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060 小さな村

 

「王都まであとどれぐらいなのでしょうか?」


 シュークリス山を下りたものの、辺りは見知らぬ景色が広がっていた。


「そうだな。俺もこっちを詳しく知っているわけじゃないが、位置関係的には恐らく七日ほどあれば着くぐらいかな。近くに町や村でもあって荷馬車に乗せてもらえれば助かるんだが…………」


 周囲を見渡すと、いくらか街道が整備されているので歩いていれば少なくとも人里はあるだろうと判断出来る。


「ねぇ、あたしお腹すいたよぉ」

「あー、そうだな」


 もうそれなりに時間は経っていた。

 腹の減り具合もそこそこ。


「(ポチ、この辺に村や町はないのか?)」


 知らなければ知っている奴に聞けばいいだけ。

 カインの問いにポチはキョトンとする。


『人の集落のことだよナ? ナラたぶん近くにあると思うゼ? 山の麓にニンゲンが出入りしているのをよく見かけていたからナ』

「(そうか、それはどっちだった?)」

『確かあっちだったな』


 相変わらずマリアに抱かれているので、僅かに脚を動かして方向を示した。


「(そうか、わかった)」


「ワンワン!」


 ポチはカインの言葉に返事をしただけなのだが、マリアは首を傾げ――。


「どうしたのポチちゃん?」


 カインと会話をしていたことで吠えたのだが、マリアはそれに気付かずに疑問符を浮かべる。


「もしかしたらそっちの方に何かあるのかもな」

「そうなのですかねぇ? いくらポチちゃんが神獣でもそんなのわかるのですかね?」

「まぁとりあえずこっちの方に向かってみようぜ。王都の方角ともそうズレていないみたいだしさ」

「まぁ、私には土地勘がないので別に構いませんが……」


 そうしてポチの示した方角を歩いて行くことに決まった。



「――まだ着かないのぉ?もうげんかいー」


 しばらく歩いているのだが、フローゼの様子は明らかに普段を上回る様子を見せており、肩を落としてげんなりとしている。


「どうした? いつもよりひどいな」

「なんかねぇ、すっごいお腹がへるのぉ」


 お腹の辺りを擦りながらフローゼは疑問符を浮かべた。


『どうせ大方神力を使い過ぎたせいだロ?』

「(えぇー?なにそれぇ?)」

『ったく、知らないのかヨ。今は魔力に変換されているみたいだが、神力を補充できてないってこったナ。山を下りたから使った分が回復されずにそのままなんだろうヨ』


 フローゼとポチの会話を聞いていて幾らか納得するものはある。


「(なるほど。つまりあの食欲はそういうことか)」


 どれだけ食べても見た目の変化がそれほどでもない。

 つまり、フローゼは食べることで魔力に変換する神力を回復しているのだということを。


「――あっ、村がありましたよ!」


 丁度そこで前方を指で指し示すマリア。


「さすがポチちゃん! ポチちゃんのおかげで村に着きましたよ! ポチちゃんは賢いですねぇ!」


 腕の中のポチを目一杯可愛がり、そのモフモフ具合を堪能する。


「あのさ」

「えっ?」

「そいつ、そんなに気持ちいいのか?」


 その様子を見てあまりにも気持ち良さそうなのが気になった。


「何を言ってるのですか!当り前じゃないですか!気持ち良いなんてものじゃありませんよ!」

「そ、そうか?」


 そこまで言うので思わず触りたくなりそっと手を伸ばして触ってみる。


「こ、これは……」


 ポチのその触り心地はなんとも言えないものだった。


 綺麗に生え揃っている毛並みは密度が高く、軽く触ると小さな弾力性を生んでいる。

 撫でると手の平にかゆみを感じるのだが、けして不快感を生むものではなくそのまま撫で続けていたかった。


「……なるほど、これは中々良いな」

「でしょう!?」

『オ、オイッ!いつまでやってんダ!?オレをおもちゃにするんじゃネェ!』

「やっぱりポチちゃんはこうされるのが好きなんですかね?喜んでいますよね!?」


 目を輝かせて同意を求めてくる姿に若干返答に困る。

 ポチが抱いている一方的な不快感をどう伝えようかと考え、一つの結論に至った。


「――ああ、俺もそう思う。ポチ、気持ち良さそうだよな!」


 ここはこう答えることが最善だろう。


『ニィちゃんまた裏切ったナッ!?』

「(黙れ。裏切るもなにも最初からこういう話だったはずだ。いいから大人しくしていないとマリアに巨大化のことをばらすぞ?)」

『――グッ、卑怯だゾ!』

「(なんとでも言え。今のお前には何もできまい)」


 低い唸り声で不満を上げるポチだった。




 そんな一幕を挟みながらもうあと少しで遠くに見えていた村に足を踏み入れようとするところ。


「それにしても静かだな」


 疑問を抱く。

 もう昼過ぎだ。


 小さい村とはいってもいくらか活動している人の姿があってもいい。

 村の中には使用された形跡のある農具がいくつも見られる。

 それだけで無人だとは思えないのだが、人の姿がどこにも見当たらなかった。


「本当ですね。どこか異様な感じがしますね」


 マリアも村の様子を訝し気に見る。


「ワンワン!」

「あっ、ポチちゃん、どこに行くの!?」

『こっちダ!こっちにヒトの匂いがするゾ』


 マリアの腕の中からポチが飛び降り、走り出した。


「(人はいるんだな)」


 慌てて追いかけながらも、どこか疑問を払拭できないまま木造建ての家を曲がったところに人の姿を見かける。


「おや、旅の方かい?」

「あっ、はい。…………えっと……お婆さん一人ですか?」


 そこには杖をついた老婆がいた。


「そうか。また大変な時に来たものだね。悪いことは言わないから早く村から出た方がいいよ」

「えっ?」


 会うなりすぐに村を出るよう促される。


「今、村では疫病が流行っているのでな。旅の方もうつってしまっては大変だろうからね」

「疫病? 流行り病か? それはどんなものなんだ?」

「それが原因はわからないんだよ。突然村の者が倒れたのだが、何分小さな村だ。医者もいないし、呼びに行こうにも動けるのはわたし一人。どうすることもできなくてな」

「お婆さん。私は聖女です。治癒魔法も使えます。もし良かったらお話を聞かせてもらえませんか?」


 迷うことなく聖女だと名乗ったマリアに老婆は目を丸くさせた。


「(まぁ、これはしょうがないな)」


 カインもマリアの発言に驚くのだが、今の話を聞く限りマリアを止めようがない。


「そうかい。聖女様かい。それは僥倖さね。ではこっちに来てもらえないか」


 驚いていた老婆なのだが、マリアの発言を疑うことなく老婆は顔を綻ばせてマリア達を家に案内した。



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