037 抱えているもの
「……その条件ってなんだ?」
確認する様にマリアに問い掛けると、マリアは提示した二つの指の内一つを折る。
「一つは、鍛え上げる期間のことです。一ヵ月間だけ猶予を持ちます。それ以上は待ちません。当然あんなに危険な魔物が近くにいるってなると街の人の安否に関わりますもの。それに、あのマンティコアの様子だと、たぶん月夜の花が咲く頃に姿を見せると思うのです。普段はどうしているのかわからないですけど、目撃証言からみると恐らく間違いないと思いますから、当てもなく無闇に探し回るより効率もいいですしね」
「そうか、それもそうだな。わかった、それで構わない」
むしろそれだけ譲歩してくれるのだからありがたい。
街の住人への被害に関してはギルドへ迷いの森の魔獣の正体を告げて街の住人やランクの低い冒険者が迷いの森へ近付かないように通達してもらえればクリアできる範囲の問題だろう。
満月は一月後なのだが、仮にそれまでの間に高ランクの冒険者がどこかで討伐してしまえばそれも仕方ないが、その心配も恐らくはない。街で見かけた冒険者を見る限り、Bランクの冒険者はいてもマンティコアを討伐できるほどの実力を持ち合わせている者は見当たらなかった。偶然Aランク以上の冒険者が街を訪れ、それでいて依頼を受けでもしない限りはその心配もないだろう。
――――となると。
「それで?もう一つの条件は?」
もう一つの条件の方が気がかりだ。他の条件を提示される理由が皆目見当もつかない。
マリアに問い掛けると、マリアは少しだけ俯いて、僅かばかり思案する。
一つ目の条件をすぐに話したのに対してどうしたのかと疑問に思うのだが、顔を上げた表情からは意を決した様子が窺えた。
「隠している事を話して下さい」
「は?」
投げ掛けられた言葉の意味が理解出来なかった。
具体的に何についてのことなのかはわからないのだが、隠している事とは一体なんのことだろうか。
「……隠している事ってなんのことだ?」
「それがわからないから隠していることって聞いたのです」
「だから、それがどういうことなのかを聞いているんだ。別に隠していることなんてないぞ」
マリアの問い掛けに覚えがない。
隠しているというよりも、言いたくないことならあるにはあるのだが――――。
「では聞き方を変えます」
何を聞かれるのかと身構え、ゴクッと息を呑みマリアが告げる言葉を待つ。
「カインはどうしてソロで冒険者をしていたのですか?」
「なっ――――」
問い掛けられた言葉に対して思わず言葉を詰まらせた。
「マンティコアを一人で倒すということですが、私にはカインがただ強くなりたいだけには思えないのです」
ジッと見定められるように見られるので視線を彷徨わせているとマリアは言葉を続ける。
「アレン君に関してもそうです。 アレン君に聞きましたよ?私達が駆け付ける前、カインは自分の身を挺してアレン君だけでも助けようとしたって。 もし自分のことが一番大事ならアレン君を見捨てて逃げることもできたでしょう?でもカインはそれをしなかった。一歩間違えればアレン君が助かったとしてもカインは死んでいたんですよ?」
「……それは、そうだが…………」
「前にも聞きましたがパーティーを組む方がそういった生存率が高まりますよね?でもカインはそれをしない。ですのでそんなカインが何をもってそういうことをしたのか、どうして強くなりたいのかを知りたいのです」
「……なんでまたそんなことを?」
その問い掛けに対して、それまで厳しい眼差しを向けていたマリアはふっと表情を緩めた。
そのまま優しい眼差しをカインに向ける。
「……そんなの、もちろん私が聖女だからですよ」
満面の笑みで返って来た言葉は何度も聞いた言葉と同じだった。
どうして聖女だということがそこに関係するのか全く理解できないが、恐らくそれ以上の理由は無いのだと理解して息を吐きながら下を向く。
「――そうか」
「それに――」
まだ何かあるのかと思い、再び顔を上げてマリアの顔を見ると、優しい眼差しは変わらずカインを見つめていた。
疑問符を浮かべながら、マリアの言葉を待つ。
「それに、これから本格的に一緒に旅をする仲間でしょ?もっとカインのことを知りたいのです。カインが抱えているものが何なのか。もしむかしのことで重荷に感じている事があるのならそれを共有して、可能なら取り除いてあげたいのです。例え取り除くことができなくても、その重荷に感じている事を少しでも一緒に負担してあげたいのです」
そう告げるマリアの顔から思わず視線を逸らせてしまった。
慈しむ様にカインを見るその顔があまりにも美しかったのだから。
「……マリアは…………」
「私が?」
「マリアは……聖女、だもんな」
「ええ、聖女ですから」
胸を張り、笑顔で答えるマリアを見て、納得する事にした。
結局それ以外に答えはない。
これ以上引き延ばしたところで話は進まないだろう。諦めて話すことにする。
盛大な溜め息を吐いた。
「――別に、大した理由はないさ。…………前に、目の前で親友が死んだだけさ」
「親友が死んだ?目の前?カインの目の前で……?」
マリアが目を丸くする中、苦虫を嚙み潰したような顔をしてカインは言葉を続けた。
「――俺の力不足、でな」
少しばかりの沈黙が二人の間を流れる。
「(あぁ、なるほど。そういうことでしたか……そういうことならカインのこれまでの言葉にも合点がいきますわね)」
そうしてマリアが思い出すのはカインのこれまでの言葉。
親しくなった者が死ぬのを見たくないと言ったことにもいくらか納得がいった。
だが、理解できないことはまだある。
「どうしてカインは力不足だったのですか?」
「それを聞くか?」
「はい。それが強くなりたい理由なのでしょう?」
「…………」
痛いところを突いてくる。正にその通りなのだから。
「少し長くなるけど、いいか?」
「はい。聞きます」
マリアは笑みを崩さずにそっとカインの言葉に耳を傾ける。
「――あのぉ?」
それまで黙って話を聞いていたフローゼは最後のパンを口にし終えていた。
二人してフローゼを見る。
「その話、長くなるようならあたしは外に行っていてもいいよね?パンもなくなちゃったし、なんか暇そうだしー」
「…………」
「…………ああ」
カインとマリア、共にフローゼだけ空気の違うことに呆気に取られた。
「んーっ、良かったぁ!じゃあマリアちゃん、あとで要点をまとめた話を聞かせてね!」
フローゼは伸びをして立ち上がる。
「え、ええ」
「パンのおかわりもらってこーよおっと!焼きたてのパンってすっごい美味しいんだよねー」
満面の笑みを浮かべながらフローゼは部屋を出て行った。
マリアは部屋を出て行くフローゼの後ろ姿を見送りながらゆっくりとカインを見る。
「ほ、ほらっ、フローゼさんも別にカインに興味がないわけじゃなくて、今言っていたでしょ!?一応まとめた話を聞くって!」
「一応、な」
別に無理に聞かせるつもりもない。聞かれたから答えるだけ。
横であわあわしてどう取り繕うかと慌てているマリアを見て思わず笑いが込み上げてくる。
「――プッ」
「えっ?」
吹き出したことを不思議そうに思われたのか、困惑した目で見られた。
「まぁ気にするなって。フローゼらしいなって思っただけだ」
「……まぁ、そう、ですね。確かにフローゼさんらしいですね」
こんな状況でも普段と変わらないフローゼはむしろありがたい。
「じゃあ、話すぞ?」
「はい」
「あれは、二年前になる――――」
そうしてカインはマリアに過去の話、二年前の話を遡って聞かせることになった。




