼ばれる物なんですよっ!!」
フローラが目を輝かせながら握った俺の手を上下にぶんぶん振り始める。
「そ、そうなのですか?」
「ああ……その効能は普通の薬草の十倍以上だから色んな場所で求められてるんだが、見た目上は雑草と区別がつかないから専門家でもそうそう見分けられなくて仕入れるのにどこも苦労してるんだよ」
「そうなのです、しかも研究もまだ途上でして薬草の亜種という説から、雑草に紛れて長期間誰からも手を出されずにいるうちに沢山栄養を蓄えているから効能が高いという話まで様々な推論が出ているほどでして……」
「要するに滅多に手に入らないレアな代物なんですよっ!! それをこんなにも納入してくださって、本当に感激ですっ!!」
「まあ、そう言うことだ……それでお前さんへのお礼もかねてこうして報酬を持参してきてくれたんだ」
皆に代わる代わる説明されて、ようやく俺は事情を呑み込めてきた。
(そ、そうか……効能が高くても薬草としての性質自体は変わらないからあの魔法に引っかかって反応してたってことかっ!?)
「そ、そんな薬草があったんだぁ……うぅ、僕全然知らなかったぁ……はぁ……やっぱり『薬草狩り』の異名はレイドのものだね……ぐすん……」
ちょっと涙ぐみながら恨めしそうに俺を見上げてくるアイダ……どうやらよっぽどあの二つ名を気に入っていたらしい。
「い、いや別にアイダ先輩の異名を取るつもりはないのですが……」
「うぅ……ほんとぉに取らない?」
「別にCランク以下の異名は正式なものじゃないから今まで通りアイダが名乗ってもいいんだが……」
「まあそれはそれとしてだ、今回の報酬だ……受け取ってくれ」
「はぁ……ありがとうござい……えっ?」
そう言って道具屋の店長が渡してきた金額は、依頼額の十倍以上だった。
「えっ!? な、何でこんなにっ!?」
「そりゃあお前、依頼した以上の量と質の物を納入してくれたんだから特別ボーナスが付かないわけないだろう?」
「い、いやですが……多すぎませんか? 大体特薬草自体は十本ぐらいしか渡してませんよっ!?」
予想外の額に、俺もアイダも逆に驚いてしまう。
(仮に特薬草が効能通り薬草の十倍の価値があったとしても、こちらに十倍以上の報酬を払ったら±0で商売にならないのでは?)
そんな俺の疑問に気づいているのか、向こうはさらに説明を重ねてくる。
「いえ、レイド殿……先ほども言ったように効能こそ十倍ですが使い道は多岐にわたります……特別な薬品を作るのにも使えますから研究者の方々も欲しがるでしょうし緊急事態用に高ランクの冒険者様から貴族様にまで需要はございます……もちろん当方の教会でも怪我人の治療に使わせていただきたいと思っております……」
「そうなんですよぉっ!! 本当に全然手に入らないのに色んな人が欲しがってるんですよこれっ!! だから実質的な価値は百倍ぐらいあるんですよっ!!」
「え……あ……ひゃ、百倍っ!?」
「ふぇぇええええっ!? う、うっそぉおおっ!?」
再度驚く俺とアイダ……ただ単に魔法で適当に採取してきた代物にそこまでの価値があると言われてもまったく現実味がない。
しかし実際に手渡されている額と、そして目の前で俺の仕事を褒めたたえる人たちを見ていると嘘だとも思えなかった。
「そう言うわけでして、いずれまたレイド様に特薬草の納入をお願いしたいと思っております」
「今はまだ報酬が用意できないから無理ですけど、その際には相応しい額を用意しますからぜひお願いしますねっ!!」
「え、ええ……それは構いませんが……」
「そりゃあ良かった……わざわざ顔見せした甲斐があったなぁ……ちなみにどうやって見分けたかは流石に教えてもらえねぇよな?」
道具屋の店主の言葉に俺は首を横に振って見せる。
「いえ、別に秘匿するほどの事ではないですし……ただ範囲内にある物体を識別する魔法を利用しただけですから」
「そうそう、レイドったらパァッッと魔法使ってササっと回収しちゃったんだよっ!! だから僕も傍に居たけど真似できそうにないのぉ……うぅ……」
「そ、そうなんですかっ!? レイドさんってすっごい魔法使いなんですねっ!! そんな魔法聞いたことないですよっ!!」
「えぇ……そんなはずないんですけど……図書館に合った何かの本に書いてあった魔法ですから……」
言いながら読んだ書物を思い出そうとするけれど、表紙からタイトルまで全く思い出せない。
何せ不眠不休で必死に内容を読み解き、実績を上げることに専念していたから細かいところまで覚えている暇がなかったのだ。
(けど確か……図書館の管理人に魔法が乗ってる書物を可能な限り集めてもらおうとして……だけどあの人も普段物凄く嫌がらせしてくる人だったはずなのに妙に好意的に用意してくれてて……多分その中に紛れてた一冊だよな?)
「……俺も昔はBランクの冒険者として色んな魔法使いに会ったが、そんな魔法を使える奴はいなかったぞ?」
「私も教会に傷を癒しに来る冒険者の方に色々と話を聞いていますがそのような魔法は一度も……そもそもそのような魔法が存在するのならば魔術師協会辺りに所属する誰かが特薬草の回収に使わないはずはないのですけれど……?」
「そ、そう言われますと確かに変ですね……何ででしょう?」
不思議そうに首をかしげる皆に混じり、俺もまた同じように首をかしげる。
「まーそれはそれとして、良かったじゃんレイドっ!! 専属依頼もできたみたいだし、報酬もいっぱい貰えるみたいだしとりあえず素直に喜んでおこうよっ!!」
「ははっ!! アイダの言う通りだなっ!! 何はともあれ文無しから脱して何よりだっ!!」
「は、はぁ……それはそうですが……」
「おいおい、これは何の騒ぎだよ?」
「ん? フローラにおっちゃん……それに神父さんまで……おいおいこんな時間までここにいていいのか?」
そこへトルテとミーアがやってきた。
彼らの言葉で気がついたが、話しに夢中になり過ぎて結構な時間が過ぎている。
「あぁっ!? し、しまったぁっ!?」
「ま、不味いっ!? もう店を開ける時間だっ!? それに特薬草の交渉も始めねぇとっ!!」
「そ、そうでした教会に戻らなければ……で、では失礼しますレイド様っ!!」
「……何だったんだおい?」
「すっごいんだよ二人ともっ!! レイドったらとんでもない物を……」
慌てた様子で立ち去って行く彼らを見送りながらぽつりとつぶやいたトルテとミーアに、アイダが自分の事のように嬉しそうに事情を説明し始める。
その後姿を何とも言えない不思議な気持ちで見つめる俺に、マスターが意味深に頷きかけながらギルドの扉を開け皆を中へと招き入れるのだった。