014 聖女の実力
「お前、さっきの情けない先輩の仲間だよな?あんなやつが仲間だと苦労するぞ?俺の仲間になれよ。きっと良い思いさせてやるぜ?お前の想像以上のな」
「…………」
タッドはマリアに声を掛けるのだが、マリアは目を瞑り、タッドの言葉を聞いていなかった。いや、正確には聞こえてはいるのだが、今は違うことに思考を回している。
「(――カイン、さっき少し聞こえて来た話だと、昔何かあったのよね?どうしよう、私、聞かない方が良かったのかな?)」
マリアは聞くつもりはなかったのだが、聞こえてしまっていた。
聖女という役職に就いている習慣上、つい周囲に聞き耳を立ててしまうということがあり、かつその聴力は通常の人間の数倍ある。
祖国では、普段聖女という立場を重んじるので必要以上の介入はせずにいるのだが、今は個人としてこの場に居る。今後どういう風に対応したらいいのかわからないでいた。
「――――おい!おいっ!聞いてるのか!?」
「えっ?あっ、はい、大丈夫ですよ」
「なら返事をしろ!」
「あー、いえ、特に答える必要を感じなかったので答えなかっただけなのですが?」
「な、なんだとッ!?」
タッドはカチンと額に青筋を立てる。――が、すぐさま表情を変えた。
「チッ、ならこういうのはどうだ?」
そして薄ら笑いを浮かべてマリアに提案する。
「もしお前が僕に負けたらお前は僕の付き人になれ!」
「はい?」
「意味がわからないか?」
「いえ、意味はなんとなくわかるのですが、どうして私がそのような条件を呑まなければいけないのでしょうか?」
マリアは小首を傾げた。
「そんなもの決まってるだろ!女は強い男に憧れ惚れるものだ」
「……はぁ」
「だからお前より僕の方が強ければお前は俺の女になれ!」
「(うーん、やっぱり言っている意味がわからないですね。そもそもこの人は私より強い自信があるのでしょうか?)」
マリアが考え込んでいると、タッドはマリアの身体に視線を向け、上から下まで舐め回すように見る。
「おい、試験を私物化するな」
そこへ、バーバラが言葉を差し込んで来た。
「いけないのでしょうか?」
「いけないということはないが、適切ではないな。できれば他でやれ。マリア嬢も迷惑がってるだろ?」
「ですが、冒険者は欲しいものをその腕っぷしで手に入れることもあるでしょう?」
「まぁ一理あるがそれとこれは別の話だろう」
タッドはどうにかしてバーバラを言いくるめようとする。
「しかしだな――」
バーバラは呆れながら声を掛けようとしたのだが。
「――私は構いませんよ?」
「「えっ!?」」
押し問答を繰り返しているバーバラとタッドの間に入り込むようにマリアが答えた。
「いいのか?」
「ええ、要は負けなければ結果は変わりませんよね?」
「やりぃ!ではこれで決まりですね!?」
「むっ…………まぁマリア嬢がそれでいいと言うのだからこちらとしては構わんが」
バーバラは不安気にマリアを見ると微笑まれる。
「(どんな自信があるのか知らんが、僕が負けるはずないだろ!これで俺は――っと、いかんいかん、平静を保たないと。僕はこいつを好き放題できる!早速今晩から楽しませてもらおうか)」
じゅるりと涎を垂らしそうなタッドは再びマリアを舌なめずりしながら見た。
「どんな目で見られようと構いませんが、流石に不快感までは拭えませんよ?」
「(ふふん、なんとでも言うがいい。どうせその身体は僕のものになるのだ)」
タッドは姿勢を正し、背筋を伸ばす。
「いや、すまないね。じゃあすぐに始めようか。試験官さん、お願いします」
逸る気持ちを抑えきれない。急かすようにバーバラに声を掛ける。
「……むぅ、両者の合意があるのなら仕方ないか。これ以上の介入は私にはできんな。では得物の準備はいいか?…………いくぞ」
バーバラももう諦め、開始の合図を送るために数歩下がった。
タッドとマリアは共に木剣を手にして正面に対峙する。
「(こいつの見た目、例え剣術を扱えたとしても見た目のローブ姿からすると、本来は魔法主体だろ?それがどうして武術も可にしてんだ?)」
タッドは少しばかり懐疑的になった。
白いローブに木剣をだらりと下げて持っているのだ。およそ似つかわしくないその立ち姿に違和感を覚えるのはタッドに限らず、その場にいる誰もが大なり小なり同じような感覚を抱いていた。
「(さて、実際どれほどなのか)」
カインだけは他の者よりも落ち着いて見ている。
そして、バーバラが片手を上げた。
「始め!」
合図と共に素早く腕を真下に振り下ろす。
タッドは勢いよく地面を踏み抜いてマリアに斬りかかろうとしたのだが――――。
カランカランと音を立てて木剣を落とす。
「――かはっ!」
そして、一瞬遅れて声を発するとその場に崩れ落ちた。
タッドの背後にはマリアが立っており、丁度振り返ったところ。
それを見ていた誰もが驚愕に口をあんぐりと開ける。開いた口が塞がらないでいた。
「――なっ!?」
あまりにも一瞬の出来事、バーバラも驚きを隠せない。
「(なんだ今の動きは?私でもぎりぎり目で追えるかどうかの速さだったぞ?この場であれを見えたのが何人いるか…………)」
周囲の様子をつぶさに確認する。
「(……ほぅ。カインは見えていたか、相変わらず目は良いな)」
あまりの速さに誰もが驚愕する中、バーバラだけはその動きの分析と周囲を観察した。
「(おい、なんだあいつ!?昨日見せた動きはまだ半分の力も出していなかったのか……。ちっ、ローランの聖女って、一体どういう存在なんだ!?)」
カインはマリアの後ろ姿を見て、その力の底の見えなさに驚きを隠せないでいる。
タッドが倒れたことを確認する様にゆっくりと歩み寄るマリア。
そして――――。
「えっ?あいつ何をするつもりだ?」
受験者の一人が声を放つ。
そこには、倒れているタッドの首筋にそっと剣を押し当てた後に、ゆっくりとそれでいて大きく振りかぶった。
「あいつ何をする気だ!?」
カインはそれを見て走り出そうとする。
何をするのかはわからないのだが、止めなければいけない気がした。
「マリアちゃん!」
誰もがマリアの行いをじっと見つめていたところに、突如フローゼの甲高い声が響き渡る。
そこでマリアはピタッと動きを止めて、フローゼの顔をジッと見た。
フローゼはフルフルと小さく首を振り、マリアは持っていた木剣をそっと下ろす。
「……私の勝ちですよね?」
マリアは呆気に取られているバーバラに声を掛けた。
「…………」
「すいません、聞いていますか?」
「えっ?あっ、あぁ。問題ない。マリア嬢の勝ちだ。文句のない程にな」
「やった」
ぐっと脇を締めて握り拳で喜ぶ姿は年相応の可愛さを見せているのだが、誰もその可愛さを素直に受け取れないでいる。
ただただ理解の及ばないその実力を見せつけられたのだから。
そしてマリアはカインと目が合って指を二本立てるピースサインを送った。




