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057 名前

 

『ヤダねッ!』


 カインの提案をフェンリルは迷うことなく断る。


「(なんでだよ?)」

『オレはのんびりと過ごしてたんダ。それがどうしてニンゲンなんかと一緒に行かないといけないんダ? ニィちゃんらに付いてってオレになんの得があるんだヨ?』

「(得なぁ。得って言ってもなぁ…………)」


 嫌がるフェンリルの利益を考えても思いつかない。

 カインとしてはフェンリルを誘ったのは、マリアがフェンリルのモフモフを堪能したがっているだけなのだから。


 そして同時に考える。


「(そもそもお前俺達を人間とは言うけど、まともな人間は俺だけだ。フローゼは天使だし、マリアは聖女だしな)」


 その関係性が特殊過ぎた。


『ハッ!よくいうゼ。オレと会話できるニンゲンがまともなハズないだロッ』

「(ん? あぁ、そういえばそれもそうか……)」


 ふと疑問に思う。

 どうしてこいつと話ができるのだろうか。

 状況的に考えられるのは恐らく神力か何かが影響しているのだろうということはわかる。


 しかし、マリアにこいつの声が聞こえない理由は何故なのだろうか。

 その答え、可能性を考えると一つしか思いつかない。


「(まぁどうせ神がなんらかの関係があるんだろうな)」


 そうとしか思えなかった。


『っつか、そもそもニィちゃんはどうして天使なんかと一緒にいやがるんダ?』

「(あー。んー、この辺を話せば色々と長くなるんだが――)」


 その問いに答えるためには一から説明するしかない。

 それでこいつが旅に同行するかどうかなんてのいうのはわからないが答える事で気分が変わるかもしれない。


『そこについては儂が説明しておいてやろうか?』

『ナッ!?ダレだッ!?』

「どうしたの!? 急に吠えて……」


 抱きかかえていたフェンリルが突然吠えたことでマリアは驚く。


『まぁそう慌てるでない。こやつらの保護者じゃよ。そちらでは神と呼ばれておるがのぉ』

『神? ダトッ? どうして神がこんなやつト?』

「(あー、丁度良かった。助かる。じゃあ説明よろしくな)」

『あい、任された』


 煩わしい説明を神に頼むと、横にマリアの膨れっ面が視界に入って来た。


「むぅー」

「な、なんだ?」

「カインが話を聞いていないからですよ! もしかして――」

「あー、いや違う違う。こいつに名前付けるとしたらどういう名前がいいのかなって考えててさ」


 取って付けたような言い訳だけど、神とフェンリルの話がまとまるまでの間の繋ぎの言い訳としたら割と悪くない言い訳を思い付いたと我ながら感心する。


 言葉にしてマリアに伝えると、マリアは満面の笑みを浮かべた。


「どうした? そんなにニコニコして……」


 いつものしごかれる時の笑顔とは明らかに違う。嬉々とした表情。

 一体どうしてこれほどの顔をするのか。


「あっ、本当に聞いてなかったのですね?」

「なんのことだ?」

「だから、ちょうど今私もそのことを相談したのですよ!」

「えっ?」

「そうなのです! この子の名前を何にしようかと思ってまして…………」


 笑顔の意味に納得した。

 取って付けたような言い訳が今は良い感じに作用しているのだと。


「カインはこの子の名前、何がいいと思いますか?」

「俺か? 俺はなー。そうだなぁ」


 別に名前なんて考えていたわけではなかった。しかしこうなると考えないわけにはいけない。

 マリアの腕の中のフェンリルに顔を近付けてじっくりと見ていると、神との交信が終わったのかそこでフェンリルと目が合う。


「まぁフェンリルなんだから…………そうだなぁ、フェリオとかでいいなんじゃないか?――――いたっ!」


 突然腕を噛まれた。


「てめぇ! なにしやがるんだ!」

『ダッサイ名前付けてんじゃねえヨッ!』


 ワンワンとカインに向けて吠えるフェンリル。


「そんなの怒って当然よ。フェリオなんてセンスないですよ」

『おっ、ネェちゃんわかってるじゃねぇカ。もっと言ってやってくれヨ!』


 マリアにはフェンリルの声は聞こえていない。


「(この野郎、今すぐマリアにさっきの魔獣がこいつだったとバラしてやろうか)」


 内心で考えるのだが、マリアはツンとそっぽ向く。


「カインに聞いた私が馬鹿でした。この子の名前は私が決めます!」

『よく見ればネェちゃん可愛いもんナ。良い名前よろしくナッ!』


 そこで疑問に思うのは、フェンリルのこの様子からして神との話が前向きにまとまったのだろうということはわかる。でないと素直に名前を付けられるのを受け入れるとは思えない。


「そうね、この愛らしいのにどこか凛々しい感じを体現する名前がいいですね」

『ウンウン』


 マリアは腕を伸ばしてフェンリルを見る。そして深く頷いた。


「よしっ、ではワンダフォーなんてどうでしょう!?」


 マリアは会心の笑みを浮かべてカインを見る。


「…………」

『…………』


 笑顔のマリアを見る限り、恐らく真面目に言っているのだろう。むしろマリアが冗談を言うところを見た事がない。


『……おい、ニィちゃン?』

「(……無駄だ。諦めろ、ワンダフォー)」

『イーヤーだーッ! ワンダフォーだけはイーヤーだッ! だったらフェリオでいい! むしろフェリオがイイ! 頼むからフェリオにしてくレ! ワンダフォーなら一緒にいかねエ!』


 マリアの腕の中で暴れまわるフェンリルもといワンダフォー。

 しかししっかりと抱きかかえられたマリアの腕からは逃げられない。


「そんなにこの名前が気に入ったの? ワンダフォー」

『ドウなってんだこのネェちゃン! 逃げられネェッ! なんて馬鹿力なんダヨッ!』


 マリアの腕を必死に振りほどこうとするワンダフォー。

 しかし尚も逃げられない。


「――はぁ」


 しょうがない。

 さすがにワンダフォーは少し気の毒な気がしなくもない。

 満足そうにしているマリアを納得させるにはきっとこの方法しかないだろう。


「なぁマリア?」

「なんですか?」

「いや、もし良かったらそのフェンリルの名前なんだが。俺が神のやつに聞いてやろうか?」


 神を崇拝するマリアなら神の神託として素直に受け取るだろうと考えた。


「えっ!?」

『オッ!?』


 マリアはそこで少し思案した後、納得の表情を浮かべる。

 対してフェンリルは期待の眼差しを向けて来ていた。


「なるほど。それは良い考えですね!せっかく神様と繋がりがあるのですものね。それに神様に名を付けて頂く機会なんて大神官様以外いませんものね」

「その大神官ってのが誰か知らんが、じゃあ聞いてみるぞ?」

「いえ、ちょっと待ってください」

「ん?」


 まだ何かあるのか。


「カインに神様と交信されるのは悔しいですので、ここはフローゼにお願いします」

「えっ?あたし?」

「あー、俺は別にいいぞ」


 別にその辺りにこだわりはない。誰がしようと結果は同じ。


「じゃあ頼んだフローゼ」

「ええー、めんどくさいなぁ。別に名前なんてフェラタロウとかでいいんじゃないのぉ?」

『バカかこの天使ハッ!?』


「(おい、フローゼ)」


 さすがにフェラタロウはないだろうフェラタロウは。適当に付けるにもほどがあるだろう。


「んー、フェラタロウかぁ……悪くはないかな?」


 おい。マリアはどういうセンスをしているんだ。


「まぁでもやっぱりせっかくですから聞いてみてください。お願いします、フローゼ」


 フェラタロウとフェリオの違いって一体なんなんだ?


「仕方ないなぁ」


 二人の様子を見て疑問しか浮かばない。

 そうしていると、面倒くさそうにしながらもフローゼが神に向かって交信を始めた。


「ねぇ神様、このフェンリルちゃんの名前なにがいいですかぁ?」

『――――』


 数秒の時間が流れるのだが、フローゼは無言でゆっくりとカインとフェンリルの方を見る。


「(……えっと、返事がないんだけど、この場合どうすればいいのかなぁ?)」

「(くっ、神の奴め。どこにいきやがった。こうなったらもう諦めろワンダフォー)」

『イヤだイヤだッ!ワンダフォーはイヤだァ!』

「(だって、神の奴の返事がないんだからしょうがないだろ)」

「(じゃあフェラタロウでいいじゃない?)」

『アホかオマエッ!そんな選択肢なんかねえヨッ!――――クッ、なら口惜しいがせめてもう一つ候補を出してくレ!そこのクソ天使もマジメに考えロッ!』

「(えー?あたしがぁ? もう、めんどさいなぁ)」


 マリアに気付かれないよう二人と一匹で交信する。そんな中、マリアは神からの声、神託を今か今かと目を輝かせて待っていた。


「(うーん、どうなっても知らないよ?)」

『ああ、どんなものでもワンダフォーやフェラタロウよりはマシだッ!』

「(わかったよぉ)」


 フローゼがそこでマリアを見る。

 これでマリアが気に入らなければどうやってフェリオにもっていってやろうかとカインは思案に耽る。


「それで?神様はこの子にどんな名前を付けたの? 早く教えてよ!」

「うーん、えっとね。この子フェンリルっていう神獣じゃない?」

「ええそうね」

「まるでワンコみたいに可愛いじゃない?」

「そうなのよ! もうこのふわふわもふもふがすっごい気持ちいいのよねぇー!」

「まぁそんな感じだからポチ、だってさ」


 フローゼはこれでどうだと言わんばかりの様子で名前を告げる。


「…………」

『…………ポチ?』

「えへへぇー」


 絶句した。

 どうしてフローゼはそれで満足そうな笑みを浮かべられるのだろうか。


 マリアがポチと聞いて少しばかり思案気な様子を見せる。


「ポチ…………ポチですか……なるほどなるほど」

『オイ!なにがなるほどなんダッ!?ニイちゃンはやく止めロ!』

「(わかってる!)な、なぁマリ――――」

「――さすが神様ですね!あまり聞き慣れない名前ですが、この子の可愛さを見事に体現した良い名前ですね。わかりました。ではこれからよろしくねポチちゃん」


 満面の笑みで強くフェンリルを抱きしめるマリア。

 その可愛らしさに思わず目を奪われてしまった。


「(――よろしくな、ポチ)」

『なっ!?テメェ裏切りやがったナ!?』

「(黙れポチ。お前なんでも言う事聞くって言ってたよな?)」

『――グッ…………そ、それはだな…………』


 ポチの葛藤が垣間見える。

 果たしてこれを認めていいものなのかどうなのかといったところだろうか。


「そういえばカイン、何か言い掛けてましたか?」

「ああ、さっきの魔獣のことなんだが」

「えっ? 魔獣がどうしたのですか?」

「あっ、いや、別に――…………あっ」


 そこで思い浮かぶ。

 ポチを認めるまでもうひと押しといったところ。


「あいつな、実は――」

『オイッ!何を言おうとしてんダ!』

「さっきの魔獣?」


 マリアは魔獣の件はもう終わったのではないかと、どうしたのかと小首を傾げる。


『わかっタ!ポチでイイ!ポチでいいかラ!』

「(わかればいい)」


 フェンリルはようやく諦めてポチを受け入れた。


「いや、あれに俺は勝てるぐらい強くなれるかなって考えててさ」

「ああ。そんなことでしたか。それなら断言はできませんが、可能性は十分にありますよ」

「そうか」

『――――ホッ』


 ポチはそこでやっと胸を撫で下ろす。


『…………助かっタ』

「(ってかそもそもお前――――ポチ)」

『……なんだヨ』


 問い掛けにまだ時間差がある辺り、納得はしていないのはわかっていた。


「(ポチは神と話して俺達と来ることにしたんだよな?)」

『ああ、そうだゼ』

「(何を話したんだ?)」


 そういえば、こいつは俺達と一緒に来ることを前提に名前の話をしている。


『チッチッチッ、それは神とオレとの秘密だゼ? それにまぁなんだか面白そうだしナッ!』


 口調から感じるのはどうみても嫌々ではない。ある程度納得して同行することにしていた。


「(……一体神とどんな話をしたんだ?)」


 妙に気になるが問いかけたところで恐らく教えてくれないだろうな。


「(――まぁいいか。とりあえず良かったなポチ)」

『そのポチってのはどうにかなんないカ?』

「(どうにもならん)」

『クッ、まぁ良イ。とりあえず今は命が助かっただけ良しとするカ』


 ようやく諦めた様子を見せる。


「(礼ぐらいしてもらいたいもんだな)」

『礼カ?なにか希望があるのカ?』

「(お礼!?じゃあ美味しい食べ物期待してるね!)」

『食べ物? 狩りのことカ? なら狩りは獣の領分ダッ。任せときナ!』

「(やったぁ!じゃあよろしくねポチたん!)」

「(ったく、相変わらず食い物のことばっかだな)」


 しかし、この姿でどうやって狩りをするつもりなのだろうか疑問には思うが、今は置いておくことにした。


 あと残る問題といえば、ポチと会話ができることと、あの巨狼がこいつだということをいかにして伝えるかということ。


「……まぁ黙ってればいいか」

「なにか言いました?」

「いや、なんでもない。とにかくこれであとはこの山を越えるだけだな」

「ええ、そうですね」


 わざわざ言う必要もないという結論に至った。



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