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026 ミリアンからの依頼

 

 レイモンドはカイン達と食事を共にしてすぐに「明日の準備があるから」と言い、忙しそうに孤児院を出て行っていた。



 ――翌日の早朝。


 カインは孤児院の庭で木剣を手にして剣の素振りをしている。


 ふぅ、と一息ついたところで背後に人の気配を感じ取って後ろを振り返った。


「なんだ、ミリアンさんか」


 視線の先には早朝にも関わらず、修道女服姿のミリアンがいる。


「おはようございます、お早いんですね」

「ああ、まだまだ俺は弱いからな。時間がある時は鍛錬しないとな」

「へぇ、あんなに大きなイノシシを問題なく狩れるほど強いのに、それでもですか?」


 ミリアンは首を傾げて不思議そうに問いかけてきたので、少し考え口を開いた。


「まぁ……そうだな。例えば、昨日依頼で見たんだが、イノシシがいたその迷いの森の魔獣は恐らく俺一人では倒せないかもしれない。正体もわからないみたいだし」


 そこで、昨日ギルドでの貼り紙を思い出し、例えとして話す。

 実際どんな魔獣なのかもわからないし、Bランクに指定されている魔獣なので一人では倒せない可能性もある。


「そうですか。でも、カインさんお一人ではってことは、マリアさんとフローゼさんと一緒なら大丈夫ということですよね?」


 カインの言葉を聞いたミリアンは笑顔になった。


「……まぁ、そうだな。それなら……大丈夫だと思う…………たぶん」


 たぶん、と付け加えたが確実に大丈夫だと断言出来る。

 むしろマリアの実力なら一人でやってしまいかねない。フローゼの方は魔法が安定していれば可能なのかもしれないが、魔獣の正体がわからない以上何とも言えない。


 そう考え込んでいると、ミリアンは微笑む様にカインを見ていた。


「カインさんはマリアさんとフローゼさんを信頼なさっているのですね」


「そう……見えるか?」


「はい。私が見る限りではカインさんはマリアさんとフローゼさんを信用しているように思えます。お仲間ですしね」


「(他から見ればそう見えるんだな)」


 確かに世間の冒険者パーティーもそうかもしれない。

 ただ、マリアは事実がどうであれ聖女ということらしいし、フローゼはポンコツだが天使なのだということで二人ともに特殊な事情がある。

 そういうことを鑑みれば他のパーティーとは遥かに事情は異なるのだが。



「――その、今日はどうなさるのですか?」

「ん?マリアとフローゼに確認はするが、一応路銀を稼ぐ目的でまたギルドに顔をだすつもりだったが?」


「魔獣の方は討伐なさるのですか?」

「どうしてそんなことを聞く?」


 ふとミリアンに尋ねられる。


「いえ、正体不明の魔獣が近くの森にいるだなんて少し不安に思いまして。子ども達も興味本位で森にいくかもしれませんし。特にアレンなんて最近は目を離せばいつも街の外に出て冒険者ごっこをしていますから」


「なるほどな。子ども達の安全を最優先にってことか。ミリアンさんは優しいな」

「い、いえ、ただあの子達が心配なだけですよ」


 ミリアンは少し照れる様子で視線を彷徨わせた。


「ただな――」


 カインが口を開くとミリアンは不思議そうに顔を向ける。


「危険なこととまでは言わないが、子どもの内にある程度経験しておくことは必要だと思うが?それこそ冒険者になるつもりなら尚更な。危険なことも経験して初めて身に沁みることもある。それに子どもの時は特に理想ばかり追い求めるものだからな」


「……まぁ、はい。それはわかります。ですので多少街の外に出ることは許可してあります」


 カインが口にしたことはミリアンも理解している。

 それでも心配になっているのだ。

 カインの言葉を噛みしめるミリアンは俯いて表情を落としたところでカインはボリボリと頭を掻く。


「――とりあえず今日のところは魔獣に関する情報を集めることからしてみるよ。正体が知られていないだけで、特徴ぐらいなら誰か見ているやつがいるかもしれんからな」


 カインの言葉を受けたミリアンは顔を上げ即座にカインを見た。


「ありがとうございます!」

「いや、ミリアンさんから礼を言われる必要はないよ。元々依頼が出ているし、礼を言われるなら依頼を出している人からだ。それに――」


 と言ったところでカインは口籠る。


「それに?」

「……いや、そろそろマリア達を起こして来てもらえないかな?」

「ああ、はい。わかりました」


 そう言うとミリアンは建物の中に小走りで入って行った。


「まぁ、俺一人で倒せないだろうからお礼を言われるのもなんか情けないしな」


 後ろ姿を見送りながら小さく呟く。


 口籠ったのは、恐らくマリアとフローゼの助けがなければそもそも依頼が出ていようがミリアンに話を持ちかけられようがどちらにせよ断っていた。

 思わずそう口にしようとしたところで踏みとどまる。


 こんな情けないことを言葉に出来ないでいただけだった。


「マールと一緒の時だったらどうしてたかな?…………まぁ、あいつのことだから間違いなく受けてただろうな」


 独り言を呟き、カインも建物の中に入っていく。



 そうして顔を洗い孤児院の食堂に行くとマリアとフローゼは既に食堂の中にいて、子ども達に囲まれて楽しそうにしていた。


「カイン、今日も稽古していたのですか?」

「まぁ時間があればな」


 マリアの横に座り、パンを中心とした朝食が子どもたちによって運ばれ、一緒になって食事をする。


「賑やかですね」

「そうだな。マリアは子どもとは接してこなかったのか?」

「少しだけありますよ。けどそんなに多くはないですね」


 小さく笑うマリアを横目に見て、それがどういう感情なのか理解できない。


「そうか」

「どうしてそんなことを聞くのですか?」

「ただなんとなくだ」


 本当にただなんとなく気になって問い掛けただけ。


「そうですか?」

「あのさ、それよりも、食事が終われば今日の予定を話したいんだ」


「えっ?予定ですか? はい、わかりました」


 そうして食事を終えてマリアとフローゼに魔獣討伐の依頼を受けることの話をする。

 フローゼはピンと来ていないどころか食材関係の依頼ではないとわかった途端明らかにがっかりしていたのだが、マリアは二つ返事で快諾した。


 どちらでも良かったフローゼと合わせて最終的に二人の承諾を得られたのでギルドに行き、依頼を受けようとするのだが、その道中でマリアから疑問符を浮かべながら質問をされる。


「ねぇカイン? そういえば気になったのですけど、その魔獣討伐の依頼って確かBランクですよね?私達Cランクですけど依頼を受けられるのでしょうか?」

「あー、それなら問題はない。ソロだと上のランクの依頼を受けるのは条件的に難しいが、Cランクが三人いるから問題なく受けられる。それに討伐系の依頼は不測の事態によって遭遇することもあるから仮に受けられなくても不測の事態を装えばいいしな」

「ふーん、なんだか後半はズルですよね?仕方がないというのは理解できますけど」


 依頼を受けるに当たってこういう抜け道もあるんだということを説明しながらギルドに着いて、依頼は問題なく受けられた。


 ただ、一つだけ昨日と違ったことは、昨日はカインのランクよりも低ランクの依頼だったのでカイン一人で受けられたのだが今回は格上の依頼。マリアとフローゼのギルドカードも提示する必要があり、三人共Cランクだということで怪訝そうな顔をされる。


 理由ははっきりしている。

 まだ年端もいかない三人が共にCランクだったことが怪しかったのだろう。だが多くはないがそういうパーティーも確かに存在するので必要以上に怪しまれることはない。


 それからは受付嬢に魔獣に関する情報を確認するのだが、四足の獣型ということ以外はわからずじまいだった。



 仕方ないと街の裏路地にある酒場の方に出向き、情報屋を探すことにする。



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