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036 理由

 

 目を覚ましたそのあと、マリアはしばらくの間ベッドの横に置かれていた椅子に黙って座っていた。


 今寝ているのは孤児院のベッドの上だということはマリアに確認しなくても認識出来ている。

 同時に今自分が置かれている状況について段々と把握もできていった。


 つまり、マンティコアによって半死半生の状態にまで追い込まれた挙句、森に踏み込んだ理由であり探していた人物、守るべき対象であったアレンを満足に守れないまま二人してその場に倒れたのだということを。


 そこにマリアとフローゼが駆け付けた結果、アレン共々二人して助けられたのだということを、薄れゆく意識の中で見ていたことを徐々に思い出した。


 マリアが何故なにも言わずに黙って座っているのかはわからないが、なんとなく推測できるのはこれがマリアなりの優しさなのだろうかと考える。


 そうしていくらかの考え事をしていると、そこにガチャっとドアが開かれた。


「――もぐっむぐっ、あー、これ美味しい! カーインくん?元気ぃ?ねぇねぇ、どう?マリアちゃん? って、あーっ!やーっと起きたのぉ?」


「あっ、フローゼさん」


 部屋に来たのはフローゼなのだが、覗き込む様に部屋の中を見てマリアに問い掛けたあと、ベッドの上で横になりながらも目を開けているカインを見てカインが起きたことを理解する。


 そんなフローゼは脇に網カゴを持っており、その中に入っている小さなパンに手を付けて口に運んでいた。


「いやぁ、助かって良かったねぇカインくん」


 そのままマリアの横に「よっと」小さく声を発して座るので上体だけを起こす。


「ああ、すまんな。心配かけたみたいで」


「ほんとだよ、まったくぅ。あんなにボロボロにされるなんて思ってもなかったよぉ」


「――ぐっ」


 なんとなく口にしたのだが、こいつほんとに天使かと思えるぐらい、事実ではあるのだが無遠慮なことを言って来て傷口を抉られた。


「それにぃ、せっかくあんな珍しい魔物を食べられるチャンスだったのに捕まえ損ねちゃったんだから」


「おまっ――」


 反論できることなく言葉を詰まらせていると、さらに角度を変えて追い打ちをかけて来る。

 まだ全部を確認できたわけではないが、外傷的な傷は恐らくマリアが完全に治癒しているのだが、フローゼは精神的なダメージを負わせてきた。

 それも尋常ではない傷を。


「ちょっとちょっと! フローゼさん、さすがにそれは言い過ぎですよ!」


 慌ててマリアが口を挟んでくる。

 確かにそろそろそれぐらいにしてもらわないとかなり堪える物があった。


 自分の実力が足らなかったとはいえ、完膚なきまでにやられたのだ。

 マリアとフローゼがいなければ死んでいたのは間違いない。


「あのですね、私は目に見える傷は癒せますけど精神的なものは癒せないのですから!」


「う、うん」


 まぁ精神的な傷を癒すなんて魔法は確かにないよなとマリアの言葉を聞いて考える。


「ですのでこれ以上カインを傷つけてはダメですよ?カインだって男の子としてのプライドがあるのですからあんなにボコボコにされたのをこれ以上ほじくり返して言ったらダメです!」


「…………」


「んー?マリアちゃん、それってさぁ傷口に塩を塗ってないかなぁ?」


「――――」


 助け船を出してくれたと思っていたマリアに追い打ちを掛けられた。

 目を丸くしてマリアを見るのだが、数瞬遅れてマリアも自分が今言った言葉を、何を言ったのかを脳内で反芻すると、ハッとなり、理解した様子を見せて慌てて両手で口を塞ぐ。


「アハハハハハハッ!」


 その様子を見て、「(もう遅いだろ)」と思ったのだが、フローゼはマリアを指差してケタケタと笑う。


「ご、ごめんなさい、カイン!そんなつもりじゃないのよ!?だ、だってしょうがないじゃない!いくらなんでも出来ることと出来ないことがあっても当然よね!」


「…………ああ」


「そ、それに、カインだって必死だったのですよね!あんなにボロボロになってまでもアレン君を助けようと精一杯頑張ったのですものね!」


「…………ああ」


「でも、カインも十分に頑張りましたよ!こうやってぎりぎりだけど生きて戻ったんだから、それでいいじゃないですか! ね、ねえ!?」


「…………ああ」


 慌てて訂正するマリアは矢継ぎ早にカインの行動の正当性を主張したのだが、事実を言葉にされればされるほど自分が情けなく思えてくる。

 フローゼはもう腹を抱えて笑い、床を転げまわっていた。


「そ、それにね――」

「――もうそれぐらいにしてくれ」


 段々と惨めさが増してくる。これ以上傷口に塩をめり込ませないで欲しい。

 フローゼが床に転げ回るほどに笑っている姿を見て腹立たしさも覚えるのだが、それ以上に一層に情けなさが上回る。


「……ご、ごめんなさい」


 マリアは申し訳なさから俯いてしまい、もうそれ以上何も言えないでいた。



 ――そうして少しばかりの沈黙が流れたあと、カインはふと思い出して口を開く。


「あのさ?」

「……はい?」


「……そういえばアレンはどうなんだ?」


 起きてから自分のことばかりでアレンがどうなったのかを聞いていなかった。


「あっ、えっ?アレン君?」

「ああ。あいつも相当危なかったんじゃないのか?」


 薄っすらと思い出すのはアレンが毒に侵されていた姿。


「いえ、アレン君なら心配しなくても大丈夫ですよ?思っていた以上に強い毒だったのですけど、もう起き上がれるぐらい回復しましたので」


「そうか、なら良かった」


 マリアによって笑顔で語られるアレンの状態を聞いて安堵する。


「それにあの魔獣、あのマンティコアについても安心してください」


「ん?」


 安心してとは一体どういうことなのだろうか?

 どれぐらい眠っていたのかわからないが、もしかしてもうマリアが討伐してしまったのだろうか?


 どういう意味で言われたのか理解できない。


「それはどういうことだ?まさかもう倒したのか?」


 意識を失ったあと、マリアが倒してしまったのだろうかと考える。


「えっ?ううん。違いますよ?けど魔獣の正体もわかりましたし、私が倒してきますからカインは安心して休んでくれて良いってことですよ?」


 ああ、なるほど、そういうことか。

 つまり、あのあと逃げられてまだマンティコアを倒す事まではできていないのだと。


「…………」


 そうしてカインは少しばかり考え込む。


「…………あのさ、ちょっといいか?」

「なんですか?」


 何を話されるのかと、マリアは疑問符を浮かべながらカインが続ける言葉に対して髪をかき上げながら耳を傾けた。


「あいつ、俺に倒させてくれないか?」


 マリアと目を合わせずに伝える。


「えっ!?それってどういうことですか?」


 カインの言葉を聞いてマリアは目を丸くさせた。

 顔を見ていないけど、声から受けるその様子からは言葉の意味を正確に理解できていないということは受け取れる。


「いや、ちょっと考えてたんだけど、あいつは俺が倒したいんだ……」

「で、でも……」


 ちらと横目でマリアを見ると、マリアは視線を彷徨わせていた。

 その理由はカインもなんとなく理解出来る。


「わかってる。これだけボロボロにされるぐらいに負けたんだ。今のままじゃもう一度戦ったところでまた同じようになるだけだってことも。それどころか次は死んでしまうかもしれないしな」


「な、なら――」


 私に任せてくれたらいい。

 マリアが言葉を続けようとしたのだが、カインがその言葉を遮る。


「だから、マリアに俺を鍛え上げて欲しいんだ」


「――えっ!?」


 マリアは思わず耳を疑った。


「私が? カインをですか?」


「ああ、頼めないか?」


「……まぁ…………できなくも……ないかな?」


 マリアは顎に手を当て、目玉をキョロキョロとさせ、考え込む様に答える。


「なら頼む!」


「で、でも!どうしてですか?私に任せてくれてもいいじゃないのでは?」


 マリアは疑問を払拭できない。


「確かに手っ取り早いのはマリアに倒してもらう事だと思う。情けない話だが、実際俺もあいつを見る前、どんなやつにしろ、勝てない相手だったなら最初はそのするつもりだった」


「ならどうしてですか?」


「ここまでボロボロにされたんだ。やり返したいって思うのは当然だろ? それに、今後もマリアとフローゼと旅を続けるなら俺も今以上に強くならないと、また今回みたいなことがあると色々と困るからさ」


「それはまぁ、そうかもしれないですけど……」


 今言った言葉は全て真実で、確かにその気持ちに嘘はない。

 だが、同時にそれ以上に思うところもあった。


 どうしても納得できないことが。


 マリアは尚も考え込んでいる。


「だから頼む!」


 もう一押しでマリアが納得するだろうと思い、語気を強めて頼み込んだ。


「………………わかりました。ただし、条件が二つあります」


 マリアはジッとカインを見て、指を二本立てるとそれをカインに示した。


「……条件?」

「ええ」


「(…………条件、か……)」


 僅かに考え込むのは、条件とは一体何を提示されるのだろうかということ。

 だが、条件を呑めばマリアに鍛えてもらえるというのだから、最終的にその条件を呑もうではないかという結論に至る。


 マリアの表情はずっと険しいままであり、フローゼはやり取りの内容を理解できずに疑問符を浮かべて首を傾げていた。



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