044 変化
――――それから十日間はマリアにボコボコにされる日が続いた。
初日の鍛錬を終えた後、朝食の前にミリアンと共にアレンが顔を出して申し訳なさと不安の色を込めて謝罪をされたことがあった。
「気にするな。お互い無事で良かったな」と簡単に伝えたのだが、それでもその表情からは変わらず謝罪の念が汲み取れた。
ミリアンの話によると、それからは大人しく孤児院の中で過ごしているらしい。冒険者になりたいと言っていたことがどうなったのかまではわからない…………。
「――何を考えているのですか?」
仰向けになり寝転がっているところで耳に入ってくる凛とした声に反応して目を開ける。
顔を覗き込まれているのだが、覗き込んできた人物は今こうして寝転がる事になっている原因の人物、マリアだった。
「ああ、ちょっと考え事をな――」
よっと声を発して上体を起こす。
「しっかしまぁ短期間でこうも変わるものなんだな」
そう考えるのは、マリアにボコボコにされていることに変わりはないのだが、初日から数日にかけて比べると明らかにここ数日の方がボコボコされるまでにかかる時間が長くなっていた。
「基礎ができていたからですよ。そうでなければもっと時間が掛かっていたかもしれません」
そうなるとバーバラにボコボコにされていたことも無駄ではなかったのだと思える。
「……どうだ?俺はマンティコアに勝てそうか?」
次の満月まであと十日程。
問題はマンティコアを倒せるだけの力を得られたのかどうかだということだ。
「…………」
マリアは悩ましげに深く考える。
「その反応は難しそうってことだな」
それでも悩む程には成長はできたのだろう。自分でも前よりは確実に強くなったという実感はある。
「……そうですね、現状五分五分といったところでしょうか。状況次第ではどちらにも転びかねないかと」
「そうか、なら十分だ」
勝ち目が薄かったのを五分五分まで引き上げて貰えたのだから満足だ。
「なら残りの時間で少しでも勝ち目を上げれるぐらいにはしてみせるさ」
「まぁ、それはそうなのですが……」
「どうした?」
もしかしてこれ以上の伸び代がないのか。だとしたら少しばかり残念に思う。
「あっ、いえ、そんな顔をしないでください」
そんな悲観的な顔していたかとマリアの顔をじっと見た。
「ここから先はカイン次第なのですが、残りの期間でもマンティコアを上回るぐらい強くなることはできると思うのです。ですが、そろそろ次の段階と言いますか、試してみたいことがありますのでそちらに移ろうかと」
「……試してみたいこと?」
「はい」
一体何の話をしているのだろうか。
「あのですね――――」
マリアから目線を外さずにじーっと見ていると改めて思う。
「(やっぱマリアって相当可愛いよな)」
ふと思い出すのは先日マリアと買い物に出かけた時のこと。
道行く人がマリアの容姿に目を奪われていることで、やはりこれだけ可愛いと人の目を惹く外見をしているのだなと認識させられた。
「――聞いていますか?」
「ん?あぁすまん、マリアは可愛いなって考えていたら聞いてなかった。で?なんだ?」
違うことを考えてしまっていたので話を戻そうとしたのだが、目の前のマリアは顔を真っ赤にさせる。
「ちょ――――」
マリアは俯いてプルプルと震えだしたかと思った途端、顔を上げて目が合った。
その目は少しの恥じらいを感じさせるのだが、それよりも気になるのはその手に持っている白く光り輝くハンマー状の武器。
それを大きく振りかぶったと思えばすぐさま豪快に振り下ろす。
ドスンと盛大な衝撃音と共に地面がめり込むほどの力で打ち付けるのだが、カインは即座にその場から飛び退いた。
「おい!そんなもんで殴りつけたら死んじまうだろうが!」
「死にません!死なないように調整します!」
「なんの調整だよ!」
「それよりも何を逃げているのですか!?」
「逃げるに決まってるだろ!そんな危ないもん振り回されて!」
マリアのハンマーはヒュンヒュンと何度も空を切る。かろうじて躱す事ができた。
「カインがバカなことを言ってるからでしょう!」
いいからとにかく素直に一撃を受けなさいという意思をひしひしと感じさせながらも、こんなもの一撃たりとも受けたくはない。
回避に専念すればマリアの攻撃をなんとか躱す事が出来る。
「――くっ、すばしっこくなって」
「マリアのおかげだな。感謝するよ」
「感謝しているなら行動で示しなさい!」
まだハンマーを振り回している。
どうして感謝を示す事がハンマーを受け止める事なのか全く理解できない。徐々にマリアのハンマーの勢いが増していく。
「いい加減に――――」
「手伝うよ、マリアたん」
「「えっ――――」」
そこに突然フローゼの声が聞こえた。
同時にマリアのスカートがブワッと持ちあがる。思わず視線を奪われる。
だが、それが致命的になった。
「きゃーーーーーーーっ!」
露わになったマリアのスカートの中、純白の下着に目が釘付けになったと同時に目の前にはもう視界を塞がれるぐらいの大きな影が降りてくる。
――――――――。
目の前が真っ暗になった。
「――何をしているのですかフローゼは!」
「えー?だってマリアたんが苦戦していたから手伝ってあげたんじゃないのぉ。カインくんの動き止めたげたんだよぉ?」
「必要ありません!そもそも手伝うにしてももっと他に方法があったでしょう!」
「あれが手っ取り早かったのよねぇ」
「手伝うなら他の方法を選びなさい!」
遠くから声が聞こえてくる。
「――あっ、気が付きましたか?」
「……ああ」
薄目を開けて姿を見せるのは、少しばかり心配している様子を見せていたマリアと笑顔で覗き込んでくるフローゼ。
「大丈夫ですか?わかりますか?」
「……ああ」
「マリアたんのパンツの色は何色だった?」
「……しろ」
質問に淡々と答えるのだが、目の前には再び白く輝く物体が姿を見せる。
「あ・な・た・たち・ねぇ!」
「じょ、冗談だって!ね、だからそれしまって!」
「おい!俺は巻き込まれただけだろうが!」
慌てて声を掛けるのだが、マリアは躊躇せずにハンマーを真っ直ぐに振り下ろした。
「――――ほんといい加減にしてよね!」
「もうっ、マリアたんは怒りっぽいんだからぁ」
「誰のせいよ誰のっ!」
「(仲が良いのだか悪いのだか…………)」
マリアも怒っているのだがその口調は親しげで、フローゼとは以前より距離感を感じさせない。
二人の口論を見ながら――――というよりはマリアが一方的に怒っているだけなのだが。
歳も同じだったことで、最近ではフローゼに対して口調が柔らかくなっていた。対するフローゼもマリアに遠慮を見せていない…………のは割と最初の頃からだが最近では特にそうである。
「はぁ、もういいわ。丁度フローゼにも声を掛けようと思っていたしね」
「あたし?」と自分の顔を指差すフローゼは覚えがない様子だった。
「ええ、カインの魔力についてのことよ――――」
マリアがそう言うと、カインとフローゼはお互いに覚えがないので顔を見合わせて疑問符を浮かべながら二人してマリアの顔を見た。




