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018 聖女の真髄

 

「ったく、だから言わんこっちゃない」

「う、うるさい!メリエが怪我をしなければこんなことにはなってない!」


 チラッと背後を見ると、マリアがそのメリエに手をかざしている。メリエはもう一人の女性の腕に抱かれていた。


「あのメリエがお前のところの回復役だったな」


 カインはテスラに確認するように声を掛ける。


「ああん!?そうだよ!だからここから動けなくなったんじゃねぇか!それがなんだってんだ?」

「……べつに」


 状況を見てカインも理解している。怪我人を担いで逃げられないのだということを。


「(置いては行かないんだな)」


 内心ではテスラを見直していた。


「とりあえずメリエのことはマリアに任せておいたらいいってことを言いたかっただけだ」


 一言だけ告げて前を向く。


「(ちっ、このバカは――)」


 この非常時に一体何を言っているのだとばかりにテスラが後ろを振り向くと、マリアがメリエに手をかざして詠唱をしていた。


「我、神の威光をもって汝へ癒しの施しを――――」


 マリアの手の光が一際大きく輝き、メリエを包み込む。

 血を流し苦悶の表情を浮かべているメリエの傷口が即座に塞がっていき、次第に表情を緩める。


 数秒後に穏やかな寝息を上げ始めた。


「良かった!これでメリエは助かるのよね!?」

「ええ。血を流し過ぎているのでまだ予断は許しませんがとりあえず一命は取り留めたかと」


 ホッと安堵の一息をつくのはメリエとは違うもう一人のお付きの女性。

 マリアはそのままメリエに治癒魔法を施し続ける。



「――なっ!?なんだあの力は!?あれだけの傷が一瞬で治っただと?」


「おい、無駄口を叩くのはその辺にしとけ。今はそれどころじゃないだろッ!」


 バーバラの声に反応してテスラは思わず前を向いた。

 瞬間、テスラの眼前でガキィィィンと鋭い金属音が響き渡る。


 グリフォンが大きな翼を羽ばたかせて襲い掛かったのだ。


 テスラはマリアの治癒魔法に気を取られていたのだが、眼前にバーバラが立ち塞がり、グリフォンの鋭い爪を剣で受け止める。


「――ぐっ、中々に重たいな。ッハァッ!」


 押し込められた剣を力一杯に振り払い、グリフォンとの体格差をものともせず押し返した。

 グリフォンはバサバサと翼を使い、再び空中に浮遊する。


「ちっ、引く気はないか」

「バーバラさん、どうしますか?これだけ距離を取られると剣は届きませんし、魔法もよっぽどの速さがないと避けられるかと」

「……そうだな、カインはこの状況をどう判断する?」


 グリフォンから視線を逸らさず、バーバラとカインは会話を続ける。


「そうですね、一番はここであいつを倒しきること。どっちにしろ俺達もそれが目的でしたしね。次には、倒しきらないまでも、最低でも死人を出さずにここを無事に退避することです」

「まぁ模範的な回答だな」

「違うんですか?」

「いや、それで構わない」


 バーバラはニヤッと薄ら笑いを浮かべた。

 カインは気付いていなかったが、バーバラの心情としては嬉しかったのだ。それはつまり、この状況でも冷静な判断が下せる程、カインには余裕があり、それを遂行できる自信があるということを示していることに。


「あのひよっこが大きくなったものだな」

「何か言いましたか?」

「いや、なんでもない。それよりフローゼ!」


 疑問符を浮かべるカインだが、バーバラは同時にフローゼが追い付いたのを確認する。


「――はぁ、はぁ、やっと着いたぁ。みんな速いよぉ」


 遅れて息を切らせたフローゼが到着していたところだった。


「んー?なんですかぁ?」


 フローゼは突然声を掛けられ首を傾げて返事をする。


「あいつの動きを止められるか?できれば剣が届く距離に来た時がいいのだが?」


「あいつって、あの鳥さん……鳥?…………鳥ですよね?あれ…………え?馬?」


「まぁ、鳥と言って支障はないとは思うが……」

「っていうことは食べられるんですよね!なんていったって鳥ですもんね!」


 フローゼはグリフォンを食べ物と認識して目を輝かせていた。


「「…………」」


 カインとバーバラは驚きのあまり声を発せない。


「……バーバラさん、グリフォンって食べられるんですか?」

「……さぁ、さすがに私もそれはよくわからないな。食べられないと断言はできないのでなんとも言えないが…………」


 どう返答したらいいか迷う。専門家に聞いたらわかるかもしれないが、今は答えようがない。


「と、とにかくだ、食べられるかどうかは後で調べてやるから!まずはあれの動きを止められるのかどうかが先だ!でないと食べるもなにもないだろ!」


 バーバラが声を掛けると、フローゼはポンと手を叩く。


「それもそうですよね。たぶん大丈夫と思いますけど?」

「そうか、なら頼む。方法は任せる」


 試験で見せたフローゼの魔法であれば自信があるようなら任せても良いと判断をした。


「でも失敗しても怒らないでくださいよ?まだこの身体使い慣れないんですからぁ」

「まぁ余程のミスでもなければ大丈夫だ。ん?今なんて言った?体がどうとか――」


 フローゼの言葉に引っ掛かりを覚えたバーバラは顔をフローゼに向けて再度問い掛けようとしたのだが――。


「来ます!」


 カインが全体に向けて大きく声を放つ。


「(あっぶなぁ!ナイスタイミングだグリフォン!これはフローゼにはあとで十分言い聞かせないとな。ほっとくとあいつすぐボロが出るぞ)」


 バーバラが顔を逸らせたことでグリフォンはこの機を逃さなかった。

 カイン達に向かって素早く突進してくる。


「――ウインドストーム」


 突如グリフォンの周囲に巻き起こる突風。

 即座に反応したフローゼの風魔法の小さな乱気流によってグリフォンは思うように翼を動かせなくなり、ぐらぐらと体勢を崩してその場に落ちる。


 そこへカインとバーバラが斬りかかろうとするのだが、グリフォンはその大きな口を開けてカイン達ではなく、腰を抜かして立ち上がれないでいたタッドに向かって口腔内から炎の塊を吐き出した。


「ひっ!」

「――ちっ!」


 タッドは迫り来る炎の塊に対して頭を押さえて目を閉じる。

 次の瞬間にはドゴンと爆ぜる音が響き渡った。


「…………ん?あ、あれ?」


 死んだかと思ったのだが、音の割には何も感じない。

 敢えて言うなら多少の熱を感じるのだが、それだけだ。タッドは恐る恐る目を開け、状況を見ようとすると、目の前には女性が立っている。


「おい、ボーっとするな!試験の時の威勢はどこにいったんだ?」

「バーバラ……試験官…………さん?」


 バーバラは炎に対して剣をかざして受け止めていた。


「おい、カイン!あとは任せたぞ!」

「ったく、相変わらず人使いが荒いなぁ」


 カインは炎を吐き出した直後のグリフォンに向かって剣を振るいグリフォンの首を斬り落とそうとするのだが、グリフォンは身体を捻って腹部で受け止める。


「キシェエエエエエ」


 腹部を斬られたグリフォンは声を上げた。


「――くっ、浅かったか。ならもう一発!」


 グリフォンは呻き声を上げながらもカインの剣を避けるために翼を動かす。


「おいフローゼ!」


 グリフォンの動きを再び封じるように指示を飛ばした。


「ちょ、ちょっと待って!」

「どうした!?」


「うんー?なんでかなぁ、上手く魔力を練れないの」


 フローゼに声を掛けるのだが、フローゼは両手を見ながら「んー?」と首を捻っている。

 その間にグリフォンはカインの剣が届かない距離まで飛び上がっていた。


「くそっ、逃げる気か!」


 グリフォンはキシェエエと声を上げながらカイン達をジッと見るのだが、状況が明らかに不利になったと判断して反転する。


「ちっ、トドメをさせなかったな…………」


 あとでバーバラのお叱りを受ける気がするのだが、こればかりは仕方ない。そういうこともある。


「ふぅ、まぁ仕方ないか。とりあえず最低限はやったしな」


 逃がしてしまったので叱責は受けようと飛び去って行くグリフォンを見ながら息を吐いた。


「――いいえ、まだ終わっていません」

「えっ?」


 砂音のザッという音と共に隣に立つ気配を感じ、同時に凛とした声が耳に入ってくる。


 横を振り向くと、端正な横顔に綺麗な銀髪と白いローブを靡かせて立っているマリア。


「(もう回復に専念しなくてもいいんだな)」


 と思いつつも、同時にその手に持っているものに仰天する。


 カインの視線の先、マリアの右手には白く輝く長槍があった。


「……マリア、それ――――」


 をどうするのだと聞こうとしたのだが、マリアはにこっと微笑んだところで、前を向きグリフォンをしっかりと視界に捉える。


「これですか?これはですね……――こうっ!するのですっ!」


 大きく振りかぶって大きな動作をもってグリフォンに向かって投擲した。


 ――――投げられた白く輝く長槍は、ギュウウウンと鋭い風切り音を上げながら、一直線に飛んでいく。


「キシャアアアアア」


 そしてグリフォンに見事に突きささった。


 突然の衝撃に、グリフォンは断末魔を上げながら落下していく。



「――はっ?えっ?……マ……リア…………さん?」


 カインは目の前で起きた衝撃的な出来事に口をあんぐりと開けた。

 たった今起きた出来事が信じられない。一体どれほどの距離があったのだろうか。目視できるほどの距離ではあるが、通常の魔導士の魔法では確実に届かない。


 それでもマリアには一撃で確実に落とせる自信があったのだろう。


「ね。これでおーわり!」


 後ろ手に手を組みカインに微笑みかける姿は、おそよ数秒前にグリフォンに向かって槍を投げた人物と同一人物には思えないほど綺麗な容姿をしている。


 そして、呆気に取られるのはカインだけではない。

 バーバラを始めとして、その場にいる目を見開き、口を開けていた。


 フローゼだけは、マリアの行いに「おおぉー」とパチパチと拍手をしているのだった。



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