049 退屈しない相手
目を覚ます直前、何かに揺られている感覚を覚えた。
地面から足が離れているのはわかる。
胸の辺りには妙な温かみを感じた。
手と腕はどこか柔らかさを感じたかと思えば離れ、また柔らかさを感じさせる妙な気分になる。
「あっ、カインくん起きたよ!」
笑顔のフローゼが視界に飛び込んで来た。
「大丈夫ですか?」
「ん?ああ――――」
意識はまだはっきりとしない。状況が呑み込めない。
何がどうなって俺はマリアの背におぶられているのだろうか。
手の感覚を確かめるようにグッと握る。
「ちょ――カイン、やめ――――」
ふにょんとしたとてつもない柔らかさを感じさせると同時に身体全体が浮遊感に襲われ、すぐに背中に痛みを覚えた。
「――ったぁっ……ハッ!?」
そこまで考えると途端に意識ははっきりとしだす。
「い、いや、今のは違うんだ!ちょっと待ってくれ!」
「許すと、思いますか?」
目の前のマリアは既に輝くハンマーを持っており、その表情は赤面しており十分な恥ずかしさが滲み出ていた。
理解している。
先程のとてつもない柔らかさがなんだったかなんてのは十分に理解している。
それは、マリアの胸の感触なのだということはわかっていた。
保身のために謝罪しようと思ったのだが、諦めよう。
そして今振り下ろされているこのハンマーを甘んじて受け入れよう。
悪いのは俺だ。
意識が朦朧としていたとはいえ、マリアの胸を揉んだのだ。
仕方ない。
もう目の前にハンマーは迫って来ている。回避はするつもりもない。するつもりがあったとしても躱せない。そうなると潔く受け入れた方がいいだろう。
「(……しかし柔らかかったな)」
瞬間、ドスンと重量感のある音が辺り一帯に響き渡った。
――――。
――――――。
――――――――。
「カインくんのえっちー」
「…………」
「カインのすけべ」
「…………」
「カインくんのおっぱい好き」
「…………」
「カインはへんたい冒険者」
「…………」
「カインくんは――――」
「――も、もう勘弁してくれ」
これ以上は耐えられない。こいつらいつまで言い続けるんだ。
マリアによる治癒は歩ける程度まで回復させる最低限に留められた。
痛みを覚えながら今はケリエの街に帰還する為に歩いている。
「しょうがないですね。これぐらいにしておいてあげましょう」
「えー?もう終わりぃ?カインくんの反応面白かったのになぁー」
完全に遊ばれてる。
「でしたら次はフローゼが触らせればいいのでは?」
マリアは意地悪くフローゼに声を掛けるとフローゼと目が合った。
「……触ってみる?」
「「なっ!?」」
真顔で聞いてくるフローゼに思わず衝撃を受けてその豊満な胸に視線を向けてしまうのだがすぐに逸らす。
今はそれどころじゃない。
「フローゼお前ふざけんなって!それにマリアも!今のは俺じゃなくてフローゼだろ!それしまえっ!」
目の前にはプルプルと震えながらハンマーを手に持つマリアは今には振り下ろそうとしていた。
「冗談だって。マリアたんも本気にしちゃったんだー」
フローゼが笑い声を上げると同時にドスンいう音と共に地面が揺れる。
「はわわわわわわわ――」
ハンマーはフローゼの目の前で振り下ろされ、マリアはニコリと微笑んだ。
「(何やってんだこいつら……)」
目の前で必死に逃げるフローゼを追いかけ回すマリアを見て溜息が出る。
そして笑みがこぼれた。
「あはははははっ!」
カインが笑い声を上げると、フローゼとマリアはピタッと動きを止めカインを見る。
「どうしたのですか?突然笑い出して」
「どっかおかしくなったんじゃない?」
「でも治療はちゃんとしたわよ?」
「よっぽど打ちどころ悪かったんじゃない?ほらさっき落とした時に頭打ってたし」
「そ、そんな、あれぐらい大丈夫よ!」
マリアとフローゼ、軽妙な掛け合いを繰り広げる中、カインは目尻の涙を拭った。
「いや、まぁお前ら――っと、すまん。マリアとフローゼといると退屈しないなって思ってさ」
笑った原因が自分達なのだと言われても、どういうことなのかわからず二人とも首を傾げてお互い顔を見合わせた。
「マリア」
「はい?」
「フローゼ」
「ん?」
ジッと二人の顔を見る。
マリアもフローゼもカインの次の言葉を待つ。
「……なんというか、まぁ、ありがとう、な」
何故か無性に礼を言いたくなった。言葉にして伝えたかった。
マリアはそこで理解すると同時に、カインに優しい笑みを送る。
「いいえ、大丈夫ですよ。だって私は――」
「聖女だもんな」
マリアは告げる言葉を取られ目を丸くしたかと思えば再び笑顔を向けた。
「ええ、そうですよ」
「じゃあ帰ろうか」
そうしてケリエの街に戻り、孤児院の前に着くと人影が二つ。
「無事に帰って来たようじゃな」
「良かったぁ」
レイモンドとミリアンはカイン達の無事を確認すると安堵の表情を浮かべた。
「ミリアンさんはわかるけど、レイモンドさんはどうしてここに?」
「おやおや、随分な言われようだな。君たちを心配していたんじゃないか」
「――うぐっ!」
途端に脇腹に鈍痛を覚える。
「すいませんカインが失礼なことを」
マリアはカインに肘打ちをしてすぐに深々と頭を下げた。
「いや、かまわんさ。その様子だと無事にマンティコアを倒せたようだな?」
「ああ、まぁ……」
倒す事はできたのだが、いくらか疑問は残っている。
あの時どうして倒す事ができたのか。断片的にだが記憶はある。
「とにかく中に入ってください。すぐに温かい食事を用意しますので」
「わぁい!ごっはんごっはん」
ミリアンとレイモンドに続いてフローゼは中に入っていく。
「どうしたのですか?難しい顔をしていますけど?」
「あとで――――いや、明日でいいからちょっと時間貰えるか?」
「えっ?いやまぁ大丈夫ですけど。別に今でも」
「今日はもう遅いし、明日でいいさ」
「そうですか、わかりました。ではいつもの時間に」
「ああ、頼む」
それからミリアンに食事を用意してもらい、五人で食卓を囲む。
もう時間も遅いため子ども達はとっくに寝静まっていた。
「――それで、これからどうするつもりなんじゃ?やっぱり王都を目指すのか?」
レイモンドは疑問符を浮かべながら問い掛ける。
「ああ。明日にでもここを立とうと思っている」
「寂しくなりますね」
「うぅー、もうミリアンさんのご飯食べられないのかぁー」
「心配しなくてもいつでも食べに来て下さい。すぐに用意しますので。それに子ども達も喜びますし。 あー、でも王都に行くとなると、迂回する必要がありますから結構かかりますよね?」
ミリアンはレイモンドの顔を見ると、レイモンドも頷いた。
「そうなんですか?どうして迂回する必要があるのですか?」
「いや、ここらでは常識なのじゃが、北にある山、シュークリス山は霊峰と呼ばれておってな。ただでさえ越えるのが困難な崖道なのじゃが、最近では魔獣がでるという噂もあるのじゃよ」
「魔獣……ですか?」
「ああ。実際その姿を見た者はおらんので定かではないが、最近シュークリス山で消息を絶つ者が増えているらしい。それに迂回といっても二十日程度だ。変に危険を冒すより迂回すれば王都にいけるのだから問題はない」
神妙な顔つきで話すレイモンド。
そこでマリアと目が合った。
「どうしますか?」
「そうだな、俺達もわざわざ危険を冒すこともないだろうから迂回しようとするか」
「そうですね、急ぐ旅でもないですしね」
カインとマリアもその霊峰を通らずに迂回する方向で話がまとまる。
『ふむ。霊峰か。もしかすると神獣がおるやもしれんな』
突然神の声が聞こえた。




