015 ギルドランク
「――――さて、これで今回の新規登録者の試験は終了する。これから査定に入るから一時間後以降に受付でギルド証を受け取っておくように。そこで同時に初期ランクの交付もされるから確認しておけ」
マリアとタッドの対戦の結果に驚きを隠せないのだが、バーバラは規定に沿ってその場を締めた。
テスラは慌てて意識を失っているタッドの下に駆け寄って介抱して、お付きの女性がタッドに回復魔法をかけている。
「終わりましたよ」
「はぁ、長かったぁ」
「…………」
マリアとフローゼはカインのところに来るのだが、周囲から送られる視線は畏怖と好奇の視線でしかない。
「どうしました?」
「……いや…………ちょっと注目されてるから場所を変えようか」
「まぁ、そうですね」
周囲の視線に耐えられないカインはマリアとフローゼを連れてその場を後にする。
――――ギルドから少し歩いた喫茶店にて。
「おい、一つ聞かせてくれないか?」
「唐突ですね。一体何をですか?」
「お前の強さについてだ」
フローゼは出て来たパンケーキをまじまじと見つめ、パクっと食べてもぐもぐしては顔を綻ばせていた。
「……昨日も言ったかと思いますが?」
「いや、昨日は聞きそびれていたこともあるからさ」
というよりも具体的には何も聞いていないのと変わらない。
それ程に想像以上の強さを見せつけられた。
「……マリアという名前があると何度もお伝えしましたが?」
明らかに目が怒っている。
「あっ……いや、すまん、マリア。気を付けるから」
「今回だけですよ?次はないですからね」
次はないって、次に口にしてしまえば一体どうなってしまうのだろうか。
「でも聞くと言っても――」
何をと言おうとしたのだが、そこまで言ってマリアは言葉に詰まる。
どうしようかと悩んでカインの顔を見た。
「俺が聞きたいのは、明らかに常人の域を超えた身のこなしについてだ――」
「その前に、私からも聞きたいことがあります」
しかし、マリアは悩んだ末に聞くことにした。カインの言葉に被せる様に言葉を差しこむ。
「聞きたいこと?俺にか?」
「はい」
身に覚えがない。
今何か質問されることなどあるだろうか。
「……あのですね、カインはどうして一人で冒険者をしているのですか?他の人とパーティーを組んだ方が絶対に良いのでしょう?」
マリアの問いかけに対してカインは表情を厳しくさせる。
触れて欲しくなかったのか、マリアをジッと睨みつけるように見た。
「…………どうしてそんなことを聞く?」
「いえ、興味がないといえば嘘になりますが、私のことを話すのですから当然カインの話も聞いておかないと信頼関係が結べないと判断しまして。やはりお互いのことを知っていないと旅に不安も残しますからね」
「……そうか」
数秒、少しばかり無言の時間が流れる。
フローゼはどうしたのかとパンケーキを頬張りながら二人の顔を交互に見やった。
「…………単純に、親しくなった仲間が死ぬところを見たくないからだ」
カインの言葉を受けて、マリアはじっとカインの顔を見るのだが、カインは目を合わせようとしない。
「(嘘を言っているようには見えませんね)」
その仕草から嘘はないと判断する。
「そうですか。それだけですか?」
「ああ、それだけだ」
「(まぁ先程の話を照らしてもその答えで納得はしましたが)」
ここまでの話に特に矛盾は見られない。
「……では、私達と一緒に旅をするのは良かったのですか?」
だとすると、今後長旅になることはそれに反することではないのかと不思議に思った。
親しくなるのかどうかは別としてだが。
「それはまぁ普段ならそんなもん断るのだが、そもそもお前ら――」
お前と言ったところで、マリアの目がきつくなったので慌てて訂正する。
「――マリアとフローゼの事情は流石に特殊過ぎるからな。それに、今日見た限りだと二人ともその不安がないことも確認できた」
「不安がない?」
マリアはその言葉の意味は、自分達が死ぬことはないだろうということは想像できた。
「さぁ、次は俺の質問に答えろ」
これ以上話す必要はないとばかりにカインは言葉を閉じる。
「まぁいいです。わかりました。それで、確か私の強さの理由、でしたよね?私の答えも単純です。もちろん聖女ですからね。信じるかどうかはあなた次第で、根拠を証明しろと言われても証明できないのでただ単純に私は聖女でそして強いということだけ理解していただけますか?」
「…………」
「どうかしましたか?」
本気で言っているのだろうか。
カインはマリアの目をしっかりと見るのだが、その目に虚偽が混じっている気配は見えない。
「……いや、聖女だからだと言われても納得できないのだが」
「納得できない?」
それでも再度問い掛けてみる。
「ああ。どうしてそれだけの力があって聖女なんてやっているのかなって」
「そんなことカインには関係ないでしょ?」
「(確かに関係ないか……)」
答えようのない不満をぶつけられたことで会話は終わりを迎えた。
「あっ、そろそろ時間ですか?」
「ああ、そうだな。じゃあそろそろ行くか」
「えぇ!?おかわり食べたいよぉ!」
まだ食べ足りない様子を見せているフローゼなのだが、支払いは誰がするのだと呆れる。
「冒険者になって稼げばそれぐらいいくらでも食べれるって」
「本当!?」
「ああ、だからこれからしっかり働けよ」
「うんっ!」
フローゼはカインの言葉を受けて目を輝かせていた。
「(ってかよくよく考えると天使が冒険者をするなんてどんだけなんだよ。それに、マリアに試験の時の最後のアレについて聞きそびれてしまったな)」
カインは内心では考えるのだが、関係ないかとその考えを振り払う。
それからギルドの受付に行くと、既にマリアとフローゼのギルドカードの発行は終えており、二人とも受け取るのだが、結果に対して誰よりもカインが驚愕してしまっていた。
「――Cランク……だと!?」
「凄いのですか?」
「あ、ああ。通常は下位のEやFからスタートするのが通例なのだが、Dを飛び越えてCランクはさすがに異例だな」
「ふぅん、そうですか。ちなみに今のカインのランクは?」
「……C、だ」
「あっ、じゃあカインと一緒なんだねぇ!」
にまにまとしているフローゼとマリア。
「ちっ、今の内だ、そう言ってられるのも!俺はすぐにBに上がるからな!っつか、大体、お前ら旅の資金を稼げたらそれでいいからランクなんてどうでもいいだろ!?」
少しばかり悔しい思いをしてしまう。
まさか初期段階で既に肩を並べられてしまうのだから。
「それはそうですけど、やっぱり関係ないといってもランクが高いと嬉しいじゃないですか。ねぇ?」
「うん、あたしもー。なんか褒められたみたいだしぃ」
呑気に答えられることで些か歯痒いものを感じる。
「まぁいい。どうせ金が入り用だし、早速依頼を受けてみようか」
ギルドの掲示板を見に行こうとしたところでギルドのドアが開いた。
入って来たのはテスラとタッド達だった。
屈辱を感じているのか、タッドはマリアをキッと睨みつける。
だが完膚なきまでに負けたことが尾を引いているのか、それ以上に絡んで来ることなく受付の方に向かっていった。
「――――カイン、それにマリアとフローゼ」
そうして再び掲示板に目を向けようとしたところで聞き慣れた声が聞こえてくる。
「あっ、バーバラさん。これ、こいつらCランクになってますけど、何かの間違いじゃないですか!?」
「いいや、もちろんそれで問題ない。正直Bでも良いかと思ったのだが、さすがに実績がないからそれは見送った」
それだけの高評価なのか。
危うく初期で抜かれてしまうところだった。
「それで、お前たちはこれからどうするんだ?なにかやりたいことはあるのか?」
「あー、いえ、とりあえず今日はギルドカードの取得が目的だったんです。あとはマリアとフローゼに冒険者について話してから適当に依頼を受けるつもりだったんですけど?」
カインの言葉を聞いてバーバラはニヤッと笑う。
「ふむ、なら私からお前達に依頼をしたい。これから誰に依頼するか決めるつもりだったのだがお前達なら丁度良い」
「バーバラさんからの依頼……ですか?」
何を依頼されるのかと不思議に思っていると、受付の方から怒鳴り声が飛んできた。
「――――はぁ!?ふざけんじゃねぇ!どうして僕がFランクなんだよ!せめてEだろうが!訂正しろ!」
「そう言われましても、私は交付されたものをただお渡ししただけですので…………」
「なら責任者を呼べ!」
確認しなくても声と内容で誰が怒鳴っているのかわかる。
「あいつ、Fだったのか……」
「まぁ正直何もしてないからな――っと、審査内容は話してはいかんな。聞かなかったことにしてくれ」
聞いたところで実際何もしていないのは見ていた。その一言で十分片付けられ、それも理解できる。
恐らく、マリアに個人の思わくを加えて絡んでさえいなければ例え一撃で倒されたあとだとしても一応の実力を見るために他の試験を用意してもらえたはずだっただろうに、と考える。
「(それでもまぁ自分で蒔いた種だ。諦めるんだな)」
多少可哀想だとは思ったのだが、行き過ぎた行動が自分に返って来るってことを早い内に学べただろうとも思った。
「ったく、ギルドの中では騒ぐなとあれほど言っておいただろうに……。ちょっと説明しに行って来るから待っていてくれないか?」
「えっ?あっ、はい。わかりました」
バーバラはそう言い、溜め息交じりにタッドの下に歩いて行った。




