019 初任務の帰路
「うぅ……うぅう…………鳥さん」
「ご、ごめんなさい。で、でもああするしかなかったのですよ」
「うぅぅ」
崖下を覗き込みながら名残惜しそうにしているフローゼの横でマリアはあわあわしている。
グリフォンを捕獲できなかったことにフローゼはショックを受けていたのだった。
バーバラはテスラとタッドともう一人の女性、ロセーヌに事態の成り行きの聞き取りをしつつ、メリエの状態の確認をしていた。
「(聖女……か)」
そんな中、カインはその場でマリアとフローゼの後ろ姿をじっと眺めている。
それというのも、先程マリアがグリフォンを光の槍で貫いた直後に小さく問い掛けた一言。
「なんだ今のは!?どうしてあんなことができる!?」
「えっ?だって聖女ですから。そういうこともできますよ」
顔の横に指を当て可愛らしくピースサインをするマリアはさも当然のように答えた。
「(――聖女って……凄いんだな)」
カインはもうそこで考えるのを放棄する。マリアが凄いというよりも、聖女は凄いと考えるようにしたのだ。どうしてかと尋ねても返って来る答えは決まって聖女ですからの一言。聖女がどういう存在なのか知らないのだからこれ以上深く考えてもしんどくなるだけ。
「――凄まじいな。メリエの方はもうかなり落ち着いている。これなら問題ないな、さて、とりあえず帰るぞ」
「えっ、あっはい」
聞き取りと現状の確認を終えたバーバラに声を掛けられ、帰路に着くはずなのだが問題が起きる。
一番大変な問題だったのはグリフォンを惜しむフローゼを納得させることだった。
最終的にバーバラが今回の謝礼も込めて食事を奢ると言ったことで目を輝かせてギュンと即座に踵を返す。
もう既に涎を垂らしそうな様子を見て呆れてしまった。
そうしてルンルンと先頭を歩くフローゼと横を歩くマリアもせっかくなので何を食べようかと考えを巡らせている。
その後ろで肩を落としながら歩くテスラにタッド達。帰ったら相当な罰を受けるということが確定的になっているのでげんなりしていた。
最後尾にカインは歩きながら考え事をする。
「(それにしても、マリアの実力が想像以上だったのは別だとして、今のフローゼはどうして魔法が上手く扱えなかったんだ?)」
試験の時を思い出すと明らかに上級魔導士並みの魔力を持ち、その扱いにも長けている片鱗を見せていたのだ。
それが二度目に使用をした時、グリフォンの動きを止めることに失敗する。
『ふむ、おそらく人間の身体と乖離しているためじゃろうな』
「(見てたのか?)」
『なんじゃ、もう驚かんのかい。つまらんのぉ』
突然の声にも少しばかり慣れてきた。
「(それよりも、見てたならわかるんじゃないのか?)」
『まぁ途中からじゃがの』
「(その乖離っていうのはどういうことだ?)」
神の言葉の中に引っ掛かりを覚える。
『うむ。人間の身体の構造に天使の魂を宿しているのだ。上手くバランスが取れておらんのだろう』
「(それはどうにかなんないのか?魔法が使えたり使えなかったりすると正直困るんだが?)」
『こればっかりはどうにもならんの。そもそもお主はフローゼを頼りにしておらんかったろ?』
「(それはまぁそうだけど)」
とは言うものの、これだけアンバランスだと余計に気を回してしまうかもしれない。
『そのうち身体に魂が馴染むじゃろ。まぁなるようになるわい』
「(適当かよ!)」
神との話に夢中になっていると、目の前で突然綺麗な顔が覗き込まれた。
「むぅー」
「ど、どうした?急に不機嫌そうな顔して」
「また神様とお話しているでしょ?」
「えっ?」
怒っているのはそれが理由だということは理解できたのだが、しかし何故わかったのかと思うと、横に居るフローゼで解決した。
「……フローゼ、お前だな?」
「ふぇ?」
フローゼは全く理解していなかった。
フローゼには会話の内容までは聞こえていないまでも、マリアにカインが今神と話をしていることを悪気なく伝えたのだとカインは察する。
「神様、見て頂けましたよね?私は最初の試練を見事にやり遂げました!」
両手を合わせて満足そうに上空を見上げるマリアを横目にカインは心の中で神に問い掛ける。
「(おい、こいつあんたに向かってなんか言ってるぞ?)」
『うーむ、中々信心深い子よのぉ。神冥利に尽きるというものじゃ』
「(なに言ってんだか)」
今回の一連の出来事も神から与えられた試練の一部だということを疑わないマリアを横目に呆れながらカルナドの街に帰って来た。
「では私はこいつらを連れて諸々の報告に行って来る。後でそっちに合流するよ。先に食べててくれ」
街に着いてすぐにバーバラと別れる。
バーバラは肩を落としているテスラ達を連れてギルドに向かった。
「ねぇカイン?」
「なんだ?」
「あのテスラっていう人達はどうなるのですか?」
疑問符を浮かべながらマリアがカインに問い掛ける。
「ああ、そうだな。恐らくだがテスラは多少の罰と叱責を受けるだろう。弟とはいえ新人冒険者を無闇に危険に晒したんだ」
これは確実に回避できないだろう。
「弟の方は今回の件を教訓にしろ程度だろうな。まぁ怖い目に遭った分が授業料というところだな」
まだ何の実績も上げていないのだから恐らくその程度だろう。
テスラ達の小さくなった背を見ながら話した。
「大変なんですね、冒険者も」
「まぁ死なないだけでもマシってものだ。それよりも報酬もあったんだ。食べに行こう」
「はい」
街に着いた時に受け取っていた報酬で食べに行く。
分配については指定依頼ということもあってそれなりに多くもらえた。昨日食べたミランダの店で再び腰を落ち着ける。
「それにしても、一人銀貨五枚ももらえるのね」
「まぁバーバラさんからの依頼だからこれだけもらえたんだ。通常の依頼ではピンキリだが、こんなに多くはないぞ?銅貨十枚とかその程度だ」
「ふぅん、そうなのですね。その日の食事代でなくなってしまいますね」
「まぁそれはいいから、ほら、マリアの取り分とフローゼの取り分」
テーブルの上にジャッと受け取っていた報酬を置いた。
「あたしの分はカインが持っていてよぉ」
「は?何言ってんだ?」
「だってあたしまだ人間の世界のことよくわからないもん」
「いや、けどさ」
「それもそうね。私の分も持っておいてください。必要な時に必要な分だけもらえればそれでいいので。それに、これで今日からの分はこれから依頼をこなしていけば事足りるのよね?」
「それは、まぁ……」
マリアとフローゼは報酬に対して特に興味のない様子を見せる。
「(まぁ揉めないだけマシか)」
それだけ信用されてしまうことに多少の危機感は持っておいた方がいいのではなどと疑問に思いながらも、金にがめついよりはと思うとよっぽどマシだった。
「わかった。ならいる時は教えてくれ」
冒険者をしていれば金にがめつい奴もいる。取り分で揉めることも少なくない。
だがこの様子を見る限りまぁマリアとフローゼならそんな心配もない。
「あっ、このスープ美味しい!」
「えっ?どれどれ!?」
「(あれ、これ体よく金庫番と荷物持ちを同時に押し付けられただけじゃね?)」
呆れながら見てしまうのだが、目の前の食事を美味しそうに満足気にしているマリアとフローゼを見ていたら気持ちが変わる。
「(まぁいいか。その辺は当面俺が面倒をみてやるか)」
机に肘を立て小さく笑った。




