028 迷いの森
「それで、その月夜の花っていうのはどんなのなのぉ?」
「詳しくは知らないが効力の高い薬草を作れるって話を聞いたことがあるな」
ケリエの街を出て歩きながら迷いの森を目指そうとしたところでふとフローゼが疑問を投げかける。
「月夜の花は特定の時間帯、つまりその名の通り満月の夜に採集することで月の魔力を蓄えられることができるそうです。それを煎じることで高級な薬草になります。まぁでも私の国にはなかったので実際に目にしたことはありませんが、この辺りにはその花の群生地があるのですね」
「ローランにないのに詳しいんだな」
「聖女として色々と覚えさせられましたので。特に月夜の花のような薬草系は網羅していますね」
「ふぅん、そうか。だがまぁマリアがそれを知っていれば色々と調べる手間が省けるから助かるな…………」
それに、とカインは感心する様に横を歩くマリアの横顔を見る。
「どうかしましたか?」
「いや、それだけ高い治癒魔法と強さを持ち合わせていて頭も良ければローランではかなりモテたんじゃないのか?」
ただでさえ惹き付けるその容姿。実際目鼻立ちははっきりており、横から眺めても正面から見ても、マリアはかなりの容姿だということは誰が見ても認めるだろう。
最初に会った時のマリアの印象では、顔は良くても性格がキツイのではないかと思ったのだが、すぐにそうではないということは理解している。
「(まぁそういうところも含めて聖女だっていうのかな?)」
歩きながら進行方向を向いて考え事をしているところで再度マリアの方に顔を向けると、マリアはカインを見ていたのだがその表情はきょとんとしていた。
「ん?どうした?珍しく間抜けな顔をしているが?」
「い、いえ、まさかカインにそんなことを言われるとは思っていませんでしたので…………」
「そんなことはないぞ?まぁ認めたくないけど俺より強いやつはこれまで多く見て来たし、マリアもそんな一人だってだけだからな」
「そうですか。ですがモテるということは…………まぁ褒めては頂けますけど――――」
マリアは考え込むようにしていると、フローゼが話に入ってくる。
「ねぇねぇ、あたしはぁ?」
「フローゼはそのポンコツをまずなんとかしないとな。それからの話だ」
「えぇ!?なにそれぇ?どういうことよぉ?」
フローゼも外見的には美人で通るのは間違いない。
だが、それを上回る圧倒的な欠点があった。
「そうだな、まずはこれから探す魔獣についてどう思う?」
「うぅん?そうだねぇ、肉付きの良い魔獣ならいいなぁ」
カインに問われたことで顎に指を当てて想像力を働かせる。
「そういうところだ」
「えぇっ!?どういうこと?」
カインとフローゼは軽妙な掛け合いをしている中、マリアはふと足を止めた。
「(ローランでは私は聖女でしたからね。こうして普通に接してもらえるのもいつ以来ですかね……)」
立ち止まるマリアに気付いたカインは振り返る。
「何してんだ?早く行くぞ」
「あ……はい」
マリアは小走りになりカインの横に追い付き並ぶと歩き始め、その表情は少しばかり綻んでいた。
「――ああ、それとだな」
「はい?」
「さっきはマリアのことを強いと言ったが俺も当然負けるつもりもないからな」
カインの言葉を受けてマリアはにやっと薄く笑う。
「そうですか。ですが私は聖女ですよ?当然カインなんかには負けませんよ?」
「おっ?言ったな? しかし、相変わらずの自信だな」
「当然です」
堂々と自身に漲った笑みを浮かべた。
「(だがまぁあれだけの強さならそれもそうか)」
口では負けないとは言ったものの、実際勝てる気は全くしない。
「あのさ、近い内にマリアと手合わせしてもらってもいいか?どれくらい差があるのか確認したいしな」
「手合わせですか?まぁそれくらいなら別に構いませんよ?ではいつしますか?」
「そうだな、この件が落ち着いてからにするか」
「わかりました、いつでもお相手させて頂きますよ」
後ろ手に組みながらカインに微笑むマリア。
「(くっ、こいつこれだけ可愛いくせにあれだけ強いんだもんな。世界は広いな。なぁマール。お前が生きていたらどうだっただろうな…………)」
空を見上げて心の中で呼びかける。
――――そうして話している内、視界の奥に迷いの森が見えて来た。
仕入れた情報によると、カイン達が昨日イノシシを狩った場所とはまた違う場所に月夜の花の群生地はあるらしい。
それは、森の奥深く、陽の光を遮る森の中にあってただ一ヵ所木々が生えていない野原の場所がそうなのだという。だがその場所までは熟練の冒険者でなければ遭難を覚悟しなければならないほどの場所なのだという。
その理由については、カイン達も予め聞いていたのだが、実際に足を運んでみて理解できた。
「――なるほどな、ここから見る景色はどれも同じに見えるってわけか」
「そうですね。ですのでフローゼさん、決して離れないでくださいね」
「うん大丈夫、こうしてカインの腕をしっかりと握っているから!」
「魔物が出たらちゃんとすぐに離せよ!?でないとこんなんじゃ戦いにくいわ!」
声高に声を掛けるのだが、それ以上に気になることがある。
「(ってか、フ、フローゼの、む、胸が当たってる――)」
ぐっと押し当ててくるフローゼの胸の感触が気になって仕方がない。
「――カイン、やらしいこと考えてないでしょうね?」
「なっ!?何のことだ!?」
「まぁいいですわ。こういう状況では仕方がないですしね。ただ、もしフローゼさんに何かしようものなら――」
そう言いながらマリアの手元が白く光り輝き始める。
「だ、大丈夫だ!問題ない!だからそれしまえって!」
カインの視線の先はマリアの手元に送られており、その手には白く輝く大きなハンマーが握られていた。フローゼに対して卑猥な何かを感じ取られたら一瞬で振り下ろされるのは明白だ。
「ふふふっ、いつでも出せますから覚悟しておいてくださいね」
「(なんの覚悟だよ!)」
そう言いながらマリアは手を開いて魔力を解くとハンマーを霧散する。
「それにしても、やっぱり月夜の花は咲いていないのですね」
「そうだな、それになんの気配もしないしな」
カイン達の足元にはここに着くまで見たことのない草が生えていたのだが、真ん中にある蕾は全く開いていない状態だった。
マリアの説明によると月夜の花というのは夜に咲く花のようなので日中の今の間は咲かないのだという。
「ちっ、来たついでに花の採集もしようと思ったんだけどな。それに結局魔獣も見つからないから無駄足か」
マリアが視る限りでは周囲に魔獣の気配がないどころか月夜の花にも魔力を感じられないとのこと。
「やはり月の魔力がある時なのでしょうね」
「まぁそれはしょうがないか。あわよくばってところだったしな。とりあえずここで小休憩を取ってしばらく周囲の様子を見ることにしよう」
そうしてその場に残り、しばらく魔獣が現れないかの確認をすることにした。
――――しかし、数時間待てども依頼にあるような魔獣は現れない。
「しょうがない、今日のところは帰るか」
「えっ?帰るのですか?」
「まぁ魔獣がいつもここに現れるとも限らないしな。一度戻って追加情報がないか確認した方が効率は良い」
街に戻って他の発見情報を得られないかと考える。カインも今日は見つからなくても仕方ないとは思っていた。
「……そうですか」
「どうした?不安そうだな?」
マリアでも不安に感じることがあるのだな、と可愛いところもあるじゃないかと思っていると、マリアはフローゼに視線を送る。
「ええ。あれ、どうしますか?」
「あれって?」
あれとは何かとマリアの視線の先、フローゼを見ると、フローゼは額に手を添え遠くを見渡していた。
「おーい、魔獣さんやーい!出ておいでぇ!」
その表情は嬉々としており、早く魔獣に対面したいという願望がひしひしと感じられる。
更に、その先。魔獣が食べられるかどうか、仮に食べられなくても得た報酬で満足するだけの食事をする腹積もりなのも理解出来た。
「……なんとか丸め込んで帰るぞ」
「……そうですね」
カインとマリアはどうやってフローゼを宥めようかというところに思考を回すことになる。




