009 冒険者ギルド
――――翌日。
カイン達はその日は宿に泊まって各々過ごすのだが、勝手がわからないフローゼはマリアに案内されるまま同じ部屋で休んでいた。
「おはようございます」
鳥が朝を告げるように鳴いている頃、まだ周囲に人の姿は見られない。
マリアは宿の中庭に出て訓練用の木剣の素振りをしているカインに声を掛けた。
突然声を掛けられることで動きを止める。
「ああ、おはよう」
誰に声を掛けられたのかを確認してマリアの方を向いた。
「いつもこんなに早いのですか?」
「ん?ああ、まぁな。いつもって程でもないが、時々こうして身体を動かしてるんだ。そっちこそフローゼは?」
「彼女はまだ寝ていますよ」
「そうか」
それだけ会話をすると、カインは再び剣を振り始める。
マリアは段に腰掛けて膝の上に両肘を立て、顎を支えるようにしてカインの剣捌きをじっと眺めた。
「――綺麗な剣筋ですね。よく鍛錬されていますね」
「……そんなことわかるのか?」
剣を振りながらマリアに言葉を返す。
「ええ、これまで多くの人を見て来ましたし、何より、私は聖女ですから」
「(前半には納得できるが、後半には納得できないがな)」
聖女だと何故剣筋の判別ができるのか全く理解をできないが、昨日見せた身のこなしからして、恐らくマリア自身の戦闘能力の高さがそれを可能にしているのだろうとカインは判断した。
「そろそろご飯にしませんか?」
「そうだな」
動きを止めて、置いてあった布で汗を拭き取る。
そうしてマリアと連れ立って宿に戻る際にふと考えていることを口にした。
「……なぁ」
「はい?」
「あのさ、とりあえず当面は聖女だということは言わないでくれるか?」
「どうしてですか?」
「いや、マリアの国だと別に問題はないかもしれないが、こっちで聖女のような身分の人間がそこらにいるという噂が広まればどういうトラブルに巻き込まれないか想像もできないからな」
「まぁ…………それもそうですね。言わんとしていることはわかります」
なるべくリスク回避するに越したことはないと考えると、マリアもそれに同意の意を示す。
これで今日の予定もとりあえず無事に済ますことができるだろう。
それからマリアはフローゼを起こしに行き、寝ぼけ眼のフローゼが朝食の席に着いたのだが、フローゼは食事の匂いを嗅ぐとすぐに目を覚ました。
「いやぁ、出来立てのご飯って良い匂いするよねぇ」
「(こいつは……)」
現状役立たずのポンコツ天使が今後どんな役に立つのかわからないが、今のところわかっていることといえば、無駄飯ぐらいということだけ。
『ほっほ、可愛いじゃろ?』
「うおっ!?」
「どうしたのですか?」
「い、いや、なんでもない」
突然神に話し掛けられたことで驚く。
「(おい、急に話し掛けんじゃねぇよ!)」
マリアは不思議そうにしているのだが、神と会話をしていることを伝えるとまた不貞腐れられるかもしれない。
どうしてこんなやつと話しができることがそれほど羨ましいのか理解できない。
「(で、なんだ突然?)」
『いやなに、フローゼは魔法に関してはそれなりに使えるということだけ先に伝えとこうと思ってな』
「(そうなのか?)」
『ああ、じゃから一応戦力には数えられるはずじゃ』
「(で、どんな魔法が使えるんだ?――――ん?おい、聞いてるか?)」
内容の確認をしようと思って再び問い掛けたのだが、それから神は返答をしなかった。
カインは片肘を机に着いて頭を抱える。
「ったく、中途半端にもほどがあるだろ」
「どうしたのぉ?」
「お前のことだお前の」
「また人に向かってお前だなんて言う」
「ああ、すまんな。そこの飯をむさぼっているフローゼのことだよ」
「あたしがどうかしたの?」
「フローゼは魔法が使えるのか?」
「使えるよぉ?それがどうかしたの?今使えばいいの?」
「いや、それだけ確認できれば良い。なら後でそれを見せてくれ」
マリアとフローゼの二人して顔を見合わせて小首を傾げた。
今見せてもらったところで、どうせ後でも見せてもらうことになるのだ。
不要な魔力の消費をする必要もないだろう。
「どういうことなのかわからないですけど、今日はギルドに行くのですよね?」
「ああ、今日はマリアとフローゼのギルド登録をする。でないと依頼を受けられないからな。それに、丁度今日が試験日だから都合も良い」
「へぇ。試験ですか」
「ただし、先に登録の際の簡単な試験があるからな」
試験と伝えると、マリアとフローゼは再び二人して首を傾げて顔を見合わせていた。
「それってどんな試験なのですか?」
「試験内容は試験官によって若干左右されるが、大体は能力の見極めだな。まぁ指示される通りにしてくれたらいいさ」
「わかりました」
多少疑問は残るのだが、それ以上の確認はできない。
それから身支度を整えて宿を後にする。
ギルド登録が終われば資金調達の為に早速依頼を受けるつもりなのだが、神の言っていたことが事実なら恐らく低ランクの依頼、報酬の低い依頼を受けることになる心配もいらないだろう。
カインがそう考えるのは、ギルド登録するための試験で初期ランクが決まるためであった。
そうしてカインに案内されるままカルナドのギルド支部に向かう。
ギルドには見た目でわかる程の荒くれ者から大人しめの者までと、多くの冒険者が出入りしていた。
新規登録者は受付で申し込むだけなのでそのまま真っ直ぐに受付に向かう。
「――――はい、それではマリア・アーシェンさんとフローゼさんが新規登録されるのですね」
「はい、よろしくお願いします」
「おねがいしまぁす」
マリアとフローゼが受付嬢に指示されたギルド登録用紙に記入して手渡すと、名前を確認されたあとじっと顔を見られる。
マリアはどうしたのかと疑問符を浮かべていると、受付嬢はカインを見て小さく笑った。
「それにしても、カインさんがパーティーを組むなんて、珍しいですね」
「……まぁ、行き掛り上、仕方なくだ」
「そうなのですか?」
カインがぶっきらぼうに答えたら、マリアは不思議そうにカインと受付嬢を見る。
「あら?何も知らないのですか?カインさんは――」
「メリッサ、余計なことは言わなくていい」
カインは受付嬢の言葉を遮るように言葉を差しこんだ。
「あっと、これは私としたことが出過ぎた真似のようですね。失礼しました。とにかく、新規登録者の試験は正午に実施予定となりますので今しばらくお待ちくださいませ」
「あっ……はい…………」
受付嬢の言葉を制止するカインをマリアは不思議に思うのだが、制止したということは話す気がないのだろうと、気にはなるが聞かないことにする。
「おやおや?そこにいるのはカインか?昨日に続いて今日も会うとはな」
「……テスラ、今日は何の用だ?」
後ろの声に振り返ると、昨日酒場で会った男テスラが立っており、後ろには同様に二人の女性ともう一人知らない男が立っていた。
「兄さん、こいつは?」
「ああ、一応冒険者の端くれだな。お前が気にすることじゃない」
「ふぅん」
テスラと同じ青髪の若い男。表情から自信に溢れている様子が窺える。
「(生意気そうなガキだな)」
と思い見るのだが、会話の内容からテスラの弟だということはわかった。
「で、弟君はどうしてここに来たんだ?」
「ああ、冒険者登録をしに来たんだが、どうやらそっちの女性達もそうみたいだな」
「ああ」
「では後の試験で一緒になるな。楽しみにしているよ」
それだけ話すと、テスラは弟を連れて受付を始める。
カイン達は受付を済ませたのでマリアとフローゼを連れてギルドの外に出るのだが、マリアから先に声を掛けられた。
「あの?やっぱり気になるのですが、試験ってどういうことをするのですか?さっきの弟さんと何かすることがあるのでしょうか?」
「あー、さっきも言ったけど試験官によるから断言はできないな。だが、大体が実力を見せることが多い内容になるんで、模擬戦とか魔法技能や武技の確認とかな」
「なるほど、では私とフローゼさんは彼と比べられることになるかもしれないってことですね?」
「まぁ簡単に言うとそういうことだな」
実際の試験内容がどういうものになるのかなんていうのはわからないが、恐らく例に漏れないだろう。
そうして試験時間まで一時間程度なので、近くの喫茶店で時間を潰して試験時間を迎えた。