025 イノシシ
ケリエの街を出て、ギルドで貰った地図を見ながら北東にあるという迷いの森まで歩くこと一時間程度。
目の前にはだだっ広い鬱蒼とした森が広がっていた。
「さて、依頼の内容は一匹で十分って話だが、余分に持って帰ればその分報酬の上乗せはしてもらえるらしい」
カインの話を聞いてフローゼは早くも涎を垂らしそうになっている。
森に向かう前にケリエの街の肉屋、依頼を出していたオヤジに話を聞いてから来ていた。
その時に依頼内容を詳しく聞いている。
「イッノシシ!イッノシシ!」
ルンルンと先頭を歩くフローゼは満面の笑みになってしまっていた。
「ほんと食いもんのことばっかだな」
「えー?だってなんか人間の世界の食べ物って美味しいんだよぉ?天界って食べても食べなくてもどっちでも良かったから味とか特になかったんだよねぇ」
「そんなに違うんですか?」
「うん!ぜんっぜん違うよ!」
目をキラキラさせて熱弁するそんなフローゼを横目にカインもマリアも呆れてしまう。
そうして森の中に入ると、陽の光は背の高い木々によって遮られており、間接的に照らされている程度。
これまで人が多少出入りしているらしいある程度踏み固められた地面の上を歩き、比較的背の低い草を掻き分けるようにして進んでいく。
「これは夜になるとかなり危険だな」
カインは周囲をつぶさに観察しながらこの森が迷いの森と言われる所以を理解した。道を見失うと元居た道を探すことが相当に困難だろうと考えた。
「そうですね。周囲に魔獣の気配は今のところないですが、視界が限られるとその分危険性も高まりますからね」
「マリアはライトの魔法を使えないのか?」
「えっ?使えますよ。ほらっ」
カインの疑問を受けてマリアは魔力を練り、いとも簡単に光の玉を空中に浮遊させる。
「簡単にできるんだな」
「まぁこの程度でしたら。ダンジョン探索をする魔導士には必須の魔法ですよね?カインは洞窟などのダンジョンに入る時はどうしているのですか?」
「照明の魔道具を使っているな」
「でしたら当分は荷物を減らせますね」
笑顔でカインに答えるマリア。
少しばかり小憎らしく思うのだが、同時に思い出す。
「(マールはこれ、よく何個も出して遊んでたな)」
「あたしもできるよ、ほらっほらっ」
マリアの真似をしてフローゼも光の玉を複数浮かばせた。
「(そうそう、こんな感じで……)」
そこでカインは大きな息を吐く。
「はぁ。やっぱ魔道士がいるとその分助かるよな」
僅かに思い出した記憶を振り払い、フローゼとマリアの魔法を見て魔法のその利便性を再確認した。
「カインは魔法を使えないのでしたら魔道士の仲間を作らなかったのですか?」
「…………」
「カイン?」
問い掛けに返事がないことでマリアは小首を傾げる。
「あ、あぁ、いや、魔道士はやっぱ俺みたいなソロの冒険者よりももっとしっかりとしたパーティーで組むからな。それこそ優秀な魔導士は引っ張りだこなんだよ」
「――ふふふっ」
当たり障りない答えを返すと、マリアは目を丸くした後に優しく微笑んだ。
「なんだよ?なにが可笑しいんだ?」
「いいえ。ではカインは私達に出会えたことに感謝してもらいませんとね」
「なんでだよ?」
「だって、カインって色々と不器用そうですからね。例え私が国に戻るまでの期間限定とはいえ、魔法を使える私達とパーティーを組めるのですよ?それも聖女の私となんですからね」
微笑みからにやりと笑みを変える仕草にいくらか既視感を覚える。
「……なんで偉そうなんだよ」
「それはもちろん聖女ですからね」
腰に手を当て堂々とマリアはえへんと胸を張った。
「あたしは天使だよぉ!」
片手を上げ、ピョンピョン飛び跳ねるフローゼ。
現状ほとんど役に立っていない。
「知ってるわ!このポンコツ天使がっ!」
「ひ、ひどい、カインくん」
誰のせいでこんなことになったんだよと溜め息が出る。
確かにマリアもフローゼもカインが持っていないものを持っていることには間違いはないのだが、望んで一緒になったわけではない。
「ちょっと、カイン。そんなに怒らなくてもいいじゃなですか。そんなことだからパーティーを組めないんですよ?」
「…………そうだな」
マリアはカインが何か言い返してくるのではないのかと思ったのだが、カインはそれ以上何も言わなかったので疑問符を浮かべながらジッと見る。
「カインらしくないですね」
短い付き合いながらも、パーティーの話をするとカインは決まって黙り込むことをマリアは気になってしまった。
「ねぇ――」
「――なにか気配がするぞ!」
問い掛けようとしたところで、前方の草がガサガサと揺れ、カイン達は即座に身構える。
草が開けると同時に、次の瞬間には目の前から二メートルほどの巨体のイノシシが眼前に迫って来た。
「やった!イノシシだぁ!」
嬉々としてフローゼはイノシシの突進を歓迎する。
カインもイノシシの突進を確認するや否や剣を抜き、斬りかかろうと走り出した。
「えいっ!」
フローゼも即座に風魔法を発生させて、イノシシの体躯に向かって放つ。
「――えっ!?」
カインは背後から感じた気配に振り返り仰天した。
「――あっぶねっ!」
背後から迫ってくる風の刃を慌てて横っ飛びで回避する。
カインが躱した風の刃はそのままイノシシに向かっていき、その身体に傷を付けるとイノシシは前のめりに倒れた。
「もうっ!何してるのカインくん。急に飛び出したら危ないじゃないのぉ」
「なにが危ないだ!そっちこそなに考えてやがる!」
「だってイノシシだよ?」
「状況を見て魔法を使えってんだ!」
危うくフローゼの魔法が直撃するところだったカインはフローゼに食って掛かるのだが、フローゼはカインの言葉を聞き流して倒れたイノシシに嬉しそうに近付いている。
早く持って帰ろうと口を開きながら笑顔で話すフローゼに対して納得のいかないカイン。
その二人の様子を見てマリアは呆れながら小さく息を吐く。
「まぁ、今私達が一緒にいるみたいだからそれでいいみたいですね」
マリアから見るカインは、態度では怒ってはいてもそれでも楽しそうにしているように見えたのだから。
「さて、あともう一頭ぐらいいればいいけどな」
それから周辺を散策すると、もう一頭イノシシを見つけたので次はカインが予めフローゼに釘を刺してから一人で剣を振るって軽く倒している。
それで十分だと、帰り道に着いたところでもう一頭に襲い掛かられる。次にはマリアが即座に光る槍を生み出して一突きの下、絶命させた。
「(……すげぇな)」
その手際の良さを見てカインはマリアの実力の底の見えなさに驚嘆する。
そうして最終的に三頭のイノシシを持ち帰る事に成功した。
カインが都度血抜きをして軽くしてから持ち帰るのだが、マリアは二頭をひょいと持ち上げることにも驚く。
「結構力……あるんだな」
「えっ?まぁこれぐらいなら」
さも当然のように答えられた。
少しして森を出たところで何の気なしにフローゼが疑問を投げかける。
「あれ?そういえば、結局魔獣はでなかったねぇ」
「まぁいいんじゃないか。遭遇しないに越したことはないからな」
「食べられる魔獣なのかなぁ」
「……フローゼはそればっかりだな」
身の危険がどうのこうのということなどどうでも良かったみたいだった。
どんな魔獣かもわからないのにまず食用にできるかどうかを考えるフローゼに呆れてしまう。
黙っていれば可愛いのに、とその見た目との落差にも合わせて呆れ果てた。
「もっと奥深くにいたのですかね?」
「さぁな。夜行性で夜になったら活動しているのかもしれないしな」
「……そういえばそんな魔獣もいますね」
顎に手を当て思い当たるいくらかの魔獣を考えるマリア。
「まあこっちの依頼は終わったし関係ない話だ。必要なら依頼を受けたら良いしな」
「それもそうですね」
そうしてケリエの街に戻った。
ギルドの素材買取所でイノシシ二頭を渡し、報告書にサインをもらい受付に行く。
「はい、ご苦労様でした。確認出来ましたのでこちらが今回の報酬の銅貨二十枚になります。ご確認ください」
「ああ、確かに」
「残りのイノシシも買い取り出来ますがどうなさいますか?」
受付嬢は後ろの残るイノシシを覗き込むように問い掛けた。
「いや、これは持って帰るよ。今孤児院で世話になってて子どもらに食べさせたいからな」
「そうですか、わかりました。子ども達もきっと喜びますよ」
提案をすぐに断る。
受付嬢も孤児院のことを知っている様子で笑顔になった。
とは言うものの、内心ではフローゼが食べたがっていることの方が比重としては大きいがな、と考えるのだが口にする必要もない。
孤児院にイノシシを持ち帰るとミリアンは驚いて目を見開いており、子ども達は両手を上げ大喜びだった。
「本当にタダで頂いてよろしいのでしょうか?」
「ああ、世話になる礼としてだから気にしないでくれ。それにフローゼも食べたがってるしな」
「そうですか、ありがとうございます。わかりました、では早速準備しますね。みんな手伝ってくれる?」
「「「はーい!」」」
そうしてミリアンは数人の子ども達を連れて夕食の準備に取り掛かる。
「やっぱすげぇな冒険者って!」
「うん!僕たちもあんな風になれるかな?」
「当たり前だろ!すぐにあれぐらいできるようになるって!今だってイノシシは無理でも薬草を取りに行くぐらいなら簡単だっての!」
「そう、かなぁ?でもやっぱり僕はちょっと怖いなぁ……」
「はん。ほんとロイはビビりだな」
そんな中、アレンとロイの二人はカイン達を憧れの眼差しで見ていた。
ケリエでの初めての夕食はミリアンが作った野菜中心の食事に加えて、カイン達が捕って来たイノシシ肉の料理を加えられることになる。
食事が出来上がった頃にはレイモンドも来ており、カイン達の話を聞いて嬉しそうに笑顔になって子ども達が楽しそうにしている姿を見せているので何度もお礼を言われた。




