061 疫病
「村に病が流行ったのは三日ほど前――――」
小さな家の中、老婆の家らしいのだが、それほど裕福な暮らしはしていない様子が窺える。
老婆の話によると、この村は三十人程の小さな村。
農業を中心として、少ない若者は狩りに出る程度の特に変哲のない村だった。
それが三日前、村人の一人が高熱を出して倒れた。
最初は特に気にしていなかったのだが、それから看病に当たっていたものから徐々に倒れ始めたのだと。
先に聞いていた通り、医者を呼びに行くにしても医者がいる大きな街は村から馬車で丸一日かかる上に動けるものもいなくなった。
そんな中、どうしたものかと途方に暮れていたところにマリア達が訪れたのだという。
「わかりました。とにかく一度感染している方を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、それはかまわんが、本当にいいのかい?」
「ええ。聖女たるもの、困っている人を見過ごすことはできません」
「すまんな。だがくれぐれも無理はしないでおくれよ」
「はい」
そういって案内されたのは少し離れたところにある村長の家。
当初は感染者を隔離していたのだが、人数が増え始めた辺りから看病も大変になり一番大きな家である村長の家に移していた。
「――うぅっ……」
家の中に入ると、高熱にうなされ苦しんでいる声が多くあった。
「これはひどいな」
話に聞いていた以上のあまりの惨状。一目見てわかる。こんな状況だと老婆一人ではどうしようもない。
マリアは感染者の一人にそっと近付く。
「お、おい!」
「大丈夫です。安心してください」
ゆっくりと手の平を当て、確認するような仕草を見せた。
「――――これは、もしかして……」
そしてブツブツと独り言を言っている。
『こりゃあモリヤモメ症候群だナ』
「モリヤモメ症候群?」
「――えっ?」
ふと聞こえて来たポチの声に反応し、思わず口にするとマリアはバッと振り返った。
「よくわかりましたねカイン」
驚きの表情をカインに向けるマリア。
「あー、いや…………そういや、なんかそんな名前の病を聞いたことがあったなって程度だ。どんなものかは知らん」
平静を装いながらぶっきらぼうに答える。
「そうですか。ですが、カインの言った通りです。これはモリヤモメ症候群で間違いないですね」
マリアは立ち上がり、他の感染者を見渡す。
「そうか。 で? 治せそうなのか?」
「そうですね。現状難しいとしか…………」
原因がわかっているにも関わらず難しいとはどういうことなのだろうか。
マリアの治癒魔法でなんとかできないのだろうかとカインは考える。
「不思議そうな顔をしていますね。一度戻りましょうか」
困った顔をするマリアがカインの横を通り過ぎて家を出て行った。
カイン達もマリアに続いて家を出る。
家の外、周囲を気にすることなくマリアは表情を落としていた。
「まず、結論から言いますね。あれは私の治癒魔法だけでは治せません」
マリアは断言する。
「マリアの治癒魔法でも治せないとなると相当厄介な病なんだな」
「前にも言いましたが、私の魔法はあくまでも外傷の治癒です。病に関しては本人の抵抗力の底上げはできますが、病の原因自体を取り除かなければなりません。それにモリヤモメ症候群は私だけではどうにも…………」
すぐに見つかればいいのですが、と小さく呟くマリア。
私だけではという言葉が差すのは、恐らく治すための方法の見当がついているということなのだろう。
「その様子だと治す方法はわかってるみたいだな」
「そうですね。さっきはああ言いましたが、厳密に言うならある薬草があれば治すことは可能です。というよりもそれしか方法はありません。あとは私の治癒魔法と合わせて抵抗力を底上げすれば可能なのですが…………」
「ある薬草?」
「……ええ」
再び困った顔をするマリア。
「その薬草はモリヤモメ症候群の原因になっているモリヤモメです」
「んん!?」
モリヤモメが必要とは一体どういうことなのだろうか。
『なるほどナ。そういうことカ』
「ポチはわかったのか?」
『まぁナ』
「モリヤモメ症候群はモリヤモメという植物が直接の原因で、それ自体に毒があります。今ここで発症している原因はわかりませんが、そのモリヤモメは使い方次第では高級な薬草にもなる。毒と薬、両方の特性を持っているというのが最大の特徴です」
「……なるほどな」
そのモリヤモメがどれほどの薬草になるのかということはわからないが、原因を作っている上にそれがあればいいのだということはわかった。
そうなると、モリヤモメさえ見つければそれほど難しい問題ではないだろう。
「じゃあすぐにそのモリヤモメを採りにいこうぜ」
原因と解決方法がわかっているならすぐに取り掛かればいい。
「それがわからないのです」
「えっ?」
「モリヤモメは確かに高級な薬草なのですが、それ以上に自然の中でそれを見つけるのは困難なのです」
「…………そう、なのか?」
だとしたら疑問が浮かぶ。
モリヤモメは高級な薬草。カインは知らなかったが、どうやらそれはある程度認知されているらしい。
そしてこの病の原因になっているのだから、最初の発症者の近くにはモリヤモメがあったのではないのだろうか。
「ならどうやって病が流行ったんだ? モリヤモメが近くにあったんじゃないのか?」
「その可能性もあるのですが、モリヤモメの栽培をしている種族がいるのですよ。もしかしたら近くにその種族の集落があるのかもしれません」
「モリヤモメの栽培をする種族?」
「はい。イヌ耳族なのですが……」
聞いたことがある。
イヌ耳族は外見的な特徴は人間に近しい身体をしているが、違うところといえば頭上にイヌに似たような耳があり、その身体能力は人間の比ではない。
イヌ耳族に限った話ではないが、獣人と呼ばれる種族は全体的に身体的特徴としてはどちらかと獣に近い。
そういった獣の特徴を有している種族は獣人と呼ばれていた。
「――もしかして……」
それまで黙って聞いていた老婆は小さく呟く。その表情は驚いた表情をしていた。
「おい、ばあさん。その様子は何か知ってるんじゃないのか?」
「カイン、言いたいことはわからなくもないですが、もうちょっと丁寧に聞けないのですか?」
「いや、かまわんよ」
老婆は意に介していない様子を見せる。
「すいません。それで、おばあさん? もしかしてっていうのは?」
「ああ。実はそのモリヤモメなんじゃが、実はこの村はイヌ耳族と取引をしているのじゃよ」
「えっ? イヌ耳族と? でも、イヌ耳族って確か警戒心が凄く強くて人間と取引をするなんてほとんどないはずじゃ?」
顎に手を当て、イヌ耳族に関する概要を思い出すマリア。
「それは、この村がモリヤモメの薬草を仕入れて少量ながらも王都に売りに出しているからじゃ」
老婆はどこか覚えがある様子を見せていた。
「その話、詳しく聞いてもいいですか?」
「ああ」
そうしてこの村とイヌ耳族についての関係性の話を老婆から聞くことになる。




