023 孤児院の子ども達
ケリエの街の主要部から外れる道に入り、土で舗装された道をしばらく歩いたところで大きな庭がある三階建ての戸建ての建物、レイモンドから紹介された孤児院に着く。
「あらっ?お客様かしら?こんにちは。ここに何か用かしら?」
孤児院の玄関に着いたところで庭の方から来た衣類を抱えている白と黒の修道女服の若い女性に声を掛けられた。
「あっ、突然すいません。レイモンドさんに紹介されて来たのです。私はマリア、彼はカイン、彼女はフローゼといいます」
マリアが軽く自己紹介をして修道女に一礼する。
「レイモンドさんに?」
女性は不思議そうに疑問符を浮かべた。
「はい、それでこれを預かりました」
マリアはレイモンドから預かった書簡を修道女に手渡すと、女性は書簡を開いて中を確認する。
「はぁ。またあの人は」
と溜め息を吐くのだがその表情は笑顔であった。
「その、ご迷惑でしたか?」
「あっ、あぁいえ。そういうつもりじゃないのよ。あの人はあなた達みたいな子を見ると見境なく声を掛けるからいつも来客は突然なのよね。とりあえず中に入って下さい」
女性は中に招き入れるように入って行く。
カインは女性の後ろ姿を見ながらマリアと顔を見合わせた。
「どうやら割といつもこんな感じみたいだな」
「そうみたいですね」
孤児院の中に入ると、入り口からすぐの客室に案内される。
客室にはソファーが並べられており、奥には院長が使用するらしき机が置かれていた。
「お茶を入れて来ますので少しお待ちくださいね」
「あっ、お構いなく……えっと――」
「あっ、そういえば名乗り忘れてましたね。私はここの修道女のミリアンです」
ミリアンはカイン達を案内するとすぐに部屋を出て行こうとする。
「ありがとうございまーす」
「おい、ちょっとぐらい遠慮を覚えろよ」
「えぇ?なんでぇ?」
「なんでも、だ」
「ふふっ、気にしないでください。ここにはもっと元気で生意気な子がいっぱいいますからね」
フローゼ達を見て微笑みながらミリアンは部屋を出て行った。
カインがコツンと小さくフローゼの頭を叩いた後にその手を開いて軽く頭を撫でる。
「もう少し思慮深くなってくれると今後は助かるんだが……」
「どういうことぉ?」
「あのですね、人間の世界には礼儀作法っていうものがあるのですよ」
「れいぎさほおぉ?」
人差し指を口に当て首を傾げるフローゼ。
「そもそもフローゼは俺と初めて会った時話し方が違ったよな?」
「あれは規則に沿って話していただけだよぉ?」
「簡単に言うと、あの話し方と態度の延長が礼儀作法だ」
「ふぅぅん」
わかったようなわかっていないような微妙な表情をフローゼは浮かべながら何度か頷いた。
「(こいつ絶対わかっていないだろ)」
「まぁでもそういう素直なところがフローゼさんの良いところですわね」
「マリアちゃんも可愛くて素敵だよ。ねぇカインくん」
突然話の内容が転換してカインはピクッと反応する。
「ん?あぁ、まぁ、な。顔は悪くないんじゃないか?顔だけはな」
「なんですかその言い方。それでは顔以外は悪いみたいじゃないですか」
「おっ、顔が良いのは否定しないんだな?」
「それはまぁ今まで散々言われてきましたから多少自覚はありますよ」
「なるほどね、別に奢っているわけではないみたいだな」
「どういたしまして」
微妙に空気が悪くなるのだがそれとは別に考える。
「(強さも半端じゃないがな)」
と明らかに自身を上回る戦闘力に対して一考していた。
そこに客室のドアがギィィと小さく音を鳴らす。
カイン達がドアの方向を見るがドアは完全に開ききらず、ドアの向こうから小さく言い合う声が聞こえて来た。
「ちょ、ちょっとアレンくん、やめようよぉ」
「いいから離せよロイ」
誰かが来たのかと思うのだがその声は妙に幼い。
そこでマリアが立ち上がり、ドアの隙間からすっと外を覗き込んだ。
「あらっ、小さな子達ね。ここの孤児院の子かしら?」
マリアが覗き込んだ先には赤髪の子の服を引っ張っている黒髪の眼鏡の子がいた。
黒髪眼鏡の子はマリアを見て驚き掴んでいた服を離す。
「おまっ――」
赤髪の子は勢い余って部屋のドアを両手で強く押した。
マリアは驚いてパッとその場から離れるのだが、ドアを押し開いた勢いのまま赤髪の子はビタンと床に顔を打ち付ける。
「つっううううぅ!おいロイ!急に離すなよ!」
「ご、ごめんよ、アレンくん」
床に打ち付けた体勢から鼻を押さえながら座る赤髪のアレンという少年に向かって慌てて近付く黒髪眼鏡のロイという少年。
「大丈夫?」
そっと屈みながら声を掛けるマリアをアレンはキッと睨みつけた。
「元々はお前が急にドアのところに来たからだろ!」
「(なんか生意気なガキだな。まぁ昔の俺も他人のこと言えた義理はないけどな)」
やりとりを見ている限りどこか既視感を覚えてしまう。
「そうね、ごめんなさいね」
「(さすがは聖女様。こんなことでは怒らないってか)」
「ちょ、ちょっとアレンくん。大人にそんな言い方したらダメだよぉ」
「こいつら俺達よりちょっと年上なだけだろ!俺達もすぐにこれぐらいになるからいいんだよ!」
「そうね、お姉さんたちはそんなに大人じゃないから君もあんまり気にしなくていいわよ?」
マリアは特に態度を変えることなく落ち着いて話す。
「ほらなっ!じゃあお詫びにその胸を触らせてもらおうか!?」
アレンは両手をにぎにぎとさせた。
「――おいっ」
やめとけ、と言おうとした瞬間、アレンの背後に人影が現れると同時にゴツンと鈍い音が部屋中に響き渡った。
「こらっ、バカなこと言ってるんじゃない!」
「つっううううう!何すんだよこのババア!」
「だれがババアよだれが!」
「ミ、ミリアン先生……」
アレンは頭を押さえ悪態を吐くのに対してロイは口元に両手を押さえてあわあわしだす。
「ごめんなさいね、この子達も悪気があったわけじゃないの。お客さんが冒険者だってことを話したら気になって来たみたいで」
「あっ、いえ、お気になさらず」
申し訳なさそうにするミリアンに対して意に介していない様子を見せ笑顔で応対するマリア。
――――を背後で見るカインは苦笑いをしている。
「(ウソつけ、さっき一瞬殺気を放っていたじゃねぇかよ)」
アレンがマリアの胸に手を伸ばそうとしている時に一瞬だけ拳を握りしめたのをカインは見逃していなかった。
ミリアンがアレンとロイに部屋を出るように伝えるのだが、アレンは頑として受け入れる様子を見せずにその場に居座ろうとするのをカインもマリアも同席を許可して促す。
喜ぶのはアレンだけでなくロイも同じなのでミリアンは溜め息を吐きながら最終的に許可を出した。
それからカイン達の前にはお茶が並べられて、お菓子も置かれる。
フローゼはロイを捕まえて見たことのないお菓子についてあれこれ聞いているのだが、ロイは見ず知らずの女性を相手にして恥ずかしそうにしながらもフローゼにお菓子の説明をしていた。
「申し訳ありません、バタバタとしてしまって……」
「いえ大丈夫ですよ。それで、この子達はどうして?」
冒険者と聞いてここに居座ることにこれだけのこだわりを見せるのか。
「俺達、大きくなったら冒険者になるんだ!それでいーっぱいお金を稼ぐんだ!」
ミリアンが答えるよりも早く、立ち上がり威勢たっぷりに放つアレン。
そのアレンをジッと見つめていたカインはピクッと反応する。
「そうなんです。それでマリアさん達のことを話したら来てしまったみたいで…………。もし良かったらここに居る間だけでいいですので、冒険者のことについてお話を聞かせてもらってもいいですか?」
「あぁ、それならカインが詳しいです。私とあっちのフローゼさんはまだ冒険者として活動して日が浅いので」
仕方なさそうに笑顔で話すミリアンに提案されるのだが、マリアはカインの方を見た。
話を振られたカインは表情を険しくさせる。
「……冒険者はそんなに甘い世界じゃないぞ?いつ死ぬとも限らないんだ」
「わ、わかってるよ!」
カインの鋭い眼差しと威圧を受けたことで少しばかりたじろぐアレン。
「もうっ、こんな小さい子を脅かさないの」
「いや、だが――」
「だがもなにもまだこの子達の将来は選択肢でいっぱいでしょ?いいじゃない、話を聞かせるぐらい」
「いや、それはそうだが……」
「とりあえず話してあげて、ね?」
優しく話し掛けるマリアを見てカインは小さく息を吐く。
「ちっ、わかったよ。じゃああとでな」
「やりぃ!」
「ありがとうございます」
「(まぁこの歳の子はしょうがないか。実際俺もマールも似たようなもんだったしな)」
少しばかり俯いて口元が笑うカインをマリアは横目に先程までの態度と違うことを不思議そうに見た。




