012 フローゼの魔法
「それでは次の試験、魔法の実戦だが、目の前のアレを見れば何をするのかはわかるな?」
バーバラは八人に問い掛ける。
少し離れたところに立て掛けられている四つの案山子。見覚えのない者は疑問符を浮かべているのでバーバラは溜め息を吐いた。
「今は知らなくとも問題はないが、今後は魔道具だけに留まらず知識量を増やしておくんだぞ?知識と情報は多い方が良い。だが情報は多ければ真偽を見極める判断力も必要になるのだが……っとこれは横道を逸れるな。それはまた別の機会にしようか。で、だ。あの案山子だが、あれは特製の魔力が練り込まれて頑丈に作られている。あれに向かって攻撃魔法を放ってくれ」
「――あの?」
バーバラの説明を受けて、受験者の男の一人が恐る恐る手を挙げる。
「なんだ?」
「もし、仮にですが、あの案山子が破壊されるようなことがあればどうなるのですか?」
「ふむ、そうだな。その心配はないのだが、そうするつもりで構わない。まぁ実演してもらう方が早いか。…………そうだな、お前はさっき112の魔力値を出していたな?ちょっと前に出ろ」
「えっ?……はい」
「お前の得意な属性で構わないから思いっきりアレに魔法を放ってみろ」
男に向かって指示を出すバーバラに対して、本当に大丈夫なのかと男は懐疑的になる。だがこの状況で断れるはずもないし、どちらにしろこれから実践することには変わりはないのだと判断して、案山子に向かって手をかざす。
男の手の平に魔力が集束して、目の前の中空に二十センチほどの火の玉が浮かび上がると同時に案山子に向かって放たれた。
火の玉はドゴンと音を立てて案山子に直撃して煙が立ち込める。
「これでいいんですよね?」
「ああ、見てみろ」
壊してしまったのではないかという疑問符を浮かべながらバーバラに問い掛ける受験者の男に対して、バーバラは煙が晴れる案山子を顎で差した。
すると、案山子は原型を保っていないどころか、先程と何も変わらない様子を見せている。
その様子に他の受験者も驚愕していた。
「傷一つない……だと?」
「ん?そんなことないぞ?よく見てみろ」
男の言葉を受けて、バーバラは意外そうな顔をしながらツカツカと案山子に向かって歩いて行き、正面を指差す。
「ほら、ここに少しだけ焦げ跡があるだろ?これは今ので付いた傷だ。新規登録者にしては申し分ない威力だな」
堂々と言い放つバーバラなのだが、受験者のほとんどは肩を落とす。
それは、たった今実戦した男は数値が高い方だったのだ。つまり、あれ以上の傷を付けることはほぼほぼ現実的ではないということになる。
「まぁこれでわかったな。そういうわけで遠慮なく取り組んでくれ」
その様子を見たバーバラは納得を得られたことで満足そうに声を掛けた。
その言葉通り、それからの実戦は同じように行われ、誰も案山子に最初の男以上の傷を付けられないでいた。
そんな中、フローゼの名前が呼ばれると、周囲はひそひそと話し出す。
「おい、次の奴」
「ああ、さっき387叩き出した子だな」
カインだけに留まらず、明らかに先程よりも圧倒的に関心が高まっていた。
「妙に注目を浴びてるよねぇ」
「それもそうでしょう。さっきのを見る限りではフローゼさんは魔導士としてかなり上位のようでしたしね。ローランの国家魔導士でも300を超えるとなると数は限られますし」
「ふぅん、そうなんだ。まぁいっかぁ」
そうして前に立つ。
「ねぇ、あれを壊せばいいんですよねぇ?」
「ん?ああ、手っ取り早いのはそうだな」
フローゼの言葉に対してバーバラは呆れてしまった。
「(この子は話を聞いていなかったのか?それとも余程の自信があるのか?だが、いくら自信があるとはいっても387ではアレを壊すなど到底出来ないがな)」
所詮無知な新人だといった程度にフローゼのことを見積もる。
「よぉし、じゃあちょっと試してみようかなぁ」
「(試すだと?何をだ?)」
バーバラは不思議に思いながらも口出しすることなくフローゼがすることを黙って見届けた。
フローゼは他の受験者と同じように手の平を案山子に向けて魔力を練り、少しばかりの時間を要して無数の風の刃の魔法を放つ。
「ん?言っていた割には大したことないように見えるが――――」
その様子を見ていたバーバラの見解では、放たれた風の刃の数が少し多い程度で、魔法の威力自体は他の受験者と変わらないように見えた。
むしろ、魔法を放つまでに要した時間は他の受験者よりも長い。
そうして、バーバラは風の刃が案山子に着弾したのを確認してフローゼを見た。
他の受験者と違って案山子の表面に穴を穿っていたのはさすがの魔力値だなと感心はしたが、壊すことには程遠い。
この結果で一体なにを試そうとしていたのかと問いかけようかと思った次の瞬間――――。
案山子が凄まじい音を立てて爆散したのだった。
「――なっ!?」
バーバラを始めとして、その場にいた誰もが驚愕する。
穴を穿つどころか案山子は原型を留めていないのだ。バラバラと音を立てて床に落ちていく。
「良かったぁ、上手くいったみたいね」
「お、おい!一体何をしたんだ?」
驚愕の表情を浮かべたままバーバラが問い掛けた。
「えっ?なにって、頑丈だって言うから、風の魔法を案山子の内部で爆発させたんですよ?動かないし、タイミングを計るの難しかったんですけどねぇ」
「風の刃を案山子の中で衝突させたというのか!?――ちっ、簡単に言ってくれるが……」
それをできるのが、どれだけ上級レベルに達しているのかということを理解しているのかと問い掛けたかったのだが、目の前のフローゼの様子を見る限りは確実に理解していないことは断言できる。
「(なるほどな、カインがパーティーを組もうと考えるだけはあるか。これだけの実力がある仲間ならもうあんな思いをしなくて済むかもしれんしな)」
そう思いながらカインを横目に見るのだが、カインはカインでフローゼの行いに驚愕していた。
「(あいつ、なんだあれ!?あんなめちゃくちゃなことできるのか?)」
「ふ、ふん、どうやら少しはやるようだな。それとも、あれも仕込みか?だとすればやり過ぎではないか?」
「(こいつは……あれを見てまだ強がるのか。頑固なやつだな)」
相手をするのも疲れるが、カインも説明のしようがない。想定以上の結果に自分の理解を大きく越えているのだから。
「――と、とにかく!想定外のことはあったが、これで魔法関連の試験を終了する。初期ランクに関しては甘く付けることはないどころか、むしろ厳しめに付けるからある程度は覚悟しておいてくれ」
そうしてバーバラは魔法試験に対する締めの言葉を掛ける。
「(あれぇ?なんか身体の中がもやっとするなぁ……)」
フローゼはマリアの下に歩いて戻りながら身体の中に得も言われぬ違和感を覚えていた。
魔法試験を受けた八人がそれぞれ戻ったところでバーバラが全体を見渡し声を掛ける。
「それで、次の武術に関しての試験だが、魔導士と違って戦士はその肉体の強さと純粋な戦闘能力を見せてくれればいい」
とは言うものの、具体的に何をすればいいのかは説明されていない。
これから試験を受ける受験者達の何人かは不安気な表情を見せた。
その中でタッドは自信満々な表情を浮かべてほくそ笑んでおり、マリアはバーバラをジッと眺めている。
それからバーバラは壁に立てかけていた木剣を取りに歩いて行き、木剣を手にすると感触を確かめるようにブンっと素早くサッと数回振るって、振り返り受験者の方を見る。
「そうだな、実際に見せた方が話は早いな」
威圧感たっぷりに受験者に対して木剣をかざした。