041 認めたくない現実
『お前……どうして?』
ここにマールがいるのが不思議でならない。
『んー?カインの姿がないから探していたらクロム君を探しているって話を聞いてね。アルハイムさんにメタリアダンジョンの話を聞いたんだ。それで来たんだけど…………まさかゴーレムがいるなんてね』
マールは何でもないかのように何食わぬ顔でカインに駆け寄る。
『とりあえずこれ使いなよ。さすがに治癒魔法はボク使えないからこれで我慢して』
マールはすかさずカインに薬草を塗る。
カインの身体が薄らと輝いて同時にそれまで感じていた痛みが和らいだ。
『――すまん、正直助かった』
立ち上がり、手足の感覚を確かめる。
少しばかり違和感を覚えるのだが、普通に動く分には問題はないだろう。
『でも、のんびりもしていられないようだね』
『そうだな』
二人して同じ方向を見るのは、目の前にはマールの氷の槍に貫かれたはずのゴーレムが立ち上がっていた。
『やっぱり逃がしてはくれないみたいだな』
『だね。ゴーレムなら身体のどこかに形作る為の核となる魔石が埋め込まれているはずだよ?』
『……魔石、か。それはどこにあるんだ?』
『ふふーん。聞きたい?』
『当たり前だろ! ――――!?あぶねぇ、避けろ!』
カインとマールが会話をしているのを待ってくれるはずもなく、ゴーレムは再びカイン達に襲い掛かって来る。
即座に左右に飛び退き、反対側に回り込む。
『早く核の場所を教えろよ!』
『それはね…………』
『それは?』
『……それが、わからないんだよねぇ』
『…………は?』
マールは頭の上に手を乗せてテヘッとした。
『いやぁ、通常は胸の真ん中にあるはずで、さっきそれを貫いたつもりだったんだけど…………起き上がっちゃったから違ったみたいだね。違う場所にあるのかな?』
『ならこの状況どうすんだよ!?』
『そりゃもちろん手当たり次第やるしかないだろうね』
『はぁ。ったく、なんだよそれ!』
『しょうがないじゃない、ほらっ、カインも動いて動いて』
こんな状況だというのにいつも通りのマールの態度に呆れてしまう。
だが、それが心地良かったのもまた事実。
『――おらぁ!』
『――ハッ!……うーん、ないなぁ』
それからはカインがゴーレムに向かって接近戦を仕掛けていき、そのカインを援護する様にマールはゴーレムの死角からいくつもの氷柱を打ち込む。
しかし、一向に核らしきものを破壊することはできないでいた。
『――――はぁ、はぁ、はぁ。 お、おい、本当に核はあるんだろうな?』
息が乱れ始める。
『それは間違いないよ。ゴーレムである以上その前提は覆らない』
だがもう何度もそれらしいことをやっている。
腕を斬り落とそうが腹を穿とうがゴーレムは何度も身体を形作り起き上がる。
『あと残ってるのは――――』
『――頭、だね』
ゴーレムの可笑しな挙動にはカインもマールも気付いていた。
少し前にマールが頭部に魔法を撃ちこもうとした時、腕を差し出して防がれたのだった。
『魔力はまだもつのか?』
『全然問題ないね――ケホッ!ケホッ!』
『魔力に問題はなくても、持病の方はそうはいかないみたいだな』
『――ケホッ、まぁこればっかりはねぇ』
『なら、早く決めないとな』
むしろマールの体力が気になる。マールは持病のせいで長時間戦うことができないのだから。
『やることは一つ!マール、援護を頼んだ!』
『ケホッ。任せて』
カインが猛然としたスピードでゴーレムに迫る。
ゴーレムは変わらず腕を振るって迫って来たカインを排除しようとした。
『――スピードブースト』
マールがカインに向かって魔力を放った。
カインの身体はグンッと勢いよく加速してゴーレムの腕は振り切られるよりも早く懐に潜り込む。
『まずは寝ろ!』
『――パワーブースト』
横薙ぎに振り切ろうとするカインの剣を後押しするように、カインの剣が飛躍的に振り切る速度を上げた。
ザンッと鋭い音を上げながらカインの剣はゴーレムの両足を切り裂く。
両の足を切り落とされたゴーレムは支えを失いずるりと滑り、ドスンと重量感のある音を立てて地面に仰向けに倒れた。
カインは軽く跳躍する。
『さすがマールだな。おらぁ!』
タンっと倒れたゴーレムの顔の上に立ち、剣を突き刺すように構えた。
先程見せた挙動の場所、ゴーレムの額の中心目掛けて、両手で持った剣を突き刺そうするのだが、ゴーレムは両の腕を広げてカイン目掛け挟み込むように打ち込もうとする。
『――ウォーターショット』
両の腕はカインに到達しようとする瞬間に大きな水弾を撃たれて弾かれ、カインは大粒の水飛沫をいくつも浴びた。
マールがカイン目掛けて打ち込まれようとした両の腕に対して水の塊を撃ち込んでゴーレムの腕は弾き飛ばされる。
『――さすがマール』
確認することなく小さく呟くのはマールへの信頼の証。
カインが浴びた水飛沫は撃ち込まれた衝撃で弾け飛んだ水弾。
そうしてゴーレムの頭部に向かって一直線に突き刺されるカインの剣は、ズンッと大きな音を立てた。
音と同時にパキンと小さな音が響く。
途端にゴーレムの頭部が二つに割れた。
『……ふぅ。やっぱ核はここだったんだな』
スタンと着地するカインはゴーレムの胸の上から飛び降り、そこへマールが駆け寄る。
『さすが天才魔導士だ。俺がやりたいことをちゃんと理解してくれてる』
『カインがボクを信じてくれてるからだよ?普通あそこまで信頼して踏み込んでいかないって』
疑問を浮かべながら笑顔に移り変わるマールの表情。
『まぁマールのことを信用するなら俺の右に出るやつなんていないな』
『ははっ、なにそれ?』
顔を見合わせて笑い合い、ハイタッチした。幼い頃より何度も繰り返して来た行動。今も変わらずこうして何かを二人で成し遂げた時にしているハイタッチ。
そして二人でゴーレムを見る。
『…………どうやら、あそこに核があったようだね』
『ああ』
ゴーレムは動く気配を見せない。
『うーん。にしてもおかしいな?核を壊したらもうちょっと身体は崩壊してもいいとおもうんだけどなぁ』
『もういいじゃん、終わったんだしさ。さーて、終わった終わった。じゃあ帰るか』
カインはゴーレムの脇を抜けて、壁際に寝かせていたクロムたちのところに向かう。
『はぁ、やっぱりカインだね、ボクには』
『なんか言ったか?』
『ううん、なんでもな――――カインッ!』
カインがマールに向かって振り返り疑問符を浮かべるのだが、何事かと思う。
目の前の影に覆われ、何の影かと思い振り返ると、そこにはもうゴーレムの腕が眼前に迫っていた。
ゴーレムは倒れている状態から腕だけを動かしてカインに向かって振り下ろす。
『――ッ!』
確実に潰される。
そう思った瞬間にドンッと背中を押された。
その場から押しのけられながら背後の衝撃に向かって振り返ると、マールがいた。
『マール、お前――――』
目が合ったマールはニコリと微笑んでいたのだった。
そして、カインと入れ替わるようにその場に飛び込んだマールはゴーレムの腕をまともに喰らい、轟音をその場に響かせる。
『マール!マール!マール!おいっ!大丈夫か!?』
慌ててその場に駆け寄る。
『……カイン、ゴーレムの、指先……小さな魔石、あれを――――』
振り下ろされたゴーレムの指の先端がキラッと光った。
『――ぐっ』
カインはマールが示した場所、ゴーレムの指先を素早く剣で斬る。
指先に埋まっていた小さな魔石はパキンと割れるとゴーレムは完全に活動を停止して、一部を砂に変え始めた。
『マール!今度こそ本当に終わったぞ!』
そしてマールに向かって駆け寄る。
『…………良かった。カインは?』
『俺は大丈夫だ、それよりマー………………』
言葉にならなかった。
思わず目の前の光景に目を疑ってしまう。
――――そこにはマールの下半身がなかったのだから。




