011 試験開始
「――お前の弟は魔法も得意なのか?」
「ん?ああ、俺と同じで剣も魔法も扱えるさ。お前みたいに剣だけじゃない」
「そうか」
それだけ聞ければ十分だった。
実際、剣と魔法を高水準で身に付けている者がいることは知っている。横にいるテスラに関してもいけ好かないが、剣と魔法をそれなりに得意としている。
だが、本当の意味で超一流での魔法と武術を極めるなどということは現実的には英雄クラスになる。中途半端に両方が扱えるのというのは、実際は器用貧乏になるので、それならばどちらかを特化させる方が実戦では実用性が高い。
とはいうものの、そんな状況に追い込まれるような環境に身を置く事自体が少数派なので、両方扱えるのならそれなりの使い道は十分にある。
そんなことを考えていると、バーバラは該当する魔道士達に指示を出していた。
用意されている物を見る限り、どうやら魔法力を測定するつもりらしい。
魔法主体らしきフローゼも含めた八人は二つに分けられる。
その目の前には机に置かれた両の手の平でも収まりきらない大きさの水晶が置かれていた。
「さて、当然知っている者もいると思うが、これは魔力を測定するための魔道具だな。これに魔力を流すと、水晶の中に数値が浮かび上がってくる。その数値を今回の基準の一つとする。だが魔力値が高いからといって必ずとも優秀とは限らないのでもう一つ、このあと一番得意な魔法の実演をしてもらう」
それを聞いてそれぞれ複雑な表情をする者もいればホッと息を吐く者もいる。
「では最初の二名、カッツォとメイシアから。それからは順次指示に従って取り掛かってくれ」
バーバラがそう指示すると、二人の男女が水晶の前に立った。
二人とも迷うことなく取り組み始め、やり方を当然のように知っているのはカインもそれを知っているほどその水晶が有名であるから。高価であるため市場にはほとんど出回らないのでそこらにあるわけではないのだが、魔力測定としては広く一般的に使われている。
「――――ランドは89か。……ふむ、だいたいが100前後の数値か。なるほど、自分たちで得意だというだけはあるな」
バーバラはその数値を見て満足そうにしていた。
それもそうだろう。一般的に50を越えれば魔法の素養があると判断される。そこから先は修練により培われるものもあるが、500にも達すれば宮廷魔道士でも高位な任にも就ける。
つまり、それだけで今回試験を受けている者達が魔法に関してある程度優秀なのだと容易に判断できるということだ。
「(フローゼはどうなんだろうか?)」
そんな中、カインが関心を示すのは、天使としての魔力をほとんど失ったフローゼの魔力量が現状どれほどなのかだろうということ。
そのフローゼは最後に測定する様子で、ようやく順番が回って来ていた。
「これ、この水晶に魔力を流せばいいんですよねぇ?」
「ん?そうだ。これを知らないか?まぁそういう者もいるか。とりあえず魔法を使う要領で水晶に魔力を流してくれ。後は自動で測定する」
バーバラがフローゼに近付いてやり方を教える。
「(んん?この子はカインの仲間だったはずだがこんなことも知らないのか?一体どんな関係なのだ?まぁ恐らくこの若さからすれば最近知り合ったのだろうな…………)」
などと不思議に思っていると、人間の世界の勝手がわからないフローゼは再度やり方の確認をして「よぉし」といって気合十分に声を発する。
そうして水晶を両の手の平でゆっくりと包み込み、魔力を流し込んだ。
「――なっ!?」
水晶の中に浮かび上がった数値を目にしてバーバラは驚愕の声を上げる。
数値を記録していたギルド職員も驚きの余り口をあんぐりと開けていた。
その様子を見ていた周辺の人達はバーバラたちがどうしたのかと不思議に思い、少しばかりざわつき始める。
「えっ?あたしもしかして何か失敗しましたかぁ?」
周囲の様子がこれまでの測定者達と違ったのでフローゼは不安気にあわあわとしだす。
「――――…………387……だと?」
「(はぁ!?)」
「387!?」
「なんだその数値!?そんなのこの辺で聞いた事がないぞ!?」
バーバラが口にした数値を聞いた一部は騒然とする。
それはカインも同じで、その場で驚いていないのはマリアだけだった。
「おいおい、いくらなんでもそんなわけないだろ?水晶が壊れているんじゃないか?」
テスラが呆然と呟いているのだが、カインは思い直す。
「(そう思うのも当然だよな。俺もあいつが天使だって知らなければ自然とそう考えるだろうし…………)」
しかし、その場にいる面々では、カインは少なくともそんな数値が出てもおかしくはないだろうと思うのはカインとマリアだけがフローゼがどういう存在なのかをはっきりと知っているからだった。
『ふむ、まぁ今のフローゼならそんなものか』
「(――!?)」
カインは突然脳内に響く声にビクッとすると、近くの冒険者達に疑問符を浮かべながら見られた。
「(くそっ、いきなり話し掛けるなっての)」
『とは言うが、仮に話し掛けて良いかのと尋ねてもどちらにしろ急に話しかけることと何も変わらんのではないか?』
「(…………チッ、それもそうか。 で?今回はなんだ?)」
『いやいや、お主と同じでフローゼの様子を見ているだけじゃよ』
「(じゃあ聞くが、387なんて数値、滅多にいないぞ?)」
『それはお主ら人間の話じゃろ?それに人間でもいないわけでもなければ、魔物でもっと魔力量を持っている魔物もいるじゃろ?』
「(それはそうだが…………)」
それを聞いて、いくらか納得する部分はある。むしろそれを不思議には思わない。
だが、神から事前に聞いていた話と、魔力を測れるらしいマリアの見立てではフローゼの魔力は激減したと言っていた。その様子から、使えても並みの冒険者程度に思っていたのだ。この数値なら上級の冒険者に匹敵する。新規登録者の基準からは遥かに逸脱していた。
「(――つまり、この数値に驚かないマリアは、これぐらいは普通だと思っていたってことだな)」
激減してもこれだけの魔力量を持っているのだ。一体マリアはどれだけの魔力を持ってして驚くのか、こうなるとそっちの方が気になって来る。
神と話している間に、バーバラはギルド職員と何か話しており、ギルド職員は自分の魔力量を測定していた。
どうやら水晶の故障の線を確認している様子で、ギルド職員は測り終えると左右に首を振る。故障の線を否定していた。
バーバラは腕を組んで少し頷いた後に振り返る。
「よしっ、これで測定は終了だ。次に魔法の実演に移るが準備に少し時間をもらうのでそのまま待機しておいてくれ。すぐに準備は整う!」
そう言うと、ギルド職員はいそいそと水晶を片付け、次の準備に入っていった。
バーバラはそのままカインの所に歩いて来る。
「おい、カイン。あの子は一体何者なんだ?」
「(どうする?どう答えたらいい?)」
返答に悩む。信じる信じないは別にして正直に答えるわけにはいかない。
だが、カインの返答を聞くよりも早くバーバラが再び口を開いた。
「――いや、だからこそお前が一緒に組む事を決めたのか。あれだけの魔力量なら実戦経験を積めばかなりの戦力になるしな」
「あ、あぁ、そうですね」
「まだ試験は終わっていないが、ちゃんと大事してやれよ」
「…………はい、わかってますよ」
バーバラの言葉を受けてカインは下を向く。
下手に顔に出ないようしていたのだが、同時に無意識に思い出さされた。
「(くそっ…………)」
カインは苦い顔をしてしまうのだが、会場の準備は着々と整っていく。
会場には案山子がいくつか四つ並べられていた。
「――――準備できたな。よしっ、じゃあ次の試験を開始する!」
バーバラが周囲の様子を見て全体に声を掛けると、テスラが声をかけて来る。
「おいカイン、お前あの試験官と知り合いだったのか?」
カインとバーバラが会話をするのを見ていたテスラは驚きつつも、にやっと薄ら笑いを浮かべた。
「ああ、だから何だっていうんだ?」
「お前らの不正を申告してもいいんだぞ?」
「はぁ?お前は何を言ってんだ?」
「チッチッチッ、それはお前の方だ。あんなやつがあれだけの魔力数値を出せるわけないだろ?」
その疑いを持つのは至って当然の疑問だ。
だが、そんな疑われるようなことを特にメリットの少ない登録試験でしたところで一体どんな得があるというのだ。
例えここで想定を遥かに上回る評価を得られたところで実際に活動すればすぐにメッキは剥がれる。
少し考えればわかることを、テスラは疑念の感情を隠さずにカインに確認した。
「まぁ、大人しく見てればいいんじゃないか?」
ニヤニヤと見られているこの様子では恐らく今は何を言っても無駄だと感じたのでカインは特に取り合わない。
「ふん、落ち着いていられるのも今の内だ。化けの皮が剥がれるのを楽しみにしているさ」
この後は実演をするといったのだ。
それを見れば不正かどうかなどということはすぐに理解できるだろう。
そう考え、その後の動向を見守る事にした。