散りゆくもの
帰路の途中、日の落ち始めた空を見上げた少年は不意に思い出す。それは数年前、少年達に対して女性の言った言葉である。
「困っている人がいたら無視したらだめだからね。約束だよ」
女性は屈託のない笑みを浮かべそう言った。その様はまるで舞い散る桜のように美しく、この上なく優美であった。
少年たちは女性の言葉を胸に刻み、深く頷いてみせた。自分たちがしてもらったように、今度は自分たちが人を助けるのだというある種の覚悟を胸に。それをみた女性は嬉しそうに微笑むと、楽しげに口を開いた。
「それじゃあ今日の活動を始めましょうか。この日交わした女性との約束を少年は、この先何年経っても忘れることは無いだろう。
そんな約束の日から早八年もの月日が流れていた。あれからもうそんなに立っているのかと、神妙な面持ちで少年はおもむろに歩き始めた。そこに吹き付ける風を少年は異様に冷たく感じた。
「可憐、元気にしてるかな」
哀切極まりない声でそう呟くと、以降一言も発する事はなかった。
家に着くと少年は開口一番に、蕭然とした廊下に響き渡るほど大きな声で言った。
「ただいま」
どの部屋に居ても聞こえるはずの声量であったが、誰の声も帰ってこない。しかし、特に気にすることなくおもむろに靴を脱ぎ始めた。
「やっぱ、まだ帰ってないか」
靴箱の上に置かれた写真に目をやり、寂し気に呟いた。写っているのは少年と母親である。小学校の卒業式に門の前で撮られたものだが、二人の表情は正に無である。笑っているわけでも泣いているわけでもなく、無表情なのだ。しかし無理もない、父親がいなくなった日でもあり可憐がいなくなった日でもあるのだから。こんな日に感情を表に出すことなどできるはずがないのだ。
「俺がこんなでどうする。俺はもう笠見じゃなく、藤井陸斗だ」
写真を見ていなくなった父親のことを思い出してしまった陸斗は、こぶしを強く握りこみながらそう言った。同時に、明日からは高校三年生となる自分が、未だにこうも弱いのかという怒りのような感情が込み上げた。
「はぁ。早いとこご飯作っとかないとな」
形容しがたいこの空気は、その後もしばらく続いた。