007 カルナドの街
森を抜けると広大な平原が広がっており、太陽ももう西に大きく傾いていた。
程なく夜を迎える。
「ここだ、ここがカルナドだ」
そこから少し平原を歩いて行った先、最寄りの街に着いた。
着いた街は大きな街で、石造りの外壁に囲われており、街の中は夜を迎えた事もあって街灯や家々の明かりで周囲は仄かに照らされている。
商人らしき荷馬車がいくらか出入りしている様子も見せていた。
街に着くまでに話していた事は、フローゼの年齢に対して天使は長寿だということ。
実際にどれぐらい生きるのかということは具体的には分からないのだが、数百年は優に生きる事ができるのだという。
そんな天使の中でもフローゼはかなり若い方なのだった。数百年は生きる天使の中で十八なのだから当然だろう。
「やっと着きましたね。それで、これからどうするんですか?」
「ああ、そのことだが、宿は俺が借りているところを一緒に使ってもらうつもりだ。それよりも先に飯にしよう」
時間も相当に立っているので腹の減り具合も相当だ。
「確かにお腹すきましたものね……ですが、それよりも私ちゃんとした着るものが欲しいのですけど?」
そこでカインは考える。
そういえばマリアの服は自分が渡したローブだけ。
つまり未だにあの中は裸だということを。
「しょうがないな。わかったよ、じゃあ先に服を買いに行こうか。費用は俺が出す」
「しょうがないってなんですか!?費用に関しても当然です!」
文句を言われ多少腹も立てるのだが、裸を見たのだからそれぐらいはだしてやってもいいかと思いながら近くの服屋に入った。
服屋の中には色とりどりの衣服が並べられており、マリアはその中から女性用のローブを持って来る。
やっぱ聖女だとそういう服を好むんだなと思いながらも、他にもいくつか小物を隠し持っているのに気付いていたのだが、中身は下着なのだろうということは理解出来た。
だが、それについて聞けば殴られる気がしたので追及はしない。
購入後、マリアは更衣を行い満足そうにしてはいる。
「お待たせしました。ではご飯にいきましょう。それと、そういえばフローゼさんは食べ物ってどうなるのですか?」
マリアが口にしてなるほどと納得した。
食べ物が特殊であるなら今後問題が生じる。
「あたしも今は人間と同じ構造だからお腹も同じようにすきますよぉ。もう早く食べたいですぅ」
「そうか。それなら問題ないな。なら早く行くか」
そうしてカインは行きつけの酒場に案内した。
「いらっしゃいませー。あっ、カインさん、今日は遅かったですね」
「ああ、ちょっとな。それよりもミランダ。席は空いているか?」
「えっ?そちらの方はお連れの方ですか?珍しいですね。カインさんが誰かと一緒なんて。それもこんな美女二人を。むふっ、どこで引っ掛けてきたんですかー?」
カインにミランダと呼ばれた女性は三つ編みでそばかすがあり、カインよりも少し歳は一つ下である。
「バカなことを言うな。仕事で一緒にいるだけだ」
「なあんだ。面白くないなぁ」
「で?席は適当に座って良いのか?」
ここカルナドの街に滞在している間、カインはこの酒場を行きつけにしていた。
「ええ、大丈夫ですよ」
ミランダの言葉を聞いてマリアとフローゼを見る。
「ならマリアとフローゼはその辺に座っててくれ。注文も先にしておいてくれて構わないから」
マリアとフローゼに声を掛けると、二人ともその場を動こうとしない。
どうしたのかと疑問符を浮かべながら首を傾げるのだが、マリアは徐々に俯いていく。
「どうした?早く座って来いよ?」
「……カインは?」
マリアは上目づかいで申し訳なさげに言葉を発した。
「あー、俺はちょっと用事を済ませてから行くから先に食べておいて欲しいんだが?」
「それならカインを待っています」
「なに言ってんだ?腹すかせてんだろ?先に食べていいって言ってんだから」
妙に遠慮するマリアを見て、こんな風に遠慮なんてする奴なのかと更に不思議に思う。
フローゼの方は恐らく勝手が分からないのだろうということは察しがつくのは、先程から周囲をキョロキョロと見渡して涎を垂らしそうになっているのだから。
「――お金……」
「えっ?あ、ああ。そういうことか」
マリアが一言口にすると、少しばかり納得がいく。
コルト王国もローラン神聖国も通貨は同じだ。
「もちろん割り勘で大丈夫だ」
支払い方法の確認をしたかったのだろう。
「……違います…………私、お金……持ってないのです」
「は?」
カインは目を丸くする。
目の前のマリアは俯いたまま顔を赤くしていた。
「――ぷっ!」
「何が可笑しいのですか!?そもそもあなたが私を召か――」
「――ちょ!」
そこまで言ったところで慌ててマリアの口を塞ぐ。
口を塞がれたマリアは「むぅー」ともがもが何かを言おうとしているので耳元で話し掛けた。
「おい、んな大きな声で何を言おうとしてんだお前は!誰が聞いてるかわからねぇんだぞ!?信じるか信じないかは別として今はあまり騒ぎたてるな!」
カインの言葉を聞いたマリアはコクコクと頷くと同時に、自分が発言しようとしたことの重大さを理解した。
「――ぷはぁ!そ、それはわかりましたが、またお前って言いましたね!?」
「今のはマリアが悪い」
「ぅぐっ…………で、ですがやっぱりお前と呼ぶのは――――」
「わかったわかった。とにかくだ、金がないんだな?とりあえず当面は俺が全部だすからそこは気にするな。どっちにしろその辺も話し合わないといけないだろうしな。だからまず先に食べといてくれ」
しょうもないことに対してこだわりがあるのだなと思ってしまうのだが、このままここで話していても仕方ない。
「…………わかりました。ではフローゼさん、いきましょうか」
「はぁい、さっきからずっと良い匂いがしていたんだよねぇー!」
空いている席に向かって歩いて行くマリアとフローゼの背を見て溜息がでる。
想像以上に前途多難だなということを改めて認識した。
マリアをローラン神聖国に送るといっても問題は山積みだ。
「金がないっていうことは、こりゃやっぱ登録しにいくしかないか?まぁその辺はマリアとフローゼと相談してからにするか。それよりも、あいつは――――
先のことを少し考えるのだが、それよりもまず探す人物がいる。
周囲をキョロキョロと見渡すと、探している人物は奥のカウンターの席に一人で座っていた。
「いた」
店の奥の方に足を運ぶ。
「――よぉ、情報屋」
「やぁ、カイン。遺跡はどうだった?良い成果は得られたかな?」
カインに情報屋と呼ばれたのは茶色のローブを着ている茶色い髪の細見の女だった。
「あー、まぁ大したことなかったな」
本当のところ、実際は大したことあったのだが正直に言えるはずがない。
「だろうね。願いが叶うといってもあくまでも噂だしね。で、どうしたの?また何か新しい情報が欲しいの?」
「――――ああ…………」
欲しい情報はある。
だが、どうやって聞いたら良いものか。相手は情報屋だ。
下手に話してしまえばどんな情報が出回るかわからない。それが天使の存在や聖女の召喚だという信憑性の薄いガセネタだとしても。
「どうしたんだい?」
僅かに頭を振り、躊躇った結果、質問することを諦める。
「いや、なんでもない。それでだ、そろそろこの街を出ようと思っていてだな。ここから北の方の情勢はどうなっているのか教えてもらえないか?」
そこでカインは目的地の方角であるコルト王国北部の情勢がどうなっているのかを聞く事にした。
「北の方?随分曖昧な質問だね。まぁいいや。今北の方といえば王都に関することが一番だね」
「大丈夫だ、それでいい」
「とっておきの話だよ?今王都はね――――」
王都に関する情報があるのは丁度よかった。
それにも理由がある。
行ったことはないのだが、ローラン神聖国に向かう為にはコルト王国の王都を通過するのが一番の近道だったのだ。
情報屋から王都に関する情報を得るのだが、噂に聞く王都の現状は中々に芳しくないものだった。