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043 可能性

 

 ――――翌日、早朝から身体を起こした。


 いつもより早く起きたのは気が昂っているのかなんなのか。


 軽く支度を整えて毎日の日課である訓練用の木剣を手に取り、孤児院の庭に出る。


 まだ遠くに見える背の低い山を陽が昇り始めたばかりの朝、孤児院の子ども達はもちろん、子ども達の為にいつも献身的に働いているミリアンも朝の準備にかかることのないほどの早朝。


「あっ、おはようございます」


「……早いな」


 そこにはもう既にマリアが凛とした佇まいで立っていた。


 マリアがそこにいる理由ははっきりしている。もちろんカインの鍛錬に付き合う為。

 だが、それでもカインはいつもより早く起きて準備したのに、そのカインよりもマリアは早かった。


 そんな中、足を止めて目が釘付けになるのはマリアが自分より早く来ていたからではない。


 カインが来たことに気付いて振り返ると、マリアの表情は真面目な顔から笑顔に移り変わり、その表情に合わせて朝陽を浴びて見事に反射するその綺麗な銀髪と容姿の美しさは何より絵になった。


「あ、あのさ、フローゼは?」


 思わず言葉に詰まり、下を向いて問いかける。


「気持ち良く寝ていますよ。まだ誰も起きていませんよね」


「そ、そうか。 そりゃこんだけ早ければそうだよな…………まぁフローゼまで俺に付き合う必要はないからいいけど」


 とは思うものの、フローゼには魔法を使うための訓練は別にしてもらおうとも考える。

 同時に、訓練などというものは絶対に嫌がられるだろうということも容易に想像出来た。


 そんなことを考えながらも、今は自分のことに集中しなければならないので切り替える。


「――さて、じゃあ何から始める?」


 軽く屈伸をしてマリアに問い掛けた。


「そうですね、ちょっと確認したいことがあるので一つずつ確認することにします」


「確認?」


「ええ」


 何を確認するのかと思うのだが、目の前のマリアも木剣を手にしておりスッと正眼に構える。


「思いっきり打ち込んできてください」


 はっきりとした声で、力強く言い放つ。

 それでいて木剣越しに見えるその目は真剣な目をしていて、いつもの優しい顔は完全に隠れてしまい姿を見せない。


「……本気で、いいんだな?」


「もちろんです」


「あの具現化魔法は使わないのか?」


「あれをカインが使えるなら話は別ですが、カインに合わせるために私もこれを使いますよ」


「……そうか」


 舐めるな、と言いたいところだが、マリアの自信が示す根拠をもう何度も見ている。


 だからマリアに願い出たのだから。


 それに、不思議と下に見られているという感覚はない。似たような状況として思い返すのは、バーバラに鍛えられた時は明らかに小馬鹿にされていたのを思い出した。


 そもそもとして、それ以上にグッと集中させられるのは、マリアには一切の隙が見当たらない。


「じゃあ遠慮なくいくぞ」

「はい、どうぞ」


 そうして一足飛びにマリアの前に踏み込んだ。


「――ぐぅ」


 マリアは構えたそのまま剣を振り下ろしている。


 振りかぶっていない分だけ予備動作は少ない。

 上腕目掛けて振り下ろされたマリアの木剣は寸分違わずカインの身体を捉えた。


「(……全然見えなかった)」


 正面のマリアを見る。


 マリアが強いというのは前提にある。それでも不意討ち気味に踏み込んでかつ、マリアが振りかぶるのだろうと勝手に想定していた。そのため先に剣を振りきれると思っていた。


 結果的には想定外の速さを見せつけられた。


 だが、それ以上に――――。


「(あれだけの振りでこれだけの重さ……本当につえぇな)」


「なんですか?今のは?今のが本気なのですか?これがもし真剣だったらカインは真っ二つでしたよ?」


 笑顔を見せずに木剣を擦りながら突き放した言葉を掛けられるとさすがに少しばかり腹が立つ。

 そんなことは散々バーバラさんに言われ続けたこと。むしろ言われなくても理解している。


「――ははっ」


 小さく息を吐いた。

 今考えたことにすぐに首を振る。


「(舐めてるのは俺の方だったな――――)」


 どこかマリアの優しさに期待してしまっていたのかもしれない。昨日何度も微笑みかけられたことで勘違いしてしまっていたのかもしれない。


 言い訳だ。


 今目の前にいるマリアはいつものマリアではない。

 こうしてジッとマリアと目を合わせるが、一向に視線を外さない。じっくりとどういう行動を取るのか見定められている気がした。


 ――――――わかったよ。そんなに本気が見たいなら見せてやろうじゃないか。


 マリアを殺す気で斬りかかることを覚悟する。


 地面を力強く踏み抜いて、尚も正眼に構えるマリアに再び突進した。


「はぁ」


 マリアは小さく溜め息を吐いて、先程と同じように振りかぶることなくそのまま振り下ろす。


 二度目だ。


 さすがにまともに喰らうはずがない。


 片足を半歩後方にずらして半身になる。

 振り下ろされたマリアの剣を躱しながら横薙ぎに剣を振るった。


 だが――――。


 マリアは右足を軽く前に払ってカインの軸足を刈り取った。

 体制を崩されたことで横薙ぎに振るった剣は上を向いて空を切る。


 それでも、すぐにマリアの剣の軌道を確認して、地面を転がりながらマリアの足を目掛けて剣を振るった。

 フワッと軽く跳躍したことでマリアを空中に留めることに成功する。そのまま真っ直ぐマリアの胴体目掛けて木剣を突き出した。


 経験上、どう考えてもまともに直撃するタイミングだった。避けられるはずがない。


 しかし、持っている剣はマリアの胴を打ち抜くどころか、手首に強烈な痺れを得ると同時に持っていた木剣を落として地面でカランと音を立てる。


 目の前には、空中でローブを靡かせながら素早く回し蹴りをしてカインの手首を的確に蹴り上げていたマリアが軽やかに着地をしていた。


 マリアが地面に着地すると同時に横っ腹に木剣を振り切られる。

 内臓を押し潰される感覚を得ながらゴロゴロと地面を転がった。


「――ぐっ…………」

「はい、私の勝ちですね」


 地面に横たわりながら見上げると、トンっと鼻先に木剣を突き付けられている。

 そこには堂々と言い放つさまのマリア。まったくもってなんとも言えない感情を抱かせた。


 だが、どんな感情を抱こうが起き上がることができない。

 たった二撃喰らっただけでこれだ。一撃の重さが尋常ではない。


「まいった」


 地面に仰向けに寝転がる。


「さて、今のでわかったことをお伝えしますが、その前に先に治療をしますね」


 目の前で屈み、声を掛けるマリアはもういつものように微笑んでいた。


 地面に寝転がるカインに手を当て「我、神の癒しの力を持って汝に治癒の施しを――――」と詠唱を始めると、先程まで感じていた鈍痛と吐き気がすぐに和らいだ。


 一分ほどマリアが治癒魔法をかけると先程までの痛みが嘘のように感じられなくなる。


「――――で?俺なりに本気で向かったがこのざまだ。これで何を確認したかったんだ?」


 身体を動かせるようになると、膝を折ってその場に座り込み問い掛けた。


「はい、カインの今の強さを正確に把握したかったのです。それでわかったことですが、まず、カインの剣技はそれなりのレベルに達している…………それは自覚あると思うのですが、もちろんまだまだ成長の余地はありますね。ですが、そもそも剣筋が素直過ぎます」


「そう……か?」


「ええ。ある程度は考えているようですが、先を読む力に少し欠けていますね。それはもちろん経験不足もあるのですが、そのままだと予測不能な動きに対する対応として反応が不十分であるということになりますね」


 少しばかり考え込む。

 しかし、考えても明確に答えが見えてこない。


「…………どういうことだ?」


「そうですね……例えば、バーバラさんに剣の稽古をつけてもらっている時は、先程の私のように蹴りが飛んできたりしましたか?」


「? いや、剣だけだったな」


 それでもほとんど毎日同じようにボコボコにされた記憶が甦る。


「そういうところですよ。カインは私が木剣を手にしていることで剣による模擬戦だと思い込んだことで選択肢を勝手に限定してしまっているのです」


 そこまで言われてやっと理解した。


「確かにそうかもしれない…………いや、言わんとしていることはわかる。だからマリアは足払いや蹴りを撃ったのか?」


「はい。これが騎士団みたいな剣だけに限定した話であれば話はまた違うのですが、それでも多様な相手に対して即時対応するのであれば自分の想定を上回ることを前提に考えてください。その想像の上をいくことなど何度もあるはずです」


「なるほど、な」


 納得した。


「それと、剣筋が素直って言ったことですが、カインからはここに撃つという意思が容易に読み取れるのもまた問題ですね」


「そんなにわかりやすかったか?」


「はい。これは時によっては致命的になります。目線や軸足の位置、重心の配分や腕を振る角度などを総合的に見れば大体わかります。これは特に相手のレベルが上がれば上がる程ここの駆け引きが重要になってくることもあります。今回想定しているマンティコアやこの間のグリフォンのような獣は私達には感じられない程の獣特有の危機察知能力に長けています。ですので、その察知能力を上回ることをしなければなりません」


 自分ではある程度考えているつもりなのだが、それでもマリア程の実力者から見れば子どもの剣みたいに感じられたのだろう。


「……そうか」


「そんなにがっかりすることありませんよ?」

「とは言ってもなぁ…………」


「いえ、これは本当のことですよ。カインの剣はまだ粗さが目立っているということは、それだけまだ成長できるということを示しているということです」


 慰められているわけではないのだろう。それはわかる。

 そして再びマリアはニコリと微笑んだのだが理由がわからない。


「ですので、カインにはこれから毎朝こうして私と撃ち合ってもらい、私の想像の上を行く攻撃をしてください。同時に私はカインの予測していない動きで攻撃をします。まずはそれに慣れてください」


 自分で頼んでおいてなんだが、嫌な予感がした。


 マリアの微笑みがまるで悪魔の様に意地悪く感じられるように微笑むのだから。


「心配しなくても大丈夫ですよ。カインがどれだけ怪我をしようとも私がその場ですぐに治療をしてあげます。これで今迄みたいに痛みが引くまで鍛錬を再開できないなんてことはありませんので存分に怪我をしてもらっても構いません」


 これはどう見ても今後の展開に不安しか覚えなかった。


「(もしかして、俺は相当とんでもないやつに願い出たんじゃないんだろうか…………)」


「それが終われば次の段階に移りますね」

「次の段階?」

「ええ、楽しみにしておいてもらっても良いと思いますよ?」


 ダメだ、もう後戻りできない。

 何を考えているか知らないが、この笑顔を見る限り全く楽しみにできなかった。



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