あやしいのはふたり
ナリーは作業車の助手席に座り、クレオメの鉢を膝に載せ両腕で抱えた。ガルが運転席につく。エンジン音がする前にナリーは、鉢に顔を埋めたまま決意表明した。
「これ会場に置いたらオーナーに会いに行く。自分の口から紛失の報告をしたいから、悪いけどついて来て……」
ガルがそれを遮った。
「紛失は庭園部門全体の責任だ。ということは俺の。おまえは気にしなくていい」
「そうはいかないわ」
「いくんだよ。俺は今朝温室を開けた時、二つともあるかどうか確かめてない。いつものようにすぐに水やりの要る植物がないか見て廻ったのに、通り過ぎるだけで意識しなかった。注意散漫、俺の責任だよ」
ガルは進行方向に目を据えて早口に言うと発進した。敷地が広いから車で3分かかる。お城のような屋敷に隣接するホールがパーティ会場だ。
中を覗くと、亜熱帯を醸し出したいのか壁際にヤシやササの緑が所狭しと配置してある。スタッフはテーブルセッティングに忙しそうだ。
外注のグリーンコーディネーターが近寄ってきた。
「やっと持って来てくれたのね?」
「でもひとつしかなくて……」
ナリーは口ごもった。
「そうなのよ、だから早く持ってきてって」
「「は?」」
ガルも耳を疑った。
「花が咲いてないから後ろの垂れ幕を色ものに替えたいのよ。間に置くアレンジとの兼ね合いもあるし、大きさも決められないし。作業止まっちゃったのよ?」
相手はしがない庭師風情だとグリーンコーディネーターは上から目線だ。彼女が指差した陳列台にはドレープたっぷりにクリーム色のテーブルクロスがかけられ、その上にクレオメの鉢が鎮座している。
ナリーはガルが持ってくれていた鉢と交互に見比べてしまった。
「あんたが凄い剣幕で『オンリーワンアンティークポット』だなんて言うから!」
ガルがいつもに似合わず大声を出した。
「そうよ、オンリーワンだからもうひとつ持ってきてって言おうとしたら貴方、ガルよね、貴方がイエス、アイノウって言って電話切ったんじゃない!」
ナリーはガルが鉢を落とさないようにまずは陳列台に後押しした。そこには失くなったと思った鉢が向かって左手、申し訳ばかりのフラワーアレンジメント、そして空っぽの鉢受け皿が置いてある。
ガルは右の鉢受けの上にクレオメを下ろすと、棟梁の威厳もなく頭を抱えてへなへなと床に座り込んでしまった。
「朝、一鉢取りに来られたんですね?」
ナリーはわかりかけた行き違いを確認しようとした。
「ええ、早く鉢色を見たかったの。下のテーブルクロスが決まらないから。白過ぎると鉢のほうが薄汚く見えるでしょ? 他の鉢は全部うちので問題ないし……」
自分がデザインしてますと鼻にかけた雰囲気が見え見えだ。
「ガルはこちらさんが他部署から聞いて『オンリーワンなの? 聞いてないわよ』って文句言ってると思ったのね?」
「うん……」
「必死で探してる時にそう言われたら勘違いもするわよ」
「……」
「オンリーワンって言われたら、温室にあるひとつのことだと思うわ。まさかこっちに一鉢あるなんて思わないって」
ガルはナリーが慰めてもそう簡単には復活しない。うずくまったまま、
「あいつらに吊るし上げ喰らうじゃないか――!」
と唸った。
ナリーは外注女の目を真っ直ぐ見た。
「クレオメの花、ご存知ですか? アスプ卿夫人が求めたのはクレオメのすっきりとした透明感のあるピンク色です。パーティのテーマカラーはピンクと聞いてのコーディネートでしょうけれど、今活けてあるバラやガーベラのベイビーピンクではありませんから、フラワーアレンジメントは変更されたほうがいいのでは? 周りのトロピカルな雰囲気にも合ってないじゃないですか。そうですね、オススメはクルクマです。このクレオメの鉢の間にクルクマ5本くらい立てて基部にボリューム出し、ハゴロモジャスミンでも絡めると面白いかもしれません。そうしたら後ろの垂れ幕は今のまま、薄緑でOKです」
ナリーは相手が言い返せないのを見てとって
「ではクレオメの鉢のほう、撤収時にお持ち帰りにならないよう、よろしくお願いします。さ、ガル、行こう?」
と、まだ足元に座っていた男に手を差し出し、いつものしっかりしている棟梁に見えるよう立たせた。
作業車に戻り車内にふたりきりになると、突然ガルが笑いだす。
「おまえ、すっごい捲し立てたな!」
「だって悔しいじゃない、あんな失礼な女のせいで私たちあせあせ植木鉢探してたなんて!」
ガルはハンドルに頭を預けて笑っていたかと思うとふと真面目な顔をした。
「外注のコーディネートも大したことないよな? 俺たちが毎年秋にやってる定期パーティのコーデ、負けてないよな?」
「当たり前じゃない。毎日どれ程オーナー夫妻の我儘聞いてると思うの? 欲しいものわかってるのは絶対こっちよ。オーナーがそれを理解してないのが悲しいけどね。それにしてもほんと、勝手に温室に入って鉢持ち出すなんていい気なものね。外部の人間なんだから一言メモくらい残せってのよ」
「それにしても俺、なんて恥ずかしいことを……。ポワロみたいに容疑者集めて、ホームズはそんなやり方嫌ってるのに……」
「あ、ガル、探偵小説好きなんだ。恋愛は精密機械に混ざった砂粒みたいなものだってホームズ言ってなかったっけ?」
「言ってる。どの話だかは憶えてないけど……」
「鉢失くしたら温室担当の私の責任だと思って焦り過ぎたんでしょ?」
唐突な質問を口にしたナリーの頬も赤かったが、向き合っていたガルの色白の肌も下から上に紅潮した。
「い、言う気はなかったんだ……、俺はもう40過ぎだし、そっちはまだ20代後半、これからだろ? 一緒に働いていられたらそれでいいって……」
ガルはまたハンドルに突っ伏すと、顔だけ横に向け小声で「吊るし上げ、一緒にあってくれる?」とナリーに聞いた。
「もちろんよ」
ナリーは笑って、ブロンドの髪が縁取る思い人の頬にキスした。
一番怪しかったのはこのふたりの仲だ。
―了―
ガルとナリーが担当する秋の定期パーティーのアレンジ例です。
ごめんなさいー。
「あやしい企画」にふさわしく、怪しくはできましたが、推理~ではなくなりました……。