052 神力
「(……はぁ)」
「あついー。しんどいよぉー」
「我慢してよね。私だって暑いのだから」
「マリアたん、おんぶー」
「いやよ!自分で歩きなさい!」
「ぶぅーーー。マリアたんのけちー」
「ケチとはなんですか、ケチとは」
山を登り始めてもう二時間が経っている。
「おい、なにやってんだ。早く行くぞ」
登り始めた当初はフローゼも張り切っていたのだが、そんな元気は時間の経過とともに見た目ですぐにわかるように失われていった。
「よーし、じゃあカインくんにおんぶしてもーらおっと!」
「ちょ――、フローゼおまっ――――」
前を歩くカインに向かってフローゼは走ったかと思えば背中に飛び乗って来るので一応背中で受け止めはする。
抱く感想としては、思っていた以上に重たくないんだなとか、何やってんだこいつとか、これぐらいなら歩けないこともないなど色々と思いはする。
「はぁー、らくちんらくちん」
「いや、けどな、フローゼ……――――」
さらに言うなら、想像以上の柔らかさを背中に感じているので堪能したいこともない。それが例え天使だとして仮初の肉体だったとしても、だ。
――――しかし、正直降りて欲しい。今すぐにでも。
「……やっぱりカインはすけべ冒険者ですね」
「いや俺が悪いわけじゃないだろ!フローゼが勝手に乗って来たの見たろ?」
マリアの視線の先、カインとフローゼにいくらか視線を向けた後は、明らかに軽蔑の眼差しを向けられている。
ただ軽蔑されるだけならまだしも、むしろなんだかもの凄く怖い。恐怖すら感じる。
「(こ、これは俺が強くなったから感じるのか?)」
マリアの威圧感を前以上に感じ取る事が出来るようになっていた。
「お、おい!フローゼ!頼むから降りてくれよ!」
「いーやーだー。カインくんもしんどくはないでしょ?」
「しんどくはない……が、降りてもらわないと困る」
色々と。
この柔らかさを堪能したいことはしたいのだが、このままいけば絶対次の鍛錬でボコボコにされてしまう。
「(もって三分程度か……)」
身体強化を使えればどれだけ逃げられるのか考えるのは、推測にしかならないが、まだそれだけマリアは遠くにいるのはなんとなく理解していた。
「仕方ない……――――ん?」
強引にでも降ろそうと考えていると、背中に感じていた重みがスッとなくなった。
あれだけ嫌がっていたフローゼがどうして降りたのかと思いながらマリアの目を見ると、驚きの表情を浮かべている。
「どうした?そんな間抜けな顔して?」
「い、いえ。フローゼが……」
マリアはフローゼを指差すのだが、指差した先は後ろではなく頭上。
さっきまで背中にいたフローゼがどうしたのかと思いながら振り返るとカインも驚愕する。
「えっ!?」
「――はぁー、らくちんらくちん。やっぱこれがあると全然違うなぁー」
バサバサと羽音を響かせながらフローゼは宙に浮いていた。
「お、おい!フローゼ!お前その翼は!?」
「えっ?これ?なんかさっき急に出てきたのよねぇ」
「きゅ、急に出て来たってフローゼ、それ…………」
さも当然の様に答えるフローゼなのだが、一体どういうことなのか。
「――よっ、と」
軽やかに地面に着地をするフローゼは先程までの疲労感の一切を見せていなかった。
――――あまりにも突然の出来事にカインとマリアは呆気に取られ、休憩がてら足を止めて考えることにする。
「もしかしたら、神獣に関係があるのかもしれませんね」
「フローゼの翼と神獣がか?どうしてそう思う?」
「ほらっ、初めてフローゼに会った時のことを思い出して下さい」
「…………あっ!……なるほどな」
初めてフローゼに会った時は紛れもない天使の姿をしていた。
その背中には神々しいばかりの翼があった。
「確かあの時フローゼは『天界との繋がりが薄くなれば翼は消える』って言っていたな」
「ええ」
「フローゼ、その辺はどうなんだ?」
「えっ?」
「いや、だから、ここが、この山が天界との繋がりが強いのかってことだ」
フローゼは少しばかり考え込む。折りたたまれた大きな翼をその背に生やして。
「――――……うーん、天界との繋がりは感じないなぁ」
「ならどうして翼が出てきた?」
当の本人がわからないならどうしようもないんじゃないかと、そこまで考えてハッとなる。
そういえばまだ聞く事のできるやつがいたのだが、そこでマリアに視線を向けた。
「(また神の奴と交信しているのを責められるのもなぁ)」
これはいつもやっかみの対象だ。
別にカインも神と会話ができるのを嬉しく思っているわけではないのだが、マリアはいつも嫉妬の色を滲ませる。
「(おい!神よ!聞こえるか?)」
マリアにばれない程度に表情を変えずに問いかけた。
『――――聞こえとるよ』
「(聞きたい事があるんだ)」
『お主は神に対してもう少し礼儀を弁えんかのぉ』
「(どうでもいいだろ、そんなこと。俺は神を信仰していないんだから)」
『なのに都合の良い時だけは儂を呼ぶのか?』
「(ぐっ、それはお前、元々はフローゼのミスから始まったからだろ?)」
『いやいや、そもそもお主は叶えて欲しい願いがあってあの遺跡を訪れたのじゃろ?』
「(それは……そうだが…………――――ちっ、わかったよ!神様!聞いて欲しい事があるんだ)」
ああ言えばこう言うやつだなと思いながらも仕方ないとばかりに問い掛ける。
『随分投げやりじゃが、まぁ良い。それで何を聞きたい?』
「(どうしてフローゼの背中に翼が生えたんだ?)」
『なんじゃ、そんなことか。答えは簡単じゃ。ここが神力に満ちておるだけじゃの』
「……神力?神力ってなんだ?」
「えっ?神力ってなんのことですか?」
「――――あっ」
そこできょとんとしたマリアと目が合った。
マリアは数秒考え込んだ後、指をトントンと鳴らしており、横目に睨まれる。
「ねぇ?」
「あー、いや、なんだ?ほらっ、あれだアレ!アレだよアレ!」
「あぁ、アレですねアレ」
「そうだよ、アレだよ……あれ?」
全く会話になっていなかった。
「――あっぶねぇ!なにしやがんだ!」
直後、ドスンという衝撃音が周囲に響き渡る。
「カインの方こそ!」
カインとマリア、ジリジリと距離を取り対峙していた。
「神様と交信する時は教えてくださいってあれほど言っておいたじゃないですか!」
「いや、だってマリア――――」
どっちにしろ交信できないことに対して嫉妬して無言の圧力を向けてくるじゃないかよと言いたかったのだが、いつも聞き入れられてもらえない。
だからこうしてこっそりと交信したのだが――――。
今はそれどころじゃない。
怒りを露わにするマリアをなんとか宥めないといけなかった。
そんなカインを横目にフローゼはお腹を抱えて笑い転げている。
「――――すまん、次からはちゃんとマリアに言うから」
「もうっ、約束ですよ?」
「ああ。必ず」
散々ハンマーを避け続けながらなんとか謝罪を聞き届けてもらい、正座をしているだけで済んでいた。
なんとか言いくるめることに成功したのだが、果たして次はどうなるのか。
しかし、ここまで言ったからには前もってマリアに言っておかないと後が怖い。
「それで?その神力ってどういうことですか?」
「いや、それは今から聞くんだ」
「なら早く聞いて下さい」
「(おい、誰のせいだ誰の!)」」
余計なことがなければとっくに話は終わっているはずだろうと思うのだが言えばきっとまた怒らせることは明白だった。
「なぁ?その神力ってどういう力なんだ?」
次は声に出して神に問い掛ける。
返事を待つのだが、それから数十秒待っても返事は返って来なかった。
マリアは首を傾げている。
「……返事がない」
「…………」
「嘘じゃない!ほんとだ!だからそれしまえっ!」
目の前には輝くハンマーを今にも振り下ろそうとしているマリアがいる。
「おい!フローゼからもなんとか言ってくれよ!」
「はぁ。仕方ないねぇ。 神様はマリアたんとカインくんが仲良く遊んでいる間に仕事が入ったんだってぇ」
「「遊んでないっ!」」
カインとマリアの声が同調した。
「あははははっ!揃ったねぇ」
再び笑い転げるフローゼ。
「おい、いい加減にしろよ?」
「だってカインくんがマリアたんに内緒で話していたからこうなったのでしょ?」
「うぐっ、それはそうだけど…………」
チラッとマリアを見ると呆れられていたのはわかった。
「……はぁ」
マリアは溜め息をついて肩の力を抜く。
「もういいです。神力という言葉でなんとなく察しはつきます。想像でしかないので確証を得るために神様から教えてもらえたら助かったのですが…………。神力とは恐らく神様の力の一部か、もしくはそれに類する力のことなのでしょうね」
「あっ、マリアたん、あったりぃー!」
「おい、フローゼは最初から知ってやがったのか?」
「えっ?違うよぉ?神力が何かを知ってるってだけで、翼が神力に作用するなんていうのは知らなかったのよぉ?」
懐疑的にフローゼを見るのだが、実際のところはどうなのかはわからない。
「そうか、まぁいい。で?その神力ってのがあれば何ができるんだ?」
「それはわかんなぁい」
「…………おまえなぁ」
呆れてしまう。
「わからないことはこれから探っていきましょう。神獣ともなにか関係するかもしれませんし」
「まぁ、それもそうだな。とりあえず今日はこの辺で野宿にするか。まだ山の中腹ぐらいだし、ここから上は気温も下がる。それに他に何があるかもわからない。都合の良いことに丁度そこに湧水もあるようだしな」
周囲を観察する様に見ると、中々に具合の良い場所だった。
シュークリス山越えはここで一晩を過ごす事にする。




