059 王立騎士団
「――あいつは、王立騎士団の人間なんだ」
山を下りながら口を開く。
「王立騎士団?ですか」
「ああ。王立騎士団ってのはな、これから向かう王都で設立されている国家騎士団のことだ。セドリックはその中でも家系のおかげでそれなりの地位にあるんだ」
「詳しく聞いてもいいのですか?」
「聞かないと納得できないだろ?」
「……まぁ、さすがにあそこまで敵意を剥き出しにされれば気にはなりますね」
「わかってるよ」
聞かれないなら話さずに済んだのだが、そうもいかない。
我ながら子供染みた態度を取ってしまったと反省した。
「(くそッ、あのヤロウ……)」
マールの名前を出されなければここまで怒ることはなかったのだろうが――――。
「(……ちっ、ロイスのやつに挑発されてるぐらいじゃダメだな俺も)」
苦々しい感情を抱いてももう仕方ない。
割り切って、歩きながらさっきの男達、特にセドリックについて話して聞かせた。
王立騎士団とは、王都にある最大規模の国家戦力。
その中でも魔術団と権力を二分する機関のことであり、幹部職に就いている人間は上位貴族に引けを取らない発言力を有している。
騎士団も魔術団もそれぞれ団長を最上位に置き、その下に副団長、そして各分隊へと幾重にも枝分かれした隊が存在する。
その中でもセドリック・サウザンドは副団長の息子であり、その将来を嘱望されていた。
ロイスに関してはセドリックの昔馴染みで家の繋がりがあるらしいが、いつも大体あんな感じだと、セドリックの陰で調子に乗っているのだと話す。
「――へぇ。王国ってそういう風に戦力が作られているのですね。ローランだったら教皇補佐の枢機卿と大神官様が最上位に位置して序列だと騎士団とかそういう武力部隊はその下になります。そこは全然違いますね」
「まぁそっちは宗教国家だからなぁ。こっちは大体だがこんな感じだ。けどまぁ俺も国の中身はもちろんそんな団の中の話も詳しくないから実際の方はどこまでってなるけどな。わかってるのはつまり、やつが王国でそれなりの立場にあるってことだな」
実際、団に所属したことはないから概要しかわからないが、セドリックのことだけは知っていた。
「それで、そんな人が……その、どうして…………」
そこでマリアは口籠る。
しかし、言いたいことはなんとなくだがわかった。
「どうしてマールの名前を出したんだってことが言いたいんだろ?」
「……ええ。でも、いいのですか?」
「ははっ、今更だって」
再び蒸し返すことに対する遠慮なのだろう。
だが何度マリアの前で涙を流してしまったのか。
恐らくもうマールのことで話せないことはない。
「ならいいのですが…………」
遠慮がちなマリアの頭にポンと手を置く。
「――えっ?」
「すまんな、もしかして心配させたか?」
「い、いえ!そういうわけじゃないのです」
慌てて顔を赤らめるマリアが珍しく恥じらいを示していた。
「奴はマールに魔術団に入るようずっと勧誘していたんだ」
「マールさんを、ですか?でも団が違いますよね?」
「まぁその辺は詳しくは知らんが、マールが俺に言っていたのは『ボクを使って魔術団も掌握するつもりなんじゃないかな?』だったっけか?」
上の方を見上げながら思い返すように当時マールが口にしていた言葉を伝える。
「ああなるほど、要は権力闘争ですね。魔術団にマールさんのような優秀な人材が自分の力によって入ればその繋がりと恩で今後を有効に立ち回れる、といったところでしょうか」
「さぁな。どっちにしろ俺もマールもどうでもいい話だったけどな。まぁそれでマールに何度も振られたあいつは俺が憎たらしいんだろ」
「なるほどなるほど。わかりました。ありがとうございます」
マリアは納得の表情を浮かべる。
「(まぁマールを勧誘していたのは奴だけじゃないんだけどな)」
他のことも同時に考えるのは、直接関係があるわけではないので言う必要は無かったが、マールは他からも声を掛けられていた。
『それで、あいつはどれくらい強いんダ?』
「(あー、当時戦ったけど手も足も出なかったなぁ。ロイスには勝つことも出来たけどな)」
『そんなに強いのカ?』
「(まぁな。もう何年も前の話だから今どれくらいか知らないけど、あいつら魔獣討伐って言ってたろ?あれ間違いなくポチ、お前のことだぞ?)」
今のポチの姿から魔獣がポチだったなどとは想像もできないが、断言出来る。
『そうカ、ニィちゃんの言っていた通りだったわけだナ』
恐らくポチがセドリック達に負けることはない。
だが、仮にだが、人間を殺す気がないポチがセドリックを倒してしまい、そのまま逃げ戻ることになったとする。
そうなればプライドを傷つけられたことと、汚名返上をするために今度は騎士団を総動員してでもポチの討伐に向かっていたかもしれない。
『……むぅ、そうなると些か面倒だったナ。さすがにそれだけの数となると一網打尽にしてしまわなければならなかったろうシ』
「(だからそう言っただろ。感謝しろよな)」
『アア』
そんな話をしていると、もう山を下り切る頃。
一方その頃、山の中腹付近では。
「それにしてもカインの野郎、まだ生きてたんだなぁ。全然見ないからてっきり死んだもんだと思ってたぜ」
「…………ああ」
ロイスが不満を口にしながら歩く中、セドリックは手の平を何度か握って開いて繰り返していた。
「どうした?」
「いや、なんでもない。それよりも早く魔獣を探すぞ。王都に戻ればすぐに取りかからなければならない案件もあるしな」
「あいよ」
そのままロイスはセドリックの前を歩いて行く。
セドリックはその場に立ち止まり、開いた手の平をジッと眺めた。
「(チッ、やっと痺れが治まってきたか…………あいつ、あんなに強かったか?)」
カインの拳を受け止めた感触を思い出し、若干の疑念を抱く。
「……まぁいい。もう会うこともないだろう。あの女性達と会えないことは多少残念だがな」
そうして魔獣探しの為に山を登るのを再開した。




