013 垣間見える過去
実際に見せると言ってもどういうことなのか理解できずに戸惑う試験会場の受験者達。
「そうだなぁ、まずは実演でもしてみようか…………おい、カイン!」
バーバラは大きな声でカインを呼んだ。
「嫌です」
有無を言わさず開口一番拒否する。
「連れないことを言うなよ。私とお前の仲じゃないか」
「(おい、なんで俺が巻き込まれるんだ?)」
絶対に碌なことにならない。
「早くこい」
「だから嫌ですってば」
「昔はよく汗をかき合った仲じゃないか?」
バーバラの発言を受けて、会場中の視線はカインに集まる。
「その言い方誤解されるからやめてくれませんか!?」
「ならブツブツ言っていないでこっち来い!」
「(はぁ、これきっと絶対に行くまで呼ばれ続けるだろうな)」
カインは諦め、溜め息を吐きながらバーバラの方に向かって歩いて行った。
バーバラの下へ向かう際、テスラから「なんだ?八百長の打ち合わせか?」と小言を言われる始末。
「(んなこと言うならお前が行けよ)」
と内心では願う。
どうせ碌なことが起きない予感しかしないのだ。
カインがバーバラの下に着くと、受験者の視線はカインとバーバラに集まる。
マリアとフローゼを見ると、マリアは笑いを我慢できない様子を見せていて、フローゼはカインに向かって爽やかに手を振っていた。
「さて、こいつのことだが、見ての通りお前たちの先輩だな。そして、縁あって私と少しばかり既知の仲だ」
バーバラがカインを簡単に紹介する。
「で、俺は何をすればいいんですか?」
「そんなもの決まってるだろ。私と数合撃ち合えばいい」
そう言うと、バーバラは小さく「懐かしいな」と呟いた。
カインには声が聞こえていないので小首を傾げるのだが、バーバラはすぐに「いくぞ!」と言い、走り出す。
「――ちょっ!」
あまりにも突然の攻撃に対して驚くのだが、カインは即座に木剣を手にして目の前に構えた。
上段に振り下ろされた木剣を防ぐとガンと鈍い音を立てる。
「(相変わらず重いな……)」
この細腕のどこにこれだけの力を込めることができるのか疑問に思うのだが、そこでバーバラは不敵に笑った。
「ほぅ、少しは腕を上げたか?」
「いつまでも昔のまんまじゃないんで、ねっ!」
カインは防いだ木剣を斜めにずらして角度を付けるとバーバラの木剣は地面に向けて滑り落ちる。
同時に横薙ぎにバーバラの腹部に目掛けて木剣を切り払うとバーバラは半歩身体を動かした。
カインの剣が空を切る。
そこへ再びバーバラの剣が突き上げるように下から振り上げられた。カインは上半身を反らして寸でのところで躱して後ろに飛び退く。
「(ちっ、やっぱり一筋縄じゃいかないか)」
そして次はカインが地面を踏み抜いてバーバラに向かった。剣を縦横斜めに素早く振るっていくのだがバーバラは紙一重で躱していく。
「ほらほら、どうした?こんなものか?」
バーバラはカインの剣を躱しながら余裕で話していた。
「(くっ、まだこれだけの差があるのか……。なら、これならどうだ!)」
カインは袈裟斬りをしたところでバーバラが同じように半身になり躱そうとしたところで剣の柄を押さえて振り切る勢いを殺す。そのまま瞬時に剣を水平に倒して横薙ぎに切り替えたところでタイミングをずらすことに成功してバーバラの側面を確実に捉えたと確信した。
そう考えるのだが――――。
「――遅い」
「しまっ――」
バーバラは既に半歩カインに向かって踏み込んで目の前にいた。
見えてはいたのだが、身体の動きが追い付いていない。躱そうにも間に合わない。目の前で力一杯振るわれた拳はカインの腹部を見事に捉えた。
「――がはっ!」
呻き声を上げて、カインはその場に倒れ込む。
「とまぁ、こんな感じだ。お前達にもこんな感じで撃ち合ってもらおうか。危険と判断すれば私が止めに入る」
受験者からは驚嘆の声が漏れたが、一部では笑い声も聞こえた。笑っているのは受験者のタッドと兄のテスラにお付きの女性二人。
「はははっ、なんだあいつ。みっともねぇ。あれが先輩だってか?だいたいあいつ何ランクなんだよ?」
「タッド・ウェスター。何かおかしかったか?」
マリアがその様子を見ながら不快な感情を表しているところに、バーバラが声を掛ける。
「いえ、その先輩冒険者の人の姿があまりにも情けないと思ったので」
「ほぅ、ということはお前には私の動きが見えていたということでいいのか?」
「はい、さすがに勝てはしないと思いますが、そこの倒れている先輩には負けないと思いますが?」
タッドはカインを指差し嘲笑した。
「(カインにも見えてはいただろうがな。それに最後のは思っていたより危なかった。思わず本気で踏み込んだぞ)」
バーバラは地面に寝転がるカインを見て、タッドとは違う印象を抱いたのだが、口にしかけた言葉をグッと飲み込む。
「……タッド。貴様は大した自信があるようだな。まぁ自信があるのは良いことだが、過剰な自信は命取りになるぞ?」
「僕は大丈夫ですよ」
「…………そうか、その辺の危機管理についてはまた後で話すつもりだから今は置いておく。とにかくだ、今から呼ばれた者から模擬戦を行っていく!」
少しばかりその場に緊張が走るのを誰もが感じ取った。
タッドの言葉に対してバーバラもまた不快感を出して殺気を放ったのをその場にいる全員が感じ取ったのだから。
「――っつぅ……バーバラさん、しょうがないですよ。完全に俺の実力不足です」
カインは腹を擦りながら起き上がりバーバラに声を掛ける。
「いや、そんなことないぞ?あの頃に比べたらお前は格段に強くなっている」
「まだまだ全然足りないですけどね」
「まぁそう自分を卑下するな。試験が終わったら一緒に飯でも食おうじゃないか」
「どうせ断っても無駄なんでしょう?」
「よくわかってるじゃないか」
「じゃあ俺は戻りますね」
「ああ、すまなかったな」
「いえ」
そうしてカインは最初の場所に戻ろうとするのだが、そこにはにやにやと笑っているテスラがいた。
「おいおい、なんだ?恥をかきにいっただけか?」
「ほっとけ」
「そんなことだから仲間を失うんだよ」
「――ぐっ」
テスラに掛けられる言葉に対して、カインは何も返せず歯噛みするのみだった。
「テスラ様?どういうことですか?」
「んー?まぁ聞いた話だが、こいつは昔仲間を失ったショックで誰とも組まずにソロの冒険者をしているんだとよ。それでまぁこの街に来た当時、死にかけていたのを俺が助けてやったんだ」
「やぁ、テスラ様優しい!」
「だろ?だからこいつは俺に頭が上がらないんだ」
テスラがお付きの女に話すのを無言で聞いている。そこに嘘はないのでカインも言葉を返せずにいる。
「あっ、始まりますよ」
「おお、こんなやつの話をするより、タッドの活躍を見守ろうじゃないか」
「(くそっ、忘れるつもりはないが、嫌なことを思い出したな)」
テスラの話を聞いてカインの脳裏に浮かんだのは、かつての仲間の顔。まだおぼこさが残る子の顔が脳裏を駆け巡った。
「(いや、嫌なことでもないか。あいつの分まで強くならないとな…………マール――)」
カインが少しばかり思い出を振り返っている間、模擬戦が繰り広げられていき、剣を主体としている者が多数で中には槍や無手の者も二名いる。
「(それにしても、マールのやつが今の俺を見たらどう思うかな?聖女と天使と旅をすることになるなんて言ったらきっと笑うだろうな…………)」
そうして心の中で考えていると、目の前には最後の組み合わせ、マリアとタッドの二人が向かい合っていた。
「(しかし、あのタッドとかいうやつ、本当にバーバラさんの動きが見えていたとしたらかなりの実力者だっていうことになるな)」
チラッとテスラの方を見ると、テスラと目が合い、テスラはフフンと鼻を鳴らしていた。