駆け出し冒険者レイド③
「おおっ!! よく無事で帰ったなアイダにレイドっ!!」
「お前ら見たかっ!? あのドラゴンっ!?」
「この町の上を飛び越えて行ったときは生きた心地がしなかったぜっ!! 本当に無事でよかったなぁっ!!」
冒険者ギルドに戻った俺たちを、心配そうに皆が出迎えてくれる。
「ご心配をおかけして申しわけありません……この通り健在です」
「うぅ……で、でもすっごく怖かったぁ……なんか最近ああいうきょーあくな魔物多いよねぇ……どうしちゃったんだろう?」
「そうみたいだなぁ……おかげで王国の守備隊も手が足りないみたいでどんどん冒険者ギルドにも討伐依頼が入ってきてるが……何かが起きてるのかもしれねぇなぁ」
「……何かとは一体、何でしょうか?」
「さあなぁ……尤も俺らみたいな木っ端が気にしても仕方ねぇ話だ……関わろうにも討伐依頼すらBランク以上じゃなきゃ受注も出来ねぇしな……」
壁に貼られた依頼書の数々を見つめてため息をつくマスター。
(そう言えばあそこに貼られているのは全てBランク以上が受注条件の依頼ばかり……あれがそうだったのかな?)
「まあ確かになぁ……とにかく俺らに出来るのは襲われないよう気を付けることだけだな」
「レイドも嫌な時期に冒険者になっちまったなぁ……マジで気をつけろよ、命は一つしかねぇんだ……何ならあたしが逃げ足を鍛えてやろうか?」
「……ご心配ありがとうございます、重々気を付けることにいたします」
駆け出し冒険者の俺を気遣うように忠告してくれるトルテとミーアの二人に頭を下げる。
「そう言うことだっ!! 冒険者は身体が資本なんだからなっ!! 尤もお前はまだ見習いだけど……どうだ、少しは依頼は進んだか? 薬草の納入にしても結構厄介なもんだろ」
次いで聞こえてきたマスターの言葉に、今更ながら自分の半端な仕事を思い出してドキリとしてしまう。
「え、ええ……ですから明日またやり直……」
「何言ってるのレイドったら……ふふ、見てよマスターこれっ!!」
「あ、アイダさんっ!?」
ニコニコ笑いながらアイダは抱えていた薬草をカウンターに置き、さらに俺から納入用の鞄を取ってそれをマスターへと渡してしまう。
「んん? これはひょっとして……レイドお前がやったのかっ!?」
「ま、マジかっ!? アイダが抱えてたからてっきりお手本見せつつ自分が回収して自慢でもしてんじゃねぇかって思ったが……」
「そんな真似するわけないでしょぉ~……レイドが魔法を使ってババっと集めちゃったんだよ」
「あ……っ」
止める間もなくあっさりとアイダが魔法を使ったとバラしてしまい、俺はマスターの顔が失望に歪む……どころか感心したような声を上げるのを目の当たりにする。
「ほおっ!? そりゃあすげぇなっ!! 『薬草狩り』のアイダも顔負けじゃないかっ!!」
「そぉだよねぇ……うぅ、せっかくついた二つ名だったのにぃ……」
「お、お前マジでそれ誇りにしてたのかよ……単純な奴だなぁおい……」
「ある意味すげぇなアイダよぉ……Cランク以下の奴に付く二つ名なんか蔑称みたいなもんなのによぉ……」
「えぇっ!? そ、そぉだったのぉっ!?」
わいわいと騒ぐ冒険者ギルドの面々、だけど誰一人として俺のやり方に文句をつける人はない。
「……あの、それで試験は……」
「おおっ!! そりゃあこんだけ完璧にこなされたら合格に決まってるじゃねえかっ!!」
「……完璧? 合格?」
マスターの向ける笑顔と言葉が、逆に受け入れられず困惑してしまう。
「と、とにかくおめでとーレイドっ!! 即日でごーかくしちゃなんて流石だよっ!!」
「ああ、大したもんだ……簡単な依頼なのは事実だが普通は何日もかけて何とか合格するもんだからなぁ」
「そうそう、あたしらなんか一週間ぐらいかかったってのに……やっぱ魔法使える奴はちげぇなぁ」
「本来ならそれで冒険者の厳しさって奴を教え込むんだけどな……いや本当に大したもんだぞレイドっ!!」
そんな俺を皆は褒めたたえてくれる……成果を認めてくれている。
(嘘……だろ……お、俺が合格? こんなに簡単に……ずっと……何一つ上手くいかなかったのに……)
何をしても失敗し続けて、自分がどれだけ駄目な奴なのか思い知らされてきたから受け入れるのに時間がかかる。
だけど俺に笑いかけてくれる皆の姿を見て、実際に掛けられる優しい声に段々と実感がわいてくる。
(本当に俺が……あぁ……やれたんだ……合格、したんだ……やっと……やっと期待に応えられたんだ……初めて……っ)
ようやく無能だと言われてきた俺が何かをこなせたのだと理解すると、感無量で自然と涙が零れそうになる。
「あ、あの……あ、ありがとうございます皆さん……お、俺じゃあ……これでその冒険者として……」
「ああ、まだカードの作成には時間が掛かるが今日からお前さんは立派な冒険者だ」
「やったねレイドっ!! これからいっしょにがんばろーねぇっ!!」
アイダの言葉に、他のみんなも笑顔で頷きながら俺に握手を求めてくる。
「は、はいっ!! こ、これからよろしくお願いしますっ!!」
「あはは~、レイドったら感激しすぎだよぉ~……明日からよろしくね」
「いや今からだっ!! せっかく新しい仲間が加わったんだ、レイドの合格記念と合わせてパーティと行こうじゃねぇかっ!!」
「いいねぇっ!! マスター経費で酒買ってきてくれよっ!! 久しぶりの、それも見込みのある奴が増えたんだっ!! 盛大に祝おうぜっ!!」
「そんな金ねーよっ!! たくっ!! 場所は貸してやるからお前らも少しずつ出せっ!! 後、ちゃんと主賓の許可をとれっての……どうだレイド、どうせ酒を飲む口実が欲しいだけだろうけど付き合っちゃくれねぇか?」
わいわい騒ぎながら俺をテーブル席の方へと誘導する皆。
そのありがたい申し出に再度頭を下げながら、涙を拭い笑顔でそちらへと自らの意志で歩み出すのだった。
「ええ、喜んで……ですが俺はお酒を飲んだことがないので普通の飲み物を用意していただけると助かります」
「えぇっ!? れ、レイドお酒飲めないのぉっ!?」
「うお、マジか……アイダですら飲めるのに……でもじゃあ仕方ねぇ、何か飲みたいものを……」
「いや駄目だねっ!! 冒険者たるもの酒ぐらい飲めなきゃっ!! あたしが酌してやっから今のうちになれておきなっ!!」
「えっ!? えぇっ!?」
隣に座ったミーアが強引に俺の肩を抱きよせてニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「ちょ、ちょっとぉ……主賓様を虐めちゃ駄目でしょぉ」
「苛めじゃねぇって、冒険者の先達として大事なことを教えてやるだけさ……なぁいいだろレイド君よぉ?」
「え……あ、あの……うぅ……」
何か言い返したいけれど、露出多めな格好をしている彼女のそこそこふくよかな胸が押し当てられていてそっちに気を取られてしどろもどろになってしまう。
(うぅ……や、柔らかい……じゃ、じゃなくてこんなこと考えてたらアリシアに嫌われて……もう嫌われてましたね……で、でもやっぱり俺には刺激が強すぎて……っ!?)
清廉潔白なアリシアに嫌われないよう性欲を必死に封印してきた反動で普段はそう言う意識はほぼないのだけれど、そのせいで逆にこういう状態への耐性が全くない。
「ん? くひひ、どうしたどうしたレイドぉ……何か気になるのかなぁ?」
だからどうしていいかわからず固まる俺に気づいているのか、肩を抱いたまま身体を揺さぶって笑うミーア。
「もぉ、レイドは優しすぎ……嫌なことは嫌だって言わなきゃ駄目だよ?」
それに対してこちらは全く気付いていない様子で、反対側から俺の手を引くアイダ。
そんな二人の女性に囲まれて動きがとれないでいる俺を、残る男二人はやれやれと言わんばかりに肩をすくめて見せるのだった。
「真面目そうな奴だとは思ってたけど、ここまで初心だったとはなぁ……ミーアじゃないがこればっかしは慣れといたほうがいいぞマジで……女はおっかねぇからなぁ……」
「はははっ!! 違いねぇっ!! じゃあ俺はひとっ走りして酒と摘まむもんでも買ってくるぞ……ついでにレイドから預かった薬草も依頼主の道具屋へ渡してくるかな」
「俺もついてくよ、この人数が飲む分を買うなら荷物持ちが居るだろ?」
「あ……い、いえ行くなら俺が……」
咄嗟にこの場から逃げ出そうと手伝いを申し出ようとしたが、その手をアイダとミーアに取られて椅子に無理やり座らされてしまうのだった。
「レェイド君は主賓なんだからここで休んでなって……ほらほらいい子いい子してあげようなぁ~」
「そうそう、レイドの合格記念パーティなんだから休んでていーんだよぉ……それに僕をここまで護衛してくれたお礼もあるからね、僕もナデナデしてあげるね」
「そう言うわけだ、俺たちが帰ってくるまで頑張って耐えてろよレイド……」
「あっ!? そ、そんな……うぅ……み、ミーアさんその……ふ、触れて……」
「あぁん? なぁんだってぇ? 聞こえねぇなぁ~? くくくく……っ」
「よぉしよし、レイドはいい子いい子……今日はよく頑張ったねぇ……偉い偉い……」
(せ、背中にアイダさんがよじ登って……だけどこっちは全く凹凸がないから柔らかくも何とも……って失礼だろ俺っ!? む、無心無心っ!! 考えない考えないっ!! は、早く帰ってきてくれ二人ともぉっ!!)