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029 オーク肉

 

「いーやーだ、帰らないぃ!」


 腕を引こうともぷんすか怒りながらその場に居座るフローゼを見てカインもマリアも呆れてしまう。


「おいおい、我が儘言うな。魔獣が出なければここに居たってしょうがないだろ?」

「そうですよ。ここは一度帰ってもう一度出直しましょうよ」


 どうしたものかと頭を悩ませるのだが、フローゼは頑として動こうとしなかった。

 その理由も、魔獣討伐をしなければ今回の報酬は無く、まだ貯えの無いフローゼの食事が質素なものになってしまうというのはカインに前以て説明されている。


「……はぁ、しょうがないな。わかった」


 カインは息を吐いてしゃがみ込んだ。

 マリアはカインが何を言うのかと疑問符を浮かべて小首を傾げる。


「とりあえずだ。魔獣討伐を終えるまでは俺が余裕を持った食事代をだそう。それならいいよな?」

「ほんと!?」

「ああ、男に二言は無い」

「絶対に絶対!?」

「ああ」

「嘘ついたらカインくんの前髪根こそぎ抜くからね!」

「……わ、わかった」

「やたっ!」


 フローゼは嬉々としてすぐさま立ち上がり、いそいそと帰る準備を始めるのだが思わず前髪を触ってしまう。


「あの?カインはそれでいいのですか?」

「ん?ああ、まぁほんとのところ元々最初からそのつもりだったし、孤児院に泊まらせてもらってるから今のところ宿代も浮いてるしな。それに、今回の依頼が特殊なだけで、これが片付けばすぐに報酬を得られる依頼を受ければいくらでも稼げると思うから」


 喜んでいるフローゼに視線を送りながら溜息を吐きつつ、それでもカインは優しい眼差しを向けていた。


「……冒険者って、大変な職業なのですね」

「どうしてそう思う?」

「いえ、収入が安定しているわけではないですし、実力がなければ報酬も満足に頂けないではないですか。それに、命のやり取りをしなければいけませんし、他の職業でも良いのではないのですか?」


 難しい顔をして考えるマリアを見ながらカインは思わず笑みをこぼした。


「ど、どうして笑うのですか!?」


 笑われた事に意味がわからないマリアは困惑する。


「いや…………昔、知り合いの妹にも同じようなことを言われてな」


「知り合いの妹?……ですか?」


 カインは懐かしげに遠くを見ながら回想した。


「ああ、俺達が冒険者になるって言った時にそいつの妹は猛反対したんだ。もっと安定したまともな職業、俺達に王国騎士団や魔法師団に入ればいいって。けど、俺達は冒険者になって絵本にあるような英雄譚のような冒険をしてみたいって憧れがあったんだ。だから大変だけど楽しいもんだけどな」


「俺……達?」


 カインは自分の言葉を受けて疑問を向けられるマリアの言葉を聞いてハッとする。


「い、いや、なんでもない」

「えっ?」

「なーにをのんびりしてるの!はやく帰ろうよぉ!」


 大きく手を振ってすぐさま森を出ようとしているフローゼに呼ばれた。


「ああ!すぐ行く!ほら、マリアも帰るぞ」

「……ええ」


 カインは背中に視線を感じながらもフローゼの下に歩いて行く。


「ってかフローゼ!帰り道わかるのか!?」

「だいじょぶだいじょぶ、こっちから来たでしょ?」

「なーに行ってんだ、こっちだこっち」


 どう見ても真逆の方向にフローゼは進もうとしていた。


「あっれぇ?おっかしぃなぁ、確かこっちから来たと思ったのにぃ?」

「見事に迷いの森にハマってるじゃねぇかよ!」


 フローゼに向かって歩きながら道を示すカインの背を見て、マリアは考える。


「やっぱりカインがソロの理由って、今の話に関係あるのかしら?」


 さっき一瞬だけ見せた寂しそうな顔をマリアは思い出す。


「(しまった。ちょっと強引な切り返しだったな…………)」


 内心で微かにカインは動揺してしまった。




 ――――迷いの森を出るころにはフローゼの顔はほくほくとして満足そうな笑顔を浮かべている。



「いやぁ、嬉しいなぁ、昨日のイノシシに続いて今日は豚さんが食べられるなんて」


 フローゼは満足そうに両手に肉を抱えていた。


「あのさ、そのオーク、誰が狩ったと思ってるんだ?このポンコツ天使が」

「ちょっとカイン、口が悪いわよ?」

「はいはい。けどな、フローゼの魔法が不安定過ぎるんだって」


 呆れてものもいえない。


「まぁ、それは確かに。でもカインがちゃんとサポートしてたじゃない」

「あれぐらいならな。けど、もっと高ランクの魔物相手だといい加減フォローしきれないぞ?」

「その時は私に任せて下さい。今回は出番がなかったですが、なんといっても――――」


「「聖女ですから」――だろ?」


 胸を張るマリアの言葉に重ねてカインもマリアの常套句を口にする。

 カインはどうだと言わんばかりにマリアの顔を見ると、マリアは膨れっ面になっていた。


「もうっ!真似しないでください!」

「だってもう何回も言われたセリフだからな」

「しょうがないじゃないですか、事実ですから!」

「はいはい」


 こんな話をしているのも、迷いの森を出ようとしたところでカイン達はオークの襲撃を受けて、それを撃退している。

 オークの襲撃自体はカイン単独でも全く問題はなかったのだが、手斧を持った豚の顔をした人間大の体躯のオークに対してフローゼが勇んで向かっていき、危うく致命傷を負いかねなかったのだ。


 初手に関しては問題がなかった。


 フローゼはオークの正面に立ち「覚悟してよね豚ちゃん」と魔力を練って風の刃であるウインドカッターを放った。

 初撃でオークの片腕を落としたところまでは良かったのだが、そのまま立て続けに魔法を放とうとしたところで魔力を上手く操作できなかった。


 片腕を落とされて怒り狂ったオークは眼前のフローゼに向かって持っていた斧を力一杯振るってフローゼへ直撃しようとしたところでマリアがその斧を瞬時に横から蹴り飛ばし、カインはそのオークに向かって即座に斬りかかって、持っていた剣で横薙ぎに一太刀の下で両断したのだった。


「浮かれるのもいいけど、フローゼは魔力操作を覚える必要があるな」

「えぇー!?やだよ、めんどくさそう!」

「おいおい、魔力操作を覚えるのは魔道士の基本だろうが。だいたい、それでなくてもそんなんじゃこれからこっちの気が休まらないしな。訓練しないなら今日はまだしも今後フローゼは食事抜きだからな!」


 毎回こんな調子だと思うと今後どれだけ苦労するのか。今思うとあのギルド試験の時だけでも上手くいって良かったと心底思う。


「うぅ……、わかったよぉ」

「わかれば良し」


 項垂れるフローゼに対してカインは満足そうに頷いた。


『苦労かけるのぉ』

「(っと、久しぶりだな)」

『ちょびっとだけ忙しくての。少しだけ見に来たのじゃ』

「(そうか、丁度良かった。あのさ、一つ聞きたかったんだ)」

『ふむ』

「(フローゼの魔法についてなんだが、この間は人間の身体との乖離がどうとか言っていたけど訓練すれば上達するんだよな?)」

『それはもちろんじゃ。例え天使だろうが人間と変わらず魔法の得意不得意はあるからの。訓練した分だけ上達もしよる』

「(わかった、それだけ聞ければ十分だ)」

『そうかい、まぁフローゼを頼むぞぃ。儂はすぐに戻らんと』

「(今回は本当に忙しそうだな?)」

『これでも神なのでな。ではまたの』

「(ああ)」


 そうして神の声はどこか遠くに感じる様に消えていった。

 神から返答ももらったことだし、時間を見つけてフローゼの魔法の訓練をしなければならないと考える。


「それにしても、魔物のお肉なんて食べることができたのですね?」

「まぁ全部ってわけじゃないけどな。例えば今回のオークなんかは割とその辺で食べられてるぞ?」

「……そうなのですか?」


 フローゼの持つオーク肉をジッと見つめるマリア。


「ああ、もちろんだ。オークなんかは食べられるってことが解明しているぐらい有名だけど、この間のグリフォンなんかは個体数が少なすぎて詳細が定かではないし、他の魔物では毒持ちもいるからな。 だが一部の、それこそ特に竜の肉なんてのは高級食材として出回ってるぐらい美味だという話を聞くぐらいだ。知らなかったか?」

「え、ええ。竜のお肉は聞いたことはありましたが、魔物を食用として考えた事はありませんので…………。ではフローゼさんの行動もあながち間違いではないということなのですね?」


 常に食用として考えているフローゼの貪欲なまでの姿勢にカインもマリアも感心してしまう。


「まぁ、な。けどさすがにゴブリンの肉なんてのは食べたくないだろ?」

「……想像するだけで吐気がします」


 ゴブリンを目にした時、フローゼはどういう反応をするのか興味は湧くのだが、願わくばゴブリンに遭遇する事態が起きない方が望ましいと、カインとマリアは示し合わす必要もないほどに同意していた。



 それから程なくしてケリエの街に戻り、ミリアンにオークを食用として持ち帰ったことを伝える。

 マリアとフローゼは帰り際に街の中を散歩すると言って別れていた。


 ケリエは自然との調和を取り持った美しい景観の街並みであり、その街に新鮮さを感じているらしい。


 持ち帰ったオークの肉に関してはミリアンも驚いていたのだが、それはオーク肉を惜しむ事もなく何事もないように提供してくれたことに対してである。


「ありがとうございます。オークのお肉でもここの子ども達にとってはとんでもない御馳走ですので助かります」

「だろうな、それは俺もよくわかる」

「ですが、本当に頂いてもよろしいのですか?」

「気にしないでくれ。俺達が居る間は世話になっている分の宿代程度に思ってくれたら良い。それに、調理はそっちに任せるからこっちの手間も省けるしな」


「わかりました、ありがとうございます…………ふぅ」


 ミリアンは笑顔でオークの肉を受け取り、調理に取りかかろうとしたところで表情を曇らせて額の汗を拭った。


「どうした?体調が悪そうに見えるが?」

「ええ、まぁ、少し熱っぽいみたいで。ここのところ働きづめでしたからね」

「もしなんならマリアに診てもらうか?」

「いえ、これぐらい大丈夫です。お気になさらず。シャワーでも浴びて来てください。食事の用意ができたら呼びに行きますので」

「そうか?」


 ミリアン自身が大丈夫だと言っているのでわざわざ無理を押してマリアに診てもらう必要もないかと思い、カインは台所を後にする。


 そうして孤児院のシャワーを浴びて部屋で食事の支度が出来るのをベッドに腰掛け待っていると、そこへマリアとフローゼが帰って来た。


「たぁだいまぁ。もうお腹ペコペコだよぉ」

「もう、フローゼさんさっきからそればっかり」

「だってマリアちゃんが無理やり散歩に連れていくからでしょぉ?」

「いいじゃないですか」

「ぶぅ。ねぇご飯まだぁ?」


 フローゼはお腹を擦りながら食事はまだかと待ちきれない様子を見せている。


「そうだな、もうすぐ出来るんじゃないか?」


 ミリアンにオークの肉を渡してからもう小一時間は過ぎている。

 しかしそれにしては遅いなと思いながらも、慣れないオークの肉に手こずっているのだろうなという程度に思っていた。


 そこに廊下をドタドタと走る音が聞こえて来る。


「ほらっ、食事の準備が出来たって呼びに来たんじゃないか?」

「やった!」


 ベッドから腰を上げて立ち上がり、食事に向かおうとしていると、部屋のドアが勢いよく開けられた。

 ドアに近付いていたフローゼは勢い良く開けられたドアで盛大に額を打ち付ける。


「――ったああああっ」

「だ、大丈夫ですか!?もうっ、あんまり焦ってはダメですよ」


 慌ててフローゼに駆け寄るマリアなのだが、カインの視線は慌てた様子でドアから入って来た女の子に向けられた。


「た、大変なんです!ミリアンさんが倒れたの!助けて下さい!」


「えっ!?」


 ドアから入って来たのは孤児院の女の子で、今にも泣きそうな顔をしていたのだった。



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