008 ギルドとは
――――情報屋から王都の情勢を可能な限り詳しく聞いたカインはマリアとフローゼと合流する。
「遅かったですね」
「これすっごいおいしいよぉ!」
マリアとフローゼはテーブルの上に並ぶ海鮮料理を堪能していたところだった。
「ああ、ここは港が近いからな。海の幸がふんだんに食べられる」
「そうですか……ローランも海が近かったですけど、また違う美味しさですね」
「満足したみたいで良かったな」
「ええ」
食事を堪能しているマリアを見て思う。
余程図太い神経をしているのだろうか。
わけもわからず召喚されたのにも関わらず、これだけ落ち着いて食事をできるのだ。
「それでだ、そろそろ確認したいことがある。あっ、ミランダ。俺にもこいつらと同じやつだしてくれ」
「はーい」
カインは近くを通りかかった店員のミランダに料理の注文をする。
「確認したい事ってなんですか?」
「金を持ってないことに繋がる話なんだが、マリアはどうやって稼ぐつもりだ?それとも道中の路銀を全部俺が出せばいいのか?その分はさすがに送り届けたあとに報酬として要求はすることになるが」
誤って召喚されてしまったことによって送り届けるという責任を果たすことと、路銀をだすということはまた別の話。
掛かった費用の請求はするつもりだ。道中の内容によっては色も付けて。
「むぅ……それは確かにそうですね。いいです。私も稼ぎます」
自信満々に堂々と言い放つマリア。
「どうやって?」
土地勘のないマリアがこれから何をしてどうやって稼ぐのか。
「もちろんこの身体を使ってに決まってるでしょ?」
胸の辺りを手の平で叩き、笑顔になる。
「なっ!?お、おい!?いいのか?そ、そんな簡単に決めてしまって!?」
マリアの即決を受けてカインは慌てふためいてしまう。
「えっ?もちろんですよ。でないと他に稼ぐ方法はないでしょ?」
「い、いや、そんなことはないぞ!マリアなら傷ついた冒険者の治療をしたって十分に稼げるはずだ!」
「もちろん怪我人が目の前にいれば無償でそうしますよ?本当はそんなことすれば怒られるちゃうんですけどね。でも今は怒られることもないし、気にしなくていいもの。それに、いつも怪我人だっていつもいるわけでもないし、安定して稼げる方法も必要でしょ?」
「ま、まぁ確かにそうだが、マリアがそういうなら仕方ないか。かなり稼げるだろうしな」
「当然です」
胸を張るマリアを見て、その身体つきをまじまじと見た。
容姿端麗な顔に女性らしい身体つきをしている。
たちまち人気に火が点くのは容易に想像ができた。
「だが、すまんな」
「えっ?」
「俺はそんな店を知らんから、紹介はできないが……」
確かに稼げる、いや、むしろ稼ぎすぎるのではないかということすら考えてしまう。
「えっ?お店?カインは冒険者なのでしょ?ギルド知らないの?知ってるでしょ?それともギルドのことをお店って呼ぶのですか?」
キョトンとするマリア。
「はぁ?」
「えっ?」
その瞬間、どことなく会話が噛み合っていないのではないのかという気がした。
「――ギルド?」
「ええ。ギルド、冒険者ギルドですよ?」
そこまで聞いて、カインはやっとマリアの身体を使って稼ぐという言葉の意味を正確に理解する。
「あっ、なんだ。そういうことか」
「なんですか?そういうことって?」
「俺はてっきり娼婦にでも――」
そこまで言うと、左頬に猛烈な痛みを伴うと共に大きな破裂音が店内に響き渡った。
「ば、バカじゃないの!?しょ、娼婦だなんて!言って良いことと悪い事があるでしょ!」
「わ、わかった、俺の勘違いだ!悪かった!だからそれしまえっての!」
目の前のマリアはカインに向かって銀色の太い棒を振りかぶっていた。
それは森の中で獣型の魔物を一撃で屠った武器である。
店内の客はマリアとカインの騒動に驚き目を向ける。
慌てて謝罪をして、とにかくマリアの気持ちを落ち着けるように声を掛けた。
「そんなものを私がするわけないでしょ!」
「わかった!周りを見てみろ!」
「えっ?周り?」
マリアが周囲を見渡すと、明らかに視線を集めており、マリアも恥ずかしくなり、シュンとしてすぐに座る。
そうして周囲はマリアが落ち着いたのを見てこれまで通りに食事を再開していた。
「――おい、あんまり目立つ事するんじゃないって」
「う、うるさいわね!カインがバカなこと考えてるからでしょ!」
「ややこしい言い方をしたマリアの方が悪いんだろ!なぁフローゼ!?」
それまで会話に入ってこずに食べ物に夢中になっているフローゼに話し掛ける。
「えっ?あたしにはどうでもいいかなぁ。これ凄い美味しいよ!」
「…………」
「…………」
フローゼの様子を見る限り、本当にどうでもいいのだろう。
「それよりも、ギルドって?」
そのままフローゼは食べ物を頬張りながら疑問を呈してきた。
「あっ、ああ。そうか、フローゼが知らなくても当然か。ギルドってのはな、俺達冒険者が依頼を受けて報酬として日銭を稼ぐところだ」
「ふぅーん。どうやってぇ?」
「まぁ一概にこうという方法が決まっているわけではないな。依頼に応じて報酬が変わり、依頼の内容も多岐に渡る。魔物の討伐依頼や探し人に輸送や要人の護衛依頼、中には子守りなんてのもあるな」
「へぇー、なんでも良いの?受けるのは?」
「いや、ギルドランクってのがあってだな――――」
ギルドについて説明しているところで後ろに二人の女性を連れている騎士姿の一人の男が店に入って来る。
「――ん?そこにいるのはカインじゃないか?」
カインを見つけるや否や真っ直ぐにカインのところに歩いて来て話し掛けて来た。
「なんだ、誰かと思えばテスラか。久しぶりだな」
「なんだとはご挨拶だな。お前よりも強いテスラ様だろ?」
「はいはい、そうですね」
テスラと呼ばれた青髪の男は、カインよりも少しばかり背が高く、銀色の鎧に腰に剣を差している。後ろには魔道士の赤髪の女性が二人。
そしてテスラはマリアとフローゼに目を向けた。
「おいおい、こんなやつと食べていても楽しくないだろ?俺と一緒に食事をしないか?もちろんそのあとも、な」
そういうとテスラは両脇に後ろにいた女性二人を抱きかかえると同時に胸を揉み始める。
「ぅん、テスラ様、こんなところで、困りますぅ」
「いいじゃねぇか、お前らが気持ち良くなるのをこの子らにも見せてやってくれよ」
「ぁん!」
「カイン?この変態と痴女はどこのどなたですか?」
マリアはテスラと女性に軽蔑の眼差しを向けてカインに問い掛けた。
「ああ、ここらで幅を利かせている貴族のボンボンだ」
「それで、先程の話からすると、この人は強いのですよね?」
「……えっ?ああ、まぁ……そうだな」
「ふぅん、そうですか」
特に否定することなくカインはマリアの問いを肯定する。
「(そんなはずはないと思うのですがねぇ)」
マリアの問いを否定しないカインの様子を見て、テスラとカインを見比べるマリアは不思議に思っていた。
「で?なんの用事だ?まさかそんなことを言いに来ただけなのか?」
「ん?ああ、もちろんそうだが?」
テスラに問い掛けると、テスラはさも当然とばかりに傲慢な態度を崩さずに答える。
「そうか、どうするマリア?」
溜め息を吐きつつも、一応確認の為にマリアに問い掛けるとマリアは膨れっ面になっていた。
「カインは意地が悪いですね。聞かなくても答えはわかってるでしょ?そんなのもちろんお断りですよ!」
もちろんわかっていた。
マリアは国に帰る目的がある。念のために聞いただけだが、それ以上にカインが断るよりもマリア自身が断った方がテスラも納得するだろうということから。
「ふん、気の強い女は嫌いじゃない。カインに飽きたらいつでも俺のところに来るんだな。その時は存分に良い思いをさせてやるよ」
「そうですね、その時はよろしくとだけお伝えしておきますね」
テスラはマリアの返答を受けて高笑いをして奥の席に向かって行った。
「意外だな」
「何がですか?」
疑問に思い問い掛ける。
「いや、もっと邪険に扱うと思ったんだが?」
「真面目に相手しても良いことなんてないでしょ?」
「……なるほど、確かにな」
カイン自身もテスラに同様の態度で接しているのだ。マリアの判断には理解ができる。
じっとマリアを見つめると、マリアは小首を傾げていた。
「どうしたのですか?」
「いや、なんでもない」
ただ、仮にも聖女と呼ばれる人物の対応がそれでいいものなのだろうかという疑問を残したが、自分には関係ない話なので深く掘り下げる必要もないだろうと、少し考えた疑問をすぐに振り払う。
そうしてその後はカインの指示する宿、店からすぐのところで休むことになった。
――――数時間後。
「あぁ、そういえば言い忘れてたんだが――」
カインはマリアとフローゼの部屋を訪室してガチャッとドアノブを回して部屋を見渡す。
「――なっ!?」
「あっ、カイン、どしたのぉ?」
「あっ、いや、すまん着替え中だったか。また後で来る」
ドアをそっと閉めようと背を向けたらグッと肩を掴まれる。
「な・に・を、素知らぬ顔で引き下がろうとしているのですか!?」
「あっ、やっぱ無理だよね」
「当然ですっ!」
カインは覚悟を決めて眼前に迫ってくるものを受け入れる覚悟を決めた。
――パチンと鋭い破裂音が響き渡る。
『うぅーむ。先が思いやられる旅になりそうじゃの。まぁその分楽しめそうでよかったわい』