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039 後悔

 

「どうして、そんなことになったのですか?」


 悩みながらもマリアは問い掛けた。


「…………」


 無言になるカイン。

 マリアはカインから視線を離さず、カインの言葉を待つ。


 カインは話さないのではなく、気持ちの整理をつけてから話すのだろうということはわかっていた。


 チクタクと刻む時計の音と共に、外では子供たちが遊んでいる声が無言の空間に響いてくる。

 どこか重苦しい気配を部屋の中に醸し出しながらも、それでもマリアは毅然とした態度を崩すことなく、カインが自発的に発する言葉をただただ待ち続けた。


 そして、静寂な部屋の中、息を呑む音でさえ聞こえてくる部屋の中で、小さな声にもならない声がカインの口元から聞こえてくる。


 カインは乾いた唇をゆっくりと離しながら、話し始める声は微妙に掠れていた。


「……お、俺の…………俺の不注意だ…………誰のせいでもない……俺のせいだ…………」


「……そんなことないでしょう? いくら不注意だといってもカインはそのマールさんを危険に曝すことなんてしないでしょう?」


 マリアの言葉を聞いたカインは直後、首を回して視線をマリアに向け、きつく睨みつける。


「――お前に……お前に俺の何がわかる!?ついこの間知り合ったばかりのお前に!」


 思わず声を荒げてしまった。


「わかりますよ。確かにその時のカインのことはわかりませんけど、今のカインのことならわかります。それに、その顔を見れば十分にわかりましたよ。伝わってきます」


 カインの言葉を受けたマリアは一切怯むことなくすぐに言葉を返す。

 交差した視線を逸らさずに。真っ直ぐにカインを見る。


 ――――マリアの言葉を聞いて、思わずハッとなった。


 直前に頬を流れる一筋の感覚を得たことで、マリアの言葉の意味を理解する。


 いつの間にか自分でも涙を流していることに気付かなかったのだから。


 マリアは僅かばかり上体を起こして、そっと前かがみになるとカインの顔に腕を伸ばした。

 そして、人差し指の背でカインの頬を伝う涙をそっと受け止めて拭う。


「こんなに、こんなに悲しい顔をしている人が、親友を亡くして悲しんでいる人が、カインが、後悔してないはずなんてありません。だからソロで、これまで一人で活動していたのでしょう?」


 優しく微笑んでカインの荒々しい言葉を受け止める。まるで穏やかに流れる川のように。


「(それに、カインはそこで力不足を痛感した。もっと力が欲しいと言った。それなのに、力が足りないのに、命を捨ててまでアレン君を助けることを優先しようとした)」


 マリアはどうしてもそこが無関係に思えなかった。


 そんな人が力を求めるのだ。親友を亡くしたことの詳細はまだわからないまでも、カインがここまで責任を感じるのだから、それなりに不注意はあったのかもしれない。力不足だったのも恐らく事実なのだろう。


 結果的に親友が死んでしまったのだという過去も変わらない。


 指で拭った手の平をそのままカインの頬にそっと当てる。


 再び沈黙が訪れた。静寂が再び二人を包み込む。


「…………買い被っているかもしれないが、実際そうだ。それに、俺がマールのことでどんなことを言ったって言い訳にしかならない」


「いいですよ。どんな言い訳でも良いですからしてください。聞かせて下さい。カインのことを知りたいのです」


 マリアの綺麗な顔がもう目の前にある。

 思わずジッと見つめてしまうと、ニコリと可愛らしく微笑まれた。


「……ッ」


 ――途端に照れが訪れる。


 動悸が激しくなると同時に視線を逸らせてしまい、目まぐるしく巡る感情の中ででも、どこか冷静になる自分を自覚した。

 いきなり声を荒げたにも関わらず受け止めてくれたことが恥ずかしくなる。


「(――あれっ?そういや俺、さっき……)」


 俯き思い返した。


【お前】と呼んで思わず怒鳴ってしまったにも関わらずそこに一切触れられることがなかったなと思い再びマリアの顔を見ると、マリアはどうして見られたのかわからず、小さく小首を傾げる。


 あれだけ【お前】と言われることを嫌がっていたのにどうしたのかと思うのだが、確認する気にはならなかった。


 考えなくても答えはわかっている。


「(まぁ、聞いたところでどうせ聖女ですからっていうだけだろうな)」


 いつもの言葉が飛び出すだけだろう。それはなんとなくだが断言出来た。


「(…………そっか、俺がマリアを知ったように、マリアも俺のことを知ってくれてるんだな)」


 納得した。マリアが掛けてくれる言葉に対してもようやく理解出来た。


「どうしたのですか?」


「いや、なんでもない、ありがとう。……それと、すまん。取り乱して」

「いいえ。大丈夫ですよ。問題ありません」


 そう言うとマリアは笑みを浮かべたまま前かがみの姿勢を戻して最初と同じ位置に座る。


「……じゃあ、まぁ、言い訳するぞ?」

「どうぞ」


「かなり見苦しいぞ?」

「ええ。存分に言い訳をしてください」


 屈託のない笑みを向けられる。思い出すのも嫌な筈なのにどこか気持ちが安らいだ。



 それからマリアに語った話に対して、マリアはしばらくの間、無言だった。ただひたすらにカインが紡ぐ言葉に耳を傾けているだけ。

 頷くこともなく、相槌を打つこともなく、問い掛けることもしない。


 そんな中でカインがマリアに話した過去というのは、マールと行動を別にしている時に起きた出来事のことだった。



 ――――二年前、カインが一人王都の中を歩いている時、三人の子どもの姿がないという話を聞いた。


 その子ども達はいつも王都の外で遊んでいるのだが、その日は夕方になっても姿が見えなかったのだという。


 道すがら、子どもを探す母に出会って子どもを探す様に頼まれた。

 依頼でないのにそれを迷うことなく受けたその理由も、子どもの中の一人がカインの知っている子どもだったのだというのだから。


 子ども自身とも、母ともカインは面識があった。


『じゃあお願いね、カイン』

『ああ、わかったよ。どうせちょっと離れた場所に行ってるだけだろ?モリスさんは家で飯でも作って待っていてくれ。温かいシチューを俺の分まで用意してな』


『はいはい、じゃあカインの分と合わせてマールの分も用意しとくから早くクロムを連れて帰って来ておくれよ』


『りょーかい』


 後ろ手に手を振りながらクロムを探しに行く。

 しかし、カインが王都近郊を探してもクロムたち子どもの姿は見当たらなかった。


 そこに、王都に帰還した少し年上の冒険者がいたので子ども達を見なかったか尋ねた。


『あっ、アルハイムさん』


 アルハイムという冒険者は、カインとマールの昔からの知り合いで、冒険者として高い評価を得ていた。


『おおカイン、久しぶりだな。どうした?今日は一人か?マールはどうした?』

『いや、今は俺一人で、マールはなんかまた呼び出されたみたいで』


『ん?そうか、となるとマールもいよいよ王家直属になるのかな?』

『はぁ?そんなわけないでしょう、あいつに限って。 って、今は違うんです。ちょっと子どもを探して欲しいって知り合いに頼まれたんですけど、アルハイムさん見なかったですかね?』


『子ども?』


『はい。三人組らしいのですけど、いつもはこの辺で遊んでるらしいんです……』


『……あー、もしかして、あの子達のことかな?』


 アルハイムは顎に手を当て、思案気に口を開いた。


『見たんですか!?』


『ああ、確かあっちの方、メタリアダンジョンの方角に行ったと思うが……』


『ちっ、メタリアか……。あいつ、興味本位で見に行きやがったな?ったく、やんちゃ坊主め!わかりました、ありがとうございます!』


 ――――アルハイムさんから子どもたちの目撃情報を聞いた俺はメタリアダンジョン、そのダンジョンに向かったんだ。



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