集合・対決④
崩れ落ちる岩盤と爆風により身体が潰される感触を最後に気絶した俺を目覚めさせたのは、皮肉にもその怪我がもたらす痛みであった。
「ぐぐ……がは……げほ……っ」
苦痛に呻きながら身体を起こそうとしたところで、全身の至る所から激痛が走り目の前が真っ白になる。
おかげで周りがどうなっているかは愚か、自分自身の状態すら確認することができない。
(ぐぅ……だ、だけど痛みが麻痺してないってことは致命的な重傷じゃないはずだ……)
アリシアやアイダの盾になる様に庇った割に、その程度で済んだことはある意味で幸運だったように思われる。
そして同時に自分がこの調子ならば二人は無事に違いないと安堵しそうになり、すぐに残る二人のことを思い出した。
(ル・リダさんっ!? ドラコっ!? 二人は無事なのかっ!?)
尤もドラコの方はル・リダが俺と同じく庇うように抱きしめていたから、まだ安全だとは思う。
ル・リダも自動回復機能が付いているのならば、頭と心臓の両方が潰されない限りは何とでもなるはずなのだ。
だからみんな無事に違いないと自分に言い聞かすが、どうしても不安は収まってくれなかった。
(くそ……どうにかして魔力を補充して回復魔法を……ん? 痛みが引いて……?)
そこで気が付いたが少しずつ全身を蝕む痛みが引いて、五感が戻ってきている。
改めて目を開くとぼやけながらも周囲の状況が分かってきて、淡い癒しの光が周囲を包んでいることが分かった。
(こ、これは範囲回復魔法か……だけど誰が……)
アリシアも魔力が限界近かったはずだし、何より彼女の魔力なら致命傷クラスであれもう治癒されているはずだ。
かといって他の三人がこの魔法を使えるとも思えなかった。
(い、一体誰……お、俺かっ!?)
もう少し視界が晴れてきたところで、ランドから頂いた自動で魔力が回復する指輪の輝きが目に留まり……同時に自身の魔力が消耗している感触に気が付いた。
どのタイミングかはわからないが、どうも自分でも気が付かないうちにこの指輪で回復した魔力を使って無詠唱で範囲回復魔法を発動していたようだ。
(ああ、そうか……俺は痛みが麻痺するほどの重傷を負っていて……だけどこの回復魔法のおかげで段々治癒されていったために痛みを感じる程度に回復して、そうして戻ってきた痛みで目を覚ましたのか……大したもんだなぁ俺って……)
我ながらよくぞギリギリのところでそんな無茶ができたものだと驚いてしまう。
そんな自分を少しだけ自画自賛しつつ、改めて回復してきた五感でもって周囲の状態を確認しようとする。
何度も瞬きして視界のぼやけが収まるのを待ち、首を曲げて確認出来る限りの場所を見回していく。
「うぅ……」
「……」
まず俺より少し先の方で呻いているアイダと僅かに呼吸を繰り返しているアリシアが見えてきた。
彼女たちも俺の範囲回復魔法により、怪我は癒えつつあるようだ。
それでも意識が戻る気配がないのは、恐らく今日まで戦い続けてきた肉体的及び精神的な疲労が一気に溢れ出ているのだろう。
(或いは俺の顔を見て安堵したとか……こんな状態で不謹慎だけど、そうだとしたら少し嬉しいな……)
とにかく二人がまだ生きていると分かっただけで、かなり心が落ち着いてくる。
次いでル・リダとドラコが無事か確認しようと更に辺りを見回そうとしたが、どうも自分の身体が無数の土砂に埋もれているようで動くに動けなかった。
(洞窟が崩壊して……途中から最低限しか固めなかったもんなぁ……)
しかし怪我の功名とばかりに俺の居るところから後ろは、ほぼ完全に土砂で埋もれている状態だった。
おまけに俺達の居る場所は洞窟の天井がしっかりと残っているため、これならば外にいる多混竜や三つ首の化け物は俺たちの居場所を見つけることが出来ないだろう。
(まあ追撃できる状態ならとっくに俺たち全滅だもんな……助かったぁ……)
これならば体勢を立て直すことができそうで、少しだけこの絶望的な状況に光が見えてくる。
尤もか細い希望だが……まさか三つ首の化け物があそこまでだとは思わなかった。
今まではアリシアに家宝の剣さえ渡せればそれで終わりだとどこか気楽に考えている節すらあったが、あいつはそんな簡単な相手ではなかった。
(あの巨体でアリシアに勝るとも劣らない速度で動き、その上でれだけの威力の攻撃が出来るんだ……アリシアですら近づくのは一苦労だろうし、まして外皮が固くて下手したらこの剣ですら切り裂けない可能性があるもんなぁ……)
尤もそれでもアリシアならば、隙さえ付ければ向こうの急所を突くなりして何とかして見せるだろう。
その為にも俺たち全員で協力して、アリシアが万全な状態で戦えるように持っていかなければいけない。
(そうだっ!! 俺たち全員が出来ることを全力でこなしながら戦えば……だけど非戦闘員のドラコはル・リダさんと避難……あ、あの二人はどこだっ!?)
そこで幾ら周りを探しても、二人の姿が見られないことに気が付いた。
もっと先の方へと飛ばされているのかとも思ったが、ル・リダは俺と並んで走っていたのだからそう遠くまで行くわけがない。
つまり彼女たちは……俺は振り返り土砂で埋まる洞窟を絶望的な心境で見つめてしまう。
(こ、この中に埋まって……だ、だけどそれなら俺の範囲回復魔法が反応していないのは……ま、まさかっ!?)
回復魔法は死人には効果を発揮しない……もしも彼女たちがこの土砂の下で命を失っているとすれば、反応がないのは当然だ。
だけどそんなこと信じたく無くて、俺は無意識化でも手元にしっかり保持していた家宝の剣を使いまず自分の身体に乗っている土砂を処理していく。
(も、もしもあの二人が命を落としていたらそれは俺のせいだっ!! こんなことに巻き込んだからっ!! 俺たちを助けようとしなけれ死なずに済んだのにっ!! くそっ!!)
二人に対する申し訳なさと罪悪感から歯を噛み締めながらも、何とか自由を取り戻した俺は今度こそ二人を探そうとした。
(生きていてくれっ!! 頼む……んっ!?)
土砂を砕きながら少しずつ掘り進んでいくと、そこでル・リダの背中から伸びていた手と思わしき肉片を見つけてしまう。
爆発の余波かそれとも土砂に潰されたのかはわからないが、見るも無残な状態になっているソレを見て思わず彼女の末を想像しそうになってしまう。
しかしよく見ればその手はどこかに繋がっているようであり、何より淡い癒しの光に包み込まれている。
(こ、これは自動回復機能……じゃ、じゃあ生きてるってことかっ!?)
少しだけ希望を取り戻した俺は慌ててその手が伸びる元をたどる様に土砂をどけていき、ようやく二人の身体を掘り返した。
「る……ル・リダさんっ!? ドラコっ!?」
「…………」
「……?」
土砂に押しつぶされながらも身体の下にドラコを庇うように気絶しているル・リダは、身体のあちこちが欠損していながらも本当の姿を曝け出していた。
比較的人に近いフォルムではあるが、その肌は焼け焦げているところを除けば色んな魔物が混ぜられていることを証明するかのような斑色をしていた。
(やっぱりル・リダさんも魔獣なんだな……どこか人のように思ってたけど……ああ、そうか……だから範囲回復魔法は発動しなかったのか……)
そこで俺の魔法はあくまでも同族にしか効果がなかったことを思い出す。
実際にその特徴を生かして魔獣の炙り出しにも使っていたぐらいだというのに、ル・リダがずっとマリアの姿を取っていただけにすっかり頭から抜け落ちていたのだ。
もちろんドラゴンが主体のドラコも同じなようで、こちらはル・リダに庇われたこともあってか殆ど傷らしい傷は負っておらず意識もしっかりしているようでいつも通り虚ろな瞳で中空を見つめていた。
(はは……ちょっと驚いたけど、とにかく二人とも無事でよかったよ……はぁ……よし、後は魔力を補充して全員を回復して回れば……あぁっ!?)
誰も死んでいなかったことで今度こそほっと一息ついた俺は、改めて全員を治療して回ろうとまず魔力を補給しようとして……持っていた荷物入れもまた土砂に押しつぶされていることに遅れて気が付いた。
慌てて引きずり出して中身を確認するが、流石に今回の衝撃には耐えられなかったようで殆どが潰れて中身が零れてしまっていた。
それでも何とか五本だけは無事な奴を回収できたが、少しばかり不味い気がしてくる。
(幾ら冒険者用の強固な容器に入っていたとはいえ耐えられるはずないよなぁ……むしろ五本だけでも残っていたただけでも感謝すべきなんだろうけど……これじゃあ使い道は慎重に考えて行かないと……)
今までのようにガバガバと飲み干すわけにはいかなくなった今、消費の激しい攻撃魔法は気軽に放たないほうが良いだろう。
俺の主戦力だったためにかなりショックだし、戦力ダウンは計り知れないがだからと言ってどうしようもない。
(はぁ……どうするかなぁ……本当は一本飲んで普通の回復魔法も重ね掛けして一気に皆を癒すつもりだったんだけど……節約したほうがいいのか?)
一応このまま待っていても範囲回復魔法と自動回復機能の効果で皆は意識を取り戻し体調も回復するだろう。
もちろん時間こそ掛かってしまうし、その間に多混竜達が何かしでかすかもしれないリスクもある。
それでも貴重になったマジックポーションと引き換えにするべきか、少し悩んだところで……それが聞こえてきた。
『『『ドゥルルルルルルルっ!!』』』
「っ!!?」
洞窟の天井越しにあの三つ首の化け物の咆哮がはっきりと伝わってくる。
しかも近くをうろついているのかドシドシと重量のある何かが歩く振動も伝わってくるほどだ。
(な、何で俺たちの傍にっ!? ぐ、偶然かっ!? それとも何か……っ!?)
「……ぁ……ぅ……?」
そこで土砂から出てきたばかりのドラコが小首をかしげながら天井越しに、咆哮の聞こえてきた方角を眺めていることに気が付く。
(そ、そうだよっ!! ドラコは多混竜の居場所を探知できるんだっ!! そして多混竜側も……もちろんあの三つ首の化け物だって……ま、不味いっ!!)
向こうがドラコの居場所を探知して何をしようとしてるのかはわからないが、先ほど戦った俺たちが傍にいると分かれば遠慮なく攻撃してくるだろう。
そうなる前に行動する必要がある……だから俺は慌ててマジックポーションを飲み干すと皆の意識を戻すべく必死に治療して回るのだった。
『『『ドゥルルルルルルルっ!!』』』
「ひ、ヒールっ!! ヒールっ!! ヒールゥウウウウっ!!」