事件と同僚たち
*本作品は家紋武範さま主催の「あやしい企画」参加作品です。
**ちはやれいめいさまご主催のイベント「フラワーフェスティバル2020」にも参加させていただきました。
7ヘクタールにも及ぶ庭園内で銘々の業務に就いていたお抱え庭師たちが、温室に召集された。オーナーであるアスプ卿秘蔵の鉢が盗まれたというのだ。
若き棟梁ガルは、これ以上問題を増やさないでくれと苦虫を噛み潰した顔をしている。大規模庭園付き豪邸宅を保有する上流階級は、何もかもを自分の思い通りにしたがり、普通に話すだけで疲れる。そのうえ、部下たちときたら「でもしか庭師」の集まりで、庭園芸術を造形しているなどという意識は毛頭ない。
三々五々集まった庭師たちは初夏の陽射しを浴びての肉体労働で汗だく、温室は加温されてないとはいえ、立っていると身体に溜まった熱が吹き出す。
ガルのブロンドの髪は掻き毟ったせいか、縛られた髪ゴムからはみ出していつも以上に波打っている。
「温室担当のナリーが言うに、昨日まではここに二鉢、アンティークポットが置いてあったはずだ。それが今日は一鉢しかない。もし何か知っていたら話してほしい」
ガルは温室の栽培棚を指差す。青い染付陶磁器の大鉢に緑滴る60センチほどの植物がふさふさと育っている。
庭師たちは顔を見合わせ、俺たちを疑うのかよと顔をしかめた。
「誰か他の部署が持ってったんじゃないの? 宿泊部門がホテルの飾りにとか」
普段草刈りばかりしているアルバイトのトムはお気楽。
「他部署には問い合わせ済みだ。オーナーの私物を勝手に動かす度胸のある者もそうはいない。困ったことに今日のディナーパーティで二鉢お披露目だそうだ」
温室担当ナリーがぼそぼそ話した。
「冬加温して種蒔いて今日までに花を咲かせる予定だったのにまだ開いてなくて、それだけでも問題なのに、鉢ごと失くなるなんて……」
棟梁はナリーに「ウザいから泣くな」と言わんばかりの視線を投げ、続けた。
「植木鉢の価値も植わっている植物のことも、一般人が通りすがりでわかることじゃない。ある程度の専門知識がいるんだ。それで俺たちが一番に疑われている……」
「詳しいのはナリーだろ。俺ら、花のことなんか知らねえよ」
最古参で定年間近、年金生活が楽でもないとわかってしまっているケランは、パートタイムでも仕事を続けようかと悩んでいる。鬱憤を吐き捨てるように喋った。
「そういうおまえは『お宝発見!』っていうアンティーク番組が好きなんじゃないか?」
ガルの指摘にケランは一瞬ぐっと詰まったが言い返した。
「それを言うならシャオに聞けよ、これ、中国かどっか東洋のもんだろ?」
普段は黙々と庭中の花がら摘みをして廻っている中国系のシャオは内気な女性で赤面して俯いた。
「いつ失くなったんだよ? 今朝はあったのか?」
「私、フレックスで出社が10時だから、その時にはもう失くて……」
マットの質問にナリーが答えた。
ガルが情報を纏める。
「誰かが持ち出したとしたら時間は、昨夜ナリーが最後に温室を閉めたのが夕方5時、今朝俺が開けたのが午前8時。紛失に気付いたのがナリー、午前10時。それから二人で探し始めて、11時にパーティのグリーンコーディネーターから『植木鉢が無い』と苦情を受けた。通常午後5時以降にここの敷地のセキュリティゲートを通るためには社員証が要る。総務に出入記録をさらってもらったが、予定以外の訪問者はいなかった。このガラス温室に破損はない。温室の鍵の在り処を知るのもうちの部門だけだ。となると、今朝皆が出社してからナリーが来るまでの間らしい」
棟梁は部下たちを見廻し、頭を下げた。
「仲間を疑いたくはない。だが、問題の鉢が社員駐車場の誰かの車の中にあるとしたら、頼むから返してほしい……」
庭師たちは白けた雰囲気で頭を掻くか、腕組みをする、温室の天井を眺めるなどまちまちのボディランゲージを見せた。
「悪いがテストをさせて欲しい。ペアで育てられていた鉢の片割れが皆の目の前にある。これを見て、鉢がどれくらい価値のあるものか、そして中に植わっている植物が何か、ひとりずつ答えてくれ」
「なに?!」
「価値があるって知ってるヤツが盗んだって言いたいのか!」
庭師たちが気色ばむ。
ガルは
「うちに持って帰りたくなる理由が知りたいだけだ……」
と苦しげに呟いた。
「作業ほっぽり出してすることとも思えない……」ケランはぶすっとしている。
「でも、今返したらお咎めなしなんだな?」
「もちろんだ」
「アホらしいことはさっさと済ますに限る」とケランが言い、庭師たちはそれぞれの知識を披露した。
ケラン 「鉢は中国か日本製、アンティーク屋に売ったら40万円くらいか? 生えてるのはピーナッツの仲間に見える」
トム 「鉢、そんなに高いの? ガレージセールでこんなの4000円くらいだったよ? 草はイラクサっぽい?」
マット 「うちの見栄っ張りオーナーが見せびらかすってんだから鉢は100万超えるだろ。マイセンとかか? 俺に植物名訊くなよ、大した花咲きそうにない、ヨモギってことにしとくか」
ニール 「陶器と言えば国内にウェッジウッドもスポードもあるのに何で輸入するかな? 10万出せばオリジナル焼いてもらえるかもだし? 植物は……、匂いがヘンルーダに似てるね。オーナー、25歳も年下の嫁さんもらった途端だから下方面に利くハーブとか?」
シャオ 「鉢は景徳鎮の青花、輸入物だから150万円くらい。植物は……知らない」
ルカ 「植木鉢にそんな値段出すとも思えない、5万円だな。植物はあれだよ、あれ、麻だ。種取って食べるんじゃない? ヴィーガン(絶対菜食主義)のレシピに出てた。新し物好きのアスプ卿夫人あるあるだね」
ナリー 「私はオランダのデルフト・ブルー鉢だと思ってた。1万円くらい。じゃないと恐くて持ち運びできない。植物は私が育てたんだから何かもちろん知ってるけど……アスプ卿夫人のご希望なのはルカの言うとおりでも、種は食べないはず……」
ガル 「オーナーの希望じゃないのか? あの男の悪趣味だと思ったんだが。これ、大麻だろ?」
「「「「「「「大麻ー?!」」」」」」」
「た、大麻だったら私、逮捕されるの? 英国はまだ栽培も違法なはず……」
ナリーが震えて見せた。
「個人使用分まで取り締まっていられないのが現状だがね」
ガルは皆を驚かせてちょっと面白がっている。
「だから、さっさと会場に渡しちまったほうがいい。所持するだけでも問題になる」
庭師たちは顔を見合わせた。
「それでガル、皆に喋らせて犯人はわかったのかよ?」
20歳も年上のケランが詰め寄る。
「いや、全くわからん。それにしてもおまえら、ほんと庭師として恥ずかしくないのか? 温室にある植物も知らんか。言ってることもバラバラで、誰も彼も怪し過ぎだろっ!」
ガルが「大麻」と言ったのはわざと、勘違いして盗んだ者がいないか調べるためだと、ナリーだけは理解している。