002 召喚されたのは?
突然目の前に現れた二人の女性。
厳密には自らを天使と名乗る金髪の女が先に現れて、その天使によって理由もわからない内に、何もないところから裸の銀髪の女性が姿を見せたのだった。
「おい、どういうつもりだ?そいつはどこの誰なんだ?」
「どこの誰?さぁー?それはご自身でご確認ください。もうすぐ目を覚ますはずです」
こいつは何を言っているんだ?
しかし、そうも言っていられない。目の前で宙に浮いていた女性は静かに床に下りていくと「うぅっ」と小さく呻き声をあげていた。
「――……ぅ、うぅ……こ、ここは?」
女性は頭を押さえながらゆっくりと上体だけを起こす。
「大丈夫か?(どうやら歳は俺とそれほど変わらない感じか?)」
男が立ったまま声を掛ける。
まだ距離を取っているのはこいつがどういう存在なのか判明しないためだ。
「!? あ、あなたは誰ですか!?それにここはどこですか!?」
「(この反応を見る限り……、どうやら本当に召喚されたようだな)」
驚く少女なのだが、どこを見たらいいものか。
「ふぅ、俺はカイン。流れの冒険者だ。それよりもこれを着ろ」
カインは荷物の中から薄汚れたローブを取り出し、少女に放り投げる。
「えっ?これ?」
「俺が防寒用に持っているやつだ」
「どうして――」
少女は自分の身体に視線を送ると同時に仰天した。
無造作に放り投げられたローブをガバッと抱きしめながら恥部を隠す。
「――あなたがしたのですね」
顔を俯かせながら、明らかに声音を落としている。
「いや――」
違う、と言おうとしたところで眼前に鋭い衝撃を受けた。目の前が真っ暗になる。
「――いってぇ!てめぇなにしやがるんだ!?」
いきなり後方に殴り飛ばされたのだが、少女の拳を避けることができなかった。
いくらなんでもこんな女の拳を避けられないなんて――――。
「とりあえず話を聞きたいので……今はこれぐらいで済ませることにそれだけでも感謝をして頂きたいものです」
いそいそとカインから渡されたローブに袖を通していく。
「(くっ、気の強い女だな。確かに身体つきはかなりのもので俺も思わず見惚れてしまったしな)」
起き上がり頬を擦りながら女性に向かって歩いて行く。まだ何も確認出来ていない。
「それよりも、カイン……さん、ですか?それで、あなたは私を拉致してどうするつもりですか?あんな突然……光を現わして、あれはどんな力なのですか?よく私を拉致することができましたね」
疑いの眼差しを持って言葉をかけられる。
「(なにを言ってるんだこいつは?)おい、何を勘違いしているのか知らねぇが、お前を拉致したのはそこのそいつだ」
カインは顎で女性の背後にいる金髪の天使と名乗る女性を差した。
「えっ?そいつって?」
「そいつとは心外ですね。とはいってもわたしも名乗るのを忘れていましたね。わたしはフローゼといいます」
「えっ!?この人が私を……?この方は、もしかして…………天使様ではないのでしょうか?」
「ええ、その通りです」
「(こいつを見てもそれほど驚かないんだな。それに天使とすぐに連想するなんてな。一体何者なんだ?)」
カインは目の前の銀髪の美しい女性が、フローゼと名乗った天使をすぐに受け入れたことを訝しんだ。
確かにこのフローゼの外見は神話上の天使とそれほど違わないだろうがすぐに受け入れることなどできようはずがない。
「はい、私達クリストフ教は神を崇拝致しております。そして私はそのクリストフ教で聖女の職に就かせて頂いておりますマリア・アーシェンと申します」
「そうですか、それは良き事ですマリア・アーシェン。ではカイン、あなたの願いを叶えましたのでわたしはこれで失礼します」
「お、おい!ちょっと待て!失礼するってどういうことだ!こいつはどうするんだ!?」
「それはあなたが決めてください。わたしはあくまでもあなたの願いを叶えたに過ぎませんので」
「だから違うって言ってるだろ!」
わけもわからない状況だけを残してどこにいくんだと思い、引き留めようとするが、フローゼはマリアを召喚した時と同様の光を放つ。
そして、再び光が周囲を埋め尽くした。
先程と同様に目を開けていられない。
「くそっ!なんも話さないで消えるなんてどうかしてるだろ!」
光が収まると天使の姿はないのだろうと思ったのだが――――。
「…………。おい、お前消えるんじゃなかったのか?」
「えっ?あれ?おかしいな? えぃ! やぁ! たぁ! あ、あれ? どうしてわたしは天界に帰れないのでしょうか?」
「俺に聞くなよ。お前が知らんことをどうして俺がわかる」
「それもそうですよねぇ。どうしましょう」
こいつは何を言っているのだ。
「えっと……?」
銀髪のマリアは状況を呑み込めないでいる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。えい!やぁ!あ、あれれ?」
カインも状況を呑み込めないのは同様なのだが、まだマリア以上には状況を理解していた。
このフローゼが姿を見せた当初は未知の存在に対して警戒をしていたのだが、ここまでのやりとりを見る限りこのフローゼは危険な人物…………人物と言っていいものなのか、とにかく現時点では危険はないと判断する。
「おい、お前が本当に天使かどうかわからんが、とりあえずこいつはどうするんだ?」
召喚された人物、マリア・アーシェンを指差した。
「それはあなたが決めることですよ。わたしは……天界に帰ります。――――あれれぇ?」
まったくもって溜め息しか出ない。
カインは頭を抱える。目の前には呆けているマリアとぴょんぴょんと跳ね回るフローゼしかいない。
一体この状況を誰か説明してくれないか。
百歩譲ってこいつが本物の天使だとしてだ、それはこのマリアという女を召喚したことからしても尋常じゃない力を行使したのだということはわかる。
『――――ふむ、当然の疑問じゃな。それについては儂が説明しよう』
「だ、誰だ!?」
突然声が聞こえた。
周囲を見渡してもどこにも声の主らしき姿はない。
「あっ!神様だ!か、神様!ねぇ、あたし帰れなくなっちゃいました!どうして?ねぇどうして!?」
「――!? 神……だと?」
「えっ?えっ?なに、なに!?」
マリアはカインとフローゼを交互に見る。
「お前にはこの声が聞こえないのか?」
「……お前ではありません。マリアです」
「(この状況でしょうもないことにこだわるな……)マリアには聞こえないのか?」
「ええ、あなた達には何か聞こえるのですか?」
マリアはカインとフローゼが何に反応しているのか理解出来ていなかった。この声が聞こえていないのか?これだけ大きな声なのに。
『ほっほっ、その人間には儂の声は聞こえておらんよ。儂の声が聞こえるのはそなたとフローゼのみじゃ』
「……どうやらそうらしいな。で?その神が一体なんの用だ?」
『そんなに警戒するでない。用というか、そこのフローゼの失態を説明してやるだけじゃよ』
「失態?こいつのか?」
『ほぅ、思ったよりも落ち着いておるの』
「いや、最初は驚いたさ。だが今はこの状況を整理しないと話が進まないし、危険はないと判断したからな」
『ふむ、中々に冷静で聡いようだな。では説明をしよう』
――――そうして神と名乗る声はカインにことの成り行きを説明した。
話を聞いている内に、カインはだんだんと頭が痛くなってきたのと同時に、目の前のフローゼはポリポリと頬を掻いて申し訳なさそうにしている。対して、マリアはわけもわからず首を傾げるのみだった。