白いゆりかご -3-
シオンはすぐには答えなかった。
このまま黙っていられるわけはなかったし、御子の役割を説明して導くのが自分の役目だ。
役目を放棄することなど許されない。
それでもこの先に進むことを、ほんの少しでも良いから先延ばしにしたかった。
何しろこの塔には長いこと自分しかおらず、こうして誰かと話しができたのは恐らく1000年振りで、そしてこの時間はそう長くは続かないと分かっていたから。
「再生の御子は伝承の通りの存在ですよ。壊れた世界を再生させるのです」
「壊れた世界?確かに私の育った村は酷かったけど、作物は育ったし、何も異常は感じなかったわ」
かなり閉鎖的な村だったが、外部との交流はゼロではなかった。
村の近くでは珍しい薬草が手に入ったため、月に数回、街の人間と取引を行って必要な物資を確保していた。街や国の様子についても情報が入ってきたが、天変地異や異常が起きている噂は聞いていない。
「この世界には致命的な欠陥がありました。人の心は繊細で移ろいやすい、ときに強く、ときにとても脆い。そうした人の弱い心がこの世界にヨルと言う存在を生み出したのです」
世界がヨルに蝕まれる時、世界は再生のため御子を生み出す。
アリスがこの部屋に呼ばれたということは、今の世界にはヨルが拡がってしまっているということ。
「ヨルなんて私の村では聞いたことなかったけど」
「ヨルとは現象のようなもの、単独の名称ではありません。ヨルは人の世界に、色々な形に変えて現れています。たとえば貴女の村を苦しめている月影教もその一つ。ヨルは人の闇を増幅させて様々な歪みをもたらす。再生の御子は歪んだ世界を元の姿に戻し、世界を再生に導く存在です」
「・・・そっか。月影教みたいなのが、世界にはたくさん存在するんだね」
アリスの静かな声が白い部屋に響く。
「御子様・・・いいえ、アリス。貴女を助けてあげられなくてごめんなさい。私はこの塔から貴女の様子をずっと見ていました。本当はすぐにここに呼びたかった、でも時が満ちるまでは会うことも声をかけることも許されなかったのです」
漸く時が満ちて、こうしてアリスを御子としてこの部屋に呼ぶことができた。
シオンにとってそれはとても嬉しいと同時に、この世界へのヨルの侵食がそれだけ進んでいるということ。
「再生の御子ねぇ・・・」
アリスは大きく溜息を吐きながら、すっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。
「良いよ、やるよ。よく分からないけど、ベッドの上で話しを聞いてるのも飽きてきちゃったし、月影教みたいなのから誰かを救えるなら断る理由もないし」
コップをキャビネットの上に置いて、思い切り伸びをした。
この部屋には時計すらなくて、ここに来てからどれぐらいの時間が経ったのかも分からなかった。
本当に何から何まで分からないことだらけだ。
誰かを救うなんてそんなに興味はないけど、このまま堅い話を聞いてても何かが変わるわけでもない。それなら流れに任せて見ても同じこと。
シオンはそんなアリスの様子を見て、困ったような、寂しそうな、不思議な笑みを浮かべていた。
「ねぇシオン、やっぱり御子様って呼ぶのやめて欲しいんだけど」
「何故ですか?」
「2人しか居ないのに、堅苦しくて息が詰まりそう」
「そうですね・・考えておきましょう」
シオンはやっぱり困ったような顔で笑っていた。
つられてアリスも少し笑った。
すごく短いですが、切りが良いのでここまで。