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047 今できること

 

「ではカインもわかるのですね?」

「ああ、昨日までは感じなかった魔力を今はしっかりと感じることができる」


 翌日、マリアが言うよりも早くカインが口にした。

 体内を巡る魔力を感じることができるということを。そして、それが自分のものではないということを。


「(まさかこんなものを渡されていたなんてな)」


 思い出すのはマールの最期と昨日の夢。

 夢の方ははっきりと思い出せないのだが、魔力を感じたあとこんな魔力を自分がもっているなどと信じられないのと同時に、これがマールから渡されたものだということを無意識に自覚して、そしてそれは何故か確信を持てた。


 それはマリアにも伝えている。

 マリアは「そんなこともあるのですね」と考え込んでいながらも、出した答えは、可能性があるとすればマールの魔導士としての才能と命の灯が尽きる瞬間が生んだ奇跡と推測していた。


「ではさっそくですが、その魔力を使っていきましょうか」

「いや、それがだな、上手く使いこなせないんだ」


 どこか馴染んでいないのを感じる。

 試しに火の魔法の初級、ファイヤーボールを撃ってみるが、これまでと特に変わらない普通の火の玉。


「そうですか。ですが確実にカインの魔力量は大きく底上げされていますよ?」

「俺もそれはわかるんだ。ただ使い方が……」


 わからない。


「うーん、そうなると困りましたね。もう日にちも少なくなっているのでここから基礎の魔力コントロールを覚えるとなるとさすがに時間が足りません」


「……明後日、だもんな」


 もう次の満月がすぐそこまで来ている。


「わかりました、とりあえず今のままでもそれなりに戦えるということは間違いありません。ですので、カインが明らかに劣勢に立てば私とフローゼが加勢に入るということでどうですか?」


「……わかった、それでいい」


 これ以上は予定を遅らせるわけにはいかない。

 ただでさえマリアは一ヵ月もここに留まって自分の我儘に付き合ってくれているのだから。

 それをさらに遅らせるということはさらに一ヵ月ここに滞在するということ。それはさすがに遅くなり過ぎるだろう。


 僅かばかりの不安を覚えるのだが、マリアの言葉を信じるのならば互角以上に戦える。いくらかの自信もついた。成長も実感できている。

 マリアとフローゼが加勢に入るとは言っても期待をするわけではない。頼るつもりもない。


 自分一人でケリをつけるんだ。


「仕方ありませんね。今日はここまでにしましょうか」

「いや、まだできることがあるのなら何かしておきたい」

「そうですか?たまには息抜きをすることも大事ですよ?」

「けど、少しでもやれることがあるのならしておきたいんだ」


 カインの言葉を聞いたマリアは小さく息を吐く。


「まぁ気持ちはわかりますが…………うーん……まぁ、はい、わかりました。 ではあと何ができるか考えましょうか」

「すまん」


 マリアに頼るだけでなく、自分でも何かできないか考えてみよう。

 そう思っていたところに遠くに人影が見えた。


「調子の方はどうかね?」

「レイモンドさん」

「すまんな、中々顔をだせなんで」

「いえ、とんでもないです。宿を貸して頂いているだけで十分です」


 マリアが恐縮しがちで手を振る。


「そうか?それにしてはミリアンから聞いた話だと子ども達のために食糧の調達までしてもらっているみたいだが……」

「それは依頼を受けたあとのただのついでだな」

「もうっ、カインったらそんな言い方しなくてもいいじゃない」


 そうは言うものの実際にその通りなのだから。

 自分達のある程度の貯蓄と旅の資金調達。余った分を子ども達に持って帰ってるに過ぎない。

 おかげで資金にもある程度余裕は持てた。


「はっはっはっ、かまわんよ。それぐらいはっきりと言ってくれた方が気持ち良いさ。商人なんてしているといちいち腹の探り合いをしなければいけないんでな。たまにはこうして気を抜きたいものだ」

「そう、ですか?」

「ああ、たまにはの」


 レイモンドはニコリと笑みを浮かべた。


「そうじゃせっかくだから一緒に食事でもどうだ?もちろん支払いは私が持とう」


 レイモンドに食事に誘われたことでマリアと目を合わせる。

 マリアが少し困った顔をしたのは、どうしようかと悩んでいるのだということはわかった。

 ただでさえレイモンドの厚意で孤児院に世話になっているのだ。この上食事に預かれば尚更気を遣ってしまうのだろう。


「ありがとうございます。ですが――――」

「わーい!やった!ごっはん、ごっはん!ねぇねぇどこに食べに行くのぉ!?」

「おぉ、それほどまでに喜ぶか。これは驕りがいがあるというものだな。ならばとっておきの店を紹介しよう」


 レイモンドとフローゼは振り返り、フローゼはレイモンドの腕に抱き着いていた。

 マリアと目が合うと、マリアはわなわなと肩を震わせている。それが怒っているというのは一目でわかるのだが、それを表に出せないのはフローゼの隣にレイモンドがいるからだということはわかっている。


 仕方なく諦めた結果、食事に行くことになった。



 そうしてレイモンドに連れられて来たのはケリエの街の中でも一際高級そうな店。


「本当にいいのですか?こんなに高そうなお店――――」


 マリアは店内をキョロキョロと眺める。


「かまわんよ。子ども達も年に一回ここに連れて来るしの」

「へぇー、それは喜ぶでしょうね」

「まぁ反応はそれぞれじゃ。緊張で喉も通らん子もいれば張り切って食べる子もおる」

「どうして子ども達を?孤児にとったら贅沢すぎるんじゃないか?」

「ん?」


 これだけ高級な店だ。


「(普段の食事に比べれば落差が激しい。孤児院に戻っていつもの食事を目にすればがっかりするんじゃないか?まぁミリアンさんの食事は見た目以上に美味しいから実際はどうなんか知らんが)」


 そんなことを考えていると、レイモンドは神妙な顔付きになり、口を開く。


「まぁ贅沢なのは間違いないな。だが良いかどうかは正直わからんが、大きくなって頑張って稼ぐことができるようになればこんな店に来ることもできるんだということを身をもって教えたくてな。それが子ども達の目標の一つになればそれでいいと思っておるだけじゃよ」


 その表情からは少しばかりの迷いが見え隠れしていた。


「――――大丈夫ですよ」


 横を見ると、マリアが美しい笑みを浮かべてレイモンドを見て声を掛けている。


「レイモンドさんの気持ちは子ども達にちゃんと伝わっていますよ」


 その言葉一つひとつにマリアの優しさが滲み出ていた。


「(マリアらしいな)」

「ほっほっ、そうかそうか。お嬢さんに言われるとなんだか信じられるな。どうしてだろうな」

「聖女ですからね」

「ちょ――」


「(何を言ってるんだマリア!?)」と、素性がバレてしまえば大変なことになるだろうと思ったのだがもう遅い。

 たった今、はっきりと聖女だと断言したのだから。


 恐る恐るレイモンドの方に視線を向けると、レイモンドは目つきを鋭くしてジッとマリアを見ていたので思わず視線を逸らす。


「(くっ、ダメか。どうにかして誤魔化さないと――――)」


 すぐさま言い訳を探すのだが、思いつかない。


「そうか、聖女か……」


 ダメだ、もう何を言っても遅い。

 あと二日経ってマンティコアを倒すことができればすぐにでも街を出ようと決心する。


 レイモンドの顔をまともに見られないでいたのだったが、レイモンドは突如として高笑いを上げた。


「はっはっはっ!なるほど、確かにお嬢さんなら聖女と遜色ないだろうのぉ。聖女なんてのはローラン神聖国にしかおらんので私も会ったことないが、もしかしたらお嬢さんの方がローランの聖女よりも可愛いかもしれんしの」


 思わず呆気に取られたのだが、すぐさま理解した。

 なるほど、いくらなんでもこんなところにローランの聖女がいるなんてのは夢にも思わないということか。しかもそれが自分のところの孤児院で一ヵ月も世話になっているなんて考えもしないだろう。


 なるほどな、だからマリアはこうも堂々として居られるということか。

 納得した。


「ありがとうございます。ですが――」


 ちょっと待て!この上何を言おうとしてんだ!?


「――いたっ!」


 思わずマリアの足を踏ん付ける。

 痛みの原因を認識したマリアにかなりきつく睨まれたことで一瞬怯んでしまう。


「カイン!いきなりなにするのですか!?」

「ん?あっ、いや、すまん気付かなかった。悪いな、マリアが聖女だなんて夢を見ているから」

「なんですって!?」


 頼む、気付いてくれ。

 必死に目配せすると、マリアはアッとなり、口に手を当てた。


「(助かった。なんとか気付いてくれたか)」


 申し訳なさそうにするマリアを見てなんとかなったと安堵する。


「まぁマリアたんは正真正銘の聖じょ――――」

「(――このやろうっ!)」


 そうだった。このバカを忘れていた。

 食事から目線を外さずにがっついているフローゼの前に慌てて勢いよくダンッと食器を置く。


「おい、フローゼ、俺の分も食っていいぞ」

「えっ!?いいの?カインくんありがとう!」

「おやっ?お気に召さなかったか?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、最近疲れててちょっと食欲がなくてな」

「ふむ、それはマンティコアの件に関係しておるのか?」

「えっ?」


 カインは唐突にレイモンドの口からなんでもないかのようにマンティコアの話題が出てきて驚愕した。


「……いや、まぁ……そうなんだが」

「ミリアンから聞いておるよ。アレンを助けてくれたそうじゃないか。すまんな」

「ああ、なるほど」


 どこまで知っているのかと思ったが、ミリアンから聞いたのなら情報に大差はないだろう。


「倒せそうなのか?」

「まぁ、任せといてくれ。前回は逃げられたが、次は俺達三人がかりなら問題ない。その手の仕事は俺達の領分だしな」


 俺一人だと厳しいのだが、ここで変に不安がらせてもしょうがない。実際、マリアとフローゼの手を借りれば問題なく倒せるだろう。


「そうか、それは頼もしいな。まぁ冒険者の仕事内容に私は口を出せんしの」

「ああ、こっちも商人のことなんてまったく知らんしな」


 お互いの仕事内容の詳細なんて知りはしない。

 なんとか納得してくれたみたいだ。


 そうしてレイモンドとの食事を終える。

 レイモンドとは店の入り口で別れた。別れ際にくれぐれも気を付けるように声を掛けられたレイモンドの表情はどこか影を感じさせたのだった。


「やっぱりレイモンドさんは子ども達が冒険者になるの反対してるみたいですね」

「まぁそらそうだろうな。今回アレンはたまたま生き延びることができたけど、死んでいてもおかしくなかったしな」


 冒険者になって便りがない子どもが何人もいるというのは何度も聞いた話。

 仕方ないと言えば仕方ないことなのだが、保護者からすれば気になるのだろう。


「そういえばカインのご両親は王都にいるのですか?」

「いや、俺は孤児だ」

「あっ、ごめんなさい」

「いや、気にするな。珍しいものでもないだろ?」

「……まぁ」


 実際問題、このコルト王国はまだ国としては落ち着いている方だ。聞いた話によればもっとひどい国もあるというのだから。


「そういうマリアの方はどうなんだ?」


 ふと気になるのはマリアの国、ローラン神聖国にマリアの両親がいるかどうか。

 それに気になることはまだある。


「私はいますよ」

「……心配しているんじゃないのか?」

「あー、そうですね、確かに心配しているかもしれませんね。ですが、神様から与えられたこの試練、帰った時に事情を話せばわかってもらえますよ」


 自信満々に堂々と言い放つマリアを横目に考える。


「(ほんとにそうか?)」


 だが追及する気にならなかった。


「マリアたん、なんだか嬉しそうだねぇ」

「そうだな」


 隣を歩くマリアは「他にどんな試練があるのでしょうね?」と微妙に楽しそうにしているのだから。

 なんにせよ、いよいよもう目の前にマンティコアとの再戦を控えているのだから気持ちをそちらに集中させよう。



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