駆け出し冒険者レイド④
「うぉぉい……レイド飲んでるかぁ……ヒックぅ……」
「はいはい、もう十分頂きましたからね……じゃあトルテさん、ミーアさんのことはお願いします」
「おぉう……ま、任せと……ウェェ……の、飲み過ぎたぁ……そっちこそアイダは任せたぞ……うぐぐ……」
酔い潰れたミーアを背中に背負って、トルテはふらふらと冒険者ギルドを後にした。
それを見送ってから、俺は改めて机に頭をくっつけて動かないアイダの元へと向かった。
「すぅ……くぅ……むにゃむちゃ……レェドォ……負けないか……すぴぃ……」
「完全に泥酔してるなぁ……しかしレイド、お前初めてのわりにお酒まで強いなんてなぁ……大した奴だよ……」
「あ、あはは……」
少しふら付いているけれどこちらはまだ正気を保っているらしいマスターの言葉を、適当に愛想笑いしてごまかす。
(い、言えない……最初の一口でふらふらになって、それからは状態異常治療用の魔法を小まめに掛け続けていたなんて……)
尤もそのせいで、俺より先に酔うものかと誰もかれもがハイペースでお酒を開けるようになった結果がこの惨状だった。
何だか物凄く罪悪感を感じる……だからこそちゃんとアイダは責任もって宿へと送り届けなければと思う。
「じゃあ失礼します、また明日もよろしくお願いします」
「ああ……多分明日にはカードもできてるし、同じ町の依頼だったから報酬も用意できると思う」
「それは助かります……何せ今は一文無しですからねぇ」
「そうなのか? それじゃあお前今日の宿はどうする気なんだ?」
心配するような声を出すマスターに首を横に振って見せる。
「まあ何とでもなりますよ……じゃあまた明日……」
「お、おいレイドっ!? 何なら一晩ぐらいならここに泊って行っても……」
「大丈夫ですよ、慣れてますから……」
もう一度安心させるように呟きながら、俺はアイダを背負い彼女が宿泊しているという宿へと向かう。
時折振り返ると、マスターが俺のことを不安そうに見つめていた。
(本当に大丈夫なんだけどな……野宿も、徹夜も慣れてるから……)
ずっとアリシアに追いつこうと努力を重ねて、だけど凡人な俺は普通に頑張るだけでは全くダメだった。
だから疲労回復の魔法を利用して、ほぼ不眠不休で活動し続ける日々を送っていた。
また家や他の施設では嫌がらせや妨害行為がよくあったから、そんな諍いを避けるためにも野外を転々として過ごした時間の方が多い。
おかげでアリシアが何かの折に家を訪ねてきてもすれ違ってばかりだった……尤もそんなことは近くを通ったついででしかなく数えるほどしかなかったけれど。
(少し前から俺の部屋はもはや物置状態だったもんなぁ……一応勉強に使ったノートだとかは置いてあったけど今頃処分されてるのかなぁ……)
アリシアが第二王子から想いを寄せられるようになってから、公爵家は元よりうちの両親の態度も露骨に変化した。
恐らくは圧力がかかるようになったのだろうけれど、その前から周囲の妬みの視線に怯えていたうちの両親はすぐに屈して俺を生贄にすることを選んだようだ。
最初こそこちらを気遣うように婚約解消を口にしていたが、俺がいつまでもその座に縋りついているせいで最終的には邪魔ばかりしてくるようになった。
そんな二人のことだ、きっと俺が居なくなった後は周りの目を気にして痕跡を一つ残らず処分していてもおかしくはない。
(どうせこうなるならもっと早くに解消すれば、父さんと母さんにまで嫌われずに済んだのかな……だけど俺はアリシアを愛して……ふふ、その肝心な女の子に嫌われてたのだから何の意味もないじゃないか……)
当時はその圧力に関してアリシアは何も知らず、公爵家と王家が互いの利益のために勝手に動いているのだとばかり思っていた。
だから俺とアリシアが愛し合っていれば……その想いを貫ければきっと跳ね除けられると信じていた。
(だけど今思えば、俺ってアリシアから好きだって言われたこと一度も無いよなぁ……嫌いじゃないとは言ってくれたけど、あれは婚約者へのお世辞か……本音だとしてもその辺の一般人と同じ程度の存在でしかなかったってことだよなぁ……はぁ……)
何よりその言葉だって十二歳前後の頃しか聞いていない……彼女が第二王子と親しくなった時には俺たちは疎遠になりつつあった。
俺は修行で忙しかったしアリシアだって家業が忙しくなり、共に遊びに出かけることもなくなっていった。
(あの時期から……いやその少し前からアリシアは身分の近い色んな男性と仕事の関係で付き合うようになったし、好意を寄せられるようになっていった……そりゃあ俺みたいな駄目な男の、愛情だけが取り柄みたいな男は嫌われるよなぁ……)
俺の目にはアリシアしか入っていなかった……だけど肝心な彼女の気持ちは全く見えていなかったようだ。
一時期は相手の顔を見るだけで考えていることが読み取れるぐらい親しくなれたと思っていたけれど……あれも今となっては俺の独りよがりだったような気がしてくる。
(ひょっとしてアリシアも俺に婚約解消を迫るために裏で手を回してたりしてたのかな……だとしたらアリシアの手まで汚させたことに……俺は本当に、何のために今まで生きて……)
「んんぅ……あれぇ……レェドォ……うぅ……ここどこぉ……?」
どんどん自己嫌悪で落ち込みそうになった俺の思考を、アイダの声が現実に引き戻した。
どうやら意識を取り戻したようで、しかし未だに酒が抜けていないらしく現状を把握できていないらしい。
「今アイダさんを宿屋へ送り届けているところですよ……もう少しですのでそのまま寝ていても大丈夫ですよ」
「んぅ……はぁい……あぁ……レイドぉ……また僕を先輩って呼んで……うぇぇ……き、気持ちわるぅい……」
「大丈夫ですか? 何でしたら酔い覚ましの魔法でも掛けましょうか?」
「うぅ……えぇ……そんなのあるのぉ……おぇぇ……れ、レイドひょっとして全然酔わなかったのって……うぐぅ……っ」
「あ、あはは……そ、そんな事より気持ち悪いのでしたらやっぱりかけておきましょうね……我が魔力よ、この身に触れ……んぅっ!?」
慌ててごまかそうと詠唱を始めた俺の口を、アイダの小さい手が抑え込んだ。
おかげで呪文が唱えきれず、発動したい効果のイメージを固められずに魔法は不発に終わる。
(うぐっ!? ね、練ろうとした魔力が暴発して……お、お腹痛い……)
体内で練り上げている最中に阻害されたことで、その魔力が俺の身体を傷つける。
これが簡単な除去魔法だったから良かったが、もしも攻撃魔法などだったら本来発動するはずの威力がそのまま我が身に返ってくることになる。
尤も恐らくアイダは魔法を使えないからそう言う仕組みを知らずに阻害したのだろう……俺としても大した被害じゃなかったから指摘しようとは思わなかった。
「だめぇ……せっかくいい気分で酔って……うぇぇ……うぅぅ……」
「……いい気分どころか苦しそうに見えますけれど、本当にいいんですか?」
「うぅん……確かに飲み過ぎて苦しいけどぉ……うぷっ……こーしてなんも考えられないよーに……うぇ……酔ってるんだから……」
「……そういうものなんですか?」
今まで一切お酒を飲んでこなかった俺には全く分からない感情だった。
「まあねぇ……うぅ……どぉせ僕たちなんかろくな一生送れないからさぁ……はぁぁ……下手にれいせーだと眠る前とかに色々と無駄に考えちゃって……うげぇ……だ、だからこれぐらいグラングランのホーがよく眠れ……うぅ……頭痛ぁい……これじゃあ眠れないよぉ……」
(言ってることが思いっきり矛盾しているような……まあ酔っぱらってるから仕方ないのかな……)
「はぅぅ……レイドもさぁ……嫌ぁな事とかあって眠れないときとか酔っぱらうまでお酒飲んだらよく眠れ……あぐぐ……頭痛が痛いようぉ……うぅ……」
「いえ、俺は基本的に眠らないので……それよりも着きましたよ」
事前に冒険者ギルドの人たちに教わっていたアイダが借りている宿屋へとたどり着いた俺は、早速二階にある彼女の部屋へと向かう。
「ここがアイダさんの部屋ですよね……鍵を貸してもらっていいですか?」
「うぅ……はぁいこれぇ……けどレイドぉ……眠らないってどういう……あぅっ!?」
アイダから手渡された鍵でドアを開けて部屋へと入ると、すぐそばにあるベッドに横たえてあげた。
そしてプライベートを詮索しないよう、出来るだけ部屋の中の物を見ないように……殆ど備え付けと思わしき家具と武具ぐらいしかなかったけれど、目を床に下ろしながら頭を下げて出て行こうとする。
「気になさらずに、それよりも施錠を……アイダさん?」
「ダメぇ……うぇ……レイドも一緒に寝るのぉ……」
「ね、寝ると言われましても……流石にそう言うわけにはいきませんよ」
服を掴まれながら、仮にも異性であるアイダにそんなことを言われて少しだけ動揺してしまう俺。
しかし彼女は純粋に睡眠行為を指しているようで、薄い毛布を持ち上げると中に入る様に引っ張ってくる。
「夜は寝なきゃ駄目ぇ……よしよしして子守歌歌ってあげるから……おいでレイド……」
「い、いえ俺は魔法で疲労を回復できますので……本当に大丈夫なんですよ」
「そんな訳ないよぉ……ちゃんと寝なきゃ心の疲れは取れないよ……僕も徹夜した次の日は暗い事ばっかり考えちゃうけど、ぐっすり寝ると大丈夫だったりするんだよ?」
「……心の疲れ、ですか?」
アイダの言葉を思わず反芻してしまう。
「そうそぉ……睡眠は大事だよぉ……はぁ……僕も少しお酒抜けてきたみたいだし、レイドが眠るまで見ててあげるからさぁ……これでもおとーとが居たからそう言う面倒見はいいんだぞぉ」
「で、ですが……やはり野宿でも何でもしますので……」
「いいからぁ……こっちこぉいっ!!」
「ちょ、ちょっとアイダさんっ!?」
躊躇する俺に飛び掛かり、思いっきり服にしがみ付いてぶら下がるアイダ。
「アイダさんじゃなくて先輩だよぉっ!! 先輩の言葉に逆らうのかぁっ!?」
「そ、そう言うことを言いたいわけでは……と、とにかく離し……」
『うるせぇぞっ!! 夜中に騒ぐなっ!!』
俺たちの騒動を聞いた隣の部屋の住人と思しき方が壁を叩いてきた。
「す、すみません」
「悪いと思ってるなら早くおいでってばぁ……ほらほらぁ、めーわくかかっちゃうから早く早くぅ」
「うぅ……し、しかし……あぁ……っ!?」
思わず今までの習慣で強く言われると委縮して謝ってしまう……ところをアイダに引っ張られて無理やりベッドの中へと引きずり込まれてしまった。
そしてすかさず、抱き枕にするように抱き着かれて動きを拘束される。
「あ、アイダさ……っ!?」
「さんじゃなくて先輩ぃ~……それにまた大声出したら怒られちゃうぞぉ~……ふふ、意外とレイドってお子様なんだからぁ……」
口元をアイダの手で押さえられて、声まで出せなくなってしまう。
そうして一切抵抗できなくなった俺に、アイダは酔いの覚め切らない赤く火照った顔に微笑みを浮かべて優しく頭を撫でてくる。
「いい子いい子……いい子はぐっすり寝ましょうねぇ……」
「あ、アイダさん……」
「よしよし……良い子はぐっすりねましょうねぇ……」
俺をあやすように優しい口調で子守歌のような言葉をささやき続けるアイダ。
身動きが取れずベッドに横になった状態でのそれは……不思議ととても心地よく感じてしまう。
(そう言えばベッドに横になるなんていつ以来だろう……それにこうして誰かが寄り添ってくれるのも……温かい……眠……)
「眠りましょうねぇ……レイドはいい子だ……眠り……」
「……あぁ……では、お言葉に甘え……て…………」
瞼が重くなって、もう抵抗しようという気持ちもなく俺はアイダの温もりを感じながらゆっくりと目を閉じた。
まるで身体が休息を求めていたかのように、すぐに睡魔が訪れて俺を深い睡眠へと誘っていった。