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034 微かな希望


「(――なっ、あ、あいつ、何で!?)」


どうしてここに戻って来たのかと問い掛けたいのだが、満足に口を動かせない。

必死に周囲に目を向けても他に誰の姿も見当たらなかった。


「カ、カイン!ご、ごめんよ! やっぱり俺一人で逃げることなんてできないよ!」


アレンは確かに一度その場を離れたはずなのだが、罪の意識からカインの様子を確認しようと戻って来ていた。


「(バ、バッカヤロウッ!)」


怒鳴り声を上げることができるなら今すぐにでも怒鳴りつけて逃げ出して欲しい。

喉の奥から血と胃液が込み上げてくる。


マンティコアはギロリと見ながらゆっくりと振り返り、アレンの存在を視認したところでカインも必死に身体を動かそうとした。


しかし、辛うじて反応を示すのは指先の先端のみがピクピクと動くだけ。


今ここで何かをしなければアレンは確実に死んでしまう。なんのために自分が引きつけたのか。


「く、来るなら来いっ!」


マンティコアとまともに対面したことでより恐怖感に駆られるアレンは膝を震わせながらも、それでも必死に自分を鼓舞して膝を叩く。


ダメだ――――このままではいけない。


カインは必死に指先を動かした。なんとか手の平の微かな感触を確かめる。

至るところに猛烈な痛みを覚えながらも微かな感触を頼りに必死に苦手な自身の魔力を感じ取った。


「(ファ……イア…………ボール……)」


小さな火球を手の平に生みだし、マンティコアの臀部に当てる。

ほんの少しの小さな火傷痕を付けたのだが、それで十分だった。


マンティコアは再び振り返り、カインを見る。


「――カイン?」


カインはそこでアレンと目が合った。


「(お、おいっ!やめろ!)」


マンティコアの先の人物、アレンに目配せして、この場を離れる様に伝えるが、アレンはその意思を汲み取っても尚首を左右に振る。

そして落ちていたカインの剣を拾い上げ、チャキッと構えた。


どう見ても剣をまともに握ったこともない素人の構えのアレンは恐怖心を振り払うようにマンティコアの背後から近づき、大きく振りかぶってマンティコアに向かって突き刺そうとする。



「くくくく、くらえぇっ!」



――――その瞬間。


アレンの表情が苦悶に歪んだ。

剣はマンティコアに刺さることなく、カランと音を立てて再び地面に落ちる。


一体どうしたのかと思いアレンを見ると、アレンの脇腹がマンティコアの尻尾に噛み付かれていた。

ぼやける視界を凝らして見たところ、マンティコアの尾の先がいつのまにかガパッと開いていて、さながらヘビの形をしているようだった。


それはまるで獅子の姿かたちをしているマンティコアとはまた別の生き物に見えた。


マンティコアの尾である蛇に噛まれたアレンは顔面から血の気が引き、みるみる青紫色に変わっていく。


「(な……んだ、まさか、毒か?)」


カインは薄れゆく意識の中、アレンの様子をそう判断した。

カインの推察通り、アレンはマンティコアの尾である蛇が有する毒によって侵されたのだった。


「かはっ――――」


アレンは苦痛に顔を歪めながら唾液を吐き出し、その場でバタンと前のめりになり倒れる。


「(く……くそっ! くそっ! くそおおおッ!)」


身動きできない身体に歯痒さを覚えるのはアレンを助けることができない自分の力不足から。

もう何もすることが叶わない。アレンを責めるつもりもない。もっと自分に力があればこの場を乗り切れたはずなのだが――――。



「(あ……アレは?)」


それでもまだ何か出来ることは無いかとなんとか意識を保って周囲に視線を向けると、森の奥に白く輝く光が見えた。


その光りは鋭い風切り音を立て物凄い速さで迫って来ている。


「――ガゥ?」


マンティコアは耳をピクピク、ピクリと動かして光に対して正面に顔を向け、その光りを捉えるとすぐさまカインとアレンがいるその場所から飛び退いて、大きな翼を動かして上空に飛び上がった。



「――カイン!」


そして目の前に慌てて駆け付けるのは銀髪を靡かせた美しい女性が姿を見せた。


「(マ……リア?)」


ぼやける視界の中でもその女性が誰かを見間違うはずがない。

もし今この状況を打開できる人物がいるとなれば、カインの知る限り目の前の女性しかあり得ないのだから。


「待ってて!すぐにあいつを倒すから!」


マリアは両の手の平に魔力を収束させて、白く輝く弓矢を創り上げる。

すぐさま胸の前で弓引く構えを取り、パッと右手の弦を離して上空のマンティコア目掛けてパシュッと放った。


しかし、単射ではマンティコアを捉えることができず、上空でするりと躱される。


「むっ!?……ならっ!」


パシュッ、パシュッ、パシュッと連射して何度も矢を放ち続けた。

無数の矢が上空に放たれるが、マンティコアは矢を視界に捉えるとその翼を使って綺麗に矢を躱し続ける。


「ガルゥウウウ…………――――」


マンティコアは観察するようにマリアを見下ろした。


「むぅ、中々すばしっこいわね。それなら……これでどうっ!?」


マリアは、今の数で避けられるのならばと更に魔力を練り上げ、一度に複数の矢を同時に射ろうと構えるのだが、その場に遅れて来てアレンの状態を見ていたフローゼの大きな声が耳に入って来た。


「マリアちゃんこっちに来て!早くアレンくんを!このままじゃまずいよ!」

「えっ!?」


マリアは振り返りアレンに視線を送ると同時に駆け寄り、即座にアレンの状態の確認に入る。


「ごめん、マリアちゃん!あたしの治癒魔法じゃなんにもできなかった」

「ううん、大丈夫よ。――これは毒ね。それもかなり強力な……」


マリアはアレンの状態を確認すると、すぐさま毒に侵された状態を看破した。

同時にキッときつい眼差しを上空に向けると、その先にはマンティコアが背を向けて遥か上空に飛び去っていく姿がある。


「口惜しいけど今は見逃すことにするわ。でも、これだけのことをしたことを覚えてなさい。ごめんね、アレン君。それにカインも……もうしばらく我慢しててね。すぐにそっちに行くから」


意識が朦朧とする中でもマリアが何をしようとしているのかカインも理解している。

アレンの毒の浄化をしようとしているのだということを。


「――我、神の力を行使して汝の浄化を致す者なり。我、神の御心のままに汝に祝福の光を与えん――――」


マリアの詠唱と共にアレンの身体は眩いばかりの光に包まれていく。


苦痛と苦悶に歪んでいたアレンの表情は次第に穏やかになっていき、すぅっと小さな寝息をたて始めた。

もう意識を保つのも限界に近いと感じながらも、それだけでアレンが助かったのを確信する。


それだけマリアが施す治癒魔法を何故か信頼することができた。


そうしてアレンが助かる姿を確認し、マリアが次に自分に向かって駆け寄って来る姿を見ると同時にかろうじて保ち続けていた意識をそこで手放した。



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