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失われる物語  作者: コトリ
はじまりの世界
2/6

白いゆりかご -1-

白いーーー。


目が覚めた時、最初に浮かんだのは白いという感想だった。

壁はもちろん、机や棚といった家具も白で統一されており、天井から床まで眼に映るもの全てが白く清潔さを誇っているように見える。


「御子様、ご気分はいかがですか?」


細い目をした青年が、こちらの様子を伺いながら声を掛けてくる。

優しい声とは裏腹に、御子様という呼び方にはどこか緊張感を孕んでいる。私に選択権や反論の余地はないのだと、言外に強いられている気がした。


「その呼び方は落ち着かない」

「これは規則ですから」


2人きりの空間でこの男は何を言っているんだろうと思う。

部屋はきれいに掃除されているようで埃や汚れは見当たらない。誰かが管理していると思われるが、今のところ目の前の青年以外に人の気配は感じられなかった。


「御子様か…」


物腰の柔らかい青年は、諭すように宥めるように、私は御子として選ばれたのだと繰り返した。



「神とか御子とか、うんざりなのに…」



御子と呼ばれた黒髪の少女は色のない声で呟く。

白い部屋に不似合いな黒髪が、この世界もまた少女にとって不自由な世界なのだと指し示している気がした。




*****




『ツクヨミ様と月影の教えを信仰せよ。さすれば汝の魂は浄化され、あらゆる苦痛から解放されるだろう』

『全てはツクヨミ様の御心のままに』


アリスが産まれたのは、月影教という新興宗教を信仰する小さな村だった。

その昔は土や水に恵まれた、小さいながらも潤いのある豊かな村だったのだが、十数年前ある青年が月影教を持ち込んだことにより、人々は教祖を崇め、宗教に傾倒し、徐々に閉鎖的な村へと変化して行った。


通常なら新しい宗教は警戒され、爆発的なスピードで影響力を持つことはない。しかし、この時は村で原因不明の流行病が蔓延し、村人は皆救いを求めていた。そこに月影教の使徒を名乗る青年が現れ、不思議なまじないで流行病をあっという間に沈静化させてしまったのだ。

小さな村では青年が奇跡を操るという噂が瞬く間に広がり、村ごと月影教の信者へと変えるまでに長くはかからなかった。


そうしてアリスが産まれる頃には教団が村の実権を握り、外からの旅行者が寄り付かない謎多き村となっていた。


アリスは自分の村が嫌いだった。

外部との交流を持たない村は自活していくために過酷な労働を強いられ、無事実った僅かばかりの農作物は教団への奉納という名目で取り立てられる。

村民に残るのは生育不足で食べ辛い野菜や、鮮度が落ちた危ない食材ばかりだ。

それなのに村人は誰一人不満を口にせず、配給された食料を有り難そうに受け取る。

アリスにはこの村の生き方が理解できなくて、歳を重ねるごとに両親と喧嘩が耐えなくなっていった。


「こんな生活はおかしいよ!どうして我慢ばっかりしなきゃダメなの?」

「教祖様のお導きで今の命があるのよ。教祖様を信じる心があれば何も苦しくなんかないのに。アリスはどうして母さんを困らせるの?」

「こんな会話が使徒様に聞かれたらどうする!家族全員の居場所がなくなるんだぞ」


父親の怒声とともに勢いよく左頬が叩かれ、バシッという音が脳内に響き渡る。

アリスにとってこれが日常で、世界の全てだった。


私はいつか必ずこの村を出ていく。

そしてこの生活が間違っていることを確かめるんだ。


何故か村の人は誰もアリスの考えに同意しなかったし、誰も彼もが両親が言ったように月影教の素晴らしさを訴えてアリスに考えを改めるように迫った。

教団の教えに誰も疑問を持たないことがアリスにとっては気味が悪く、村人にとっては教団を信じないアリスこそが異分子だった。


誰にも認めてもらえないアリス。

自分を苦しめる主導者を妄信的に信じる両親。

正しいと思うことを主張すると反逆者の様に扱われる環境。


力を持たない幼いアリスは、自分を守るために心を閉ざすしかなかった。

10歳を迎える頃には、何に対しても興味を持てなくなり、やがて不自由な暮らしに疑問を持つことも忘れてしまうのだった。


それから数年後、たびたび不思議な夢を視るようになった。


(大丈夫よアリス、貴女の味方はきっともうすぐ見つかるわ)


顔は見えない。

白い空間で見たこともない異国の衣装を身に纏った女性が、何かを話しかけてくる。

女性の声はほとんど聞き取れなかったが、どこか懐かしくて暖かい気がするから悪い人ではない気がした。


「それで、この世界の何が変わるっていうの?」


味方なんてどうでも良かった。

そんなものを求めた時もあったが、遥か昔の話しだ。

今更現れるなんてやめて欲しい。こうして何とか生きているのだ。




(貴女が世界をーーーーーーー)




*****




「ーーーー・・・子様。御子様」


白いふわふわが目の前で揺れている。

その声は少し不安そうで、さっきまでとは違う緊張感が伝わってきた。


「何だかんだぼーっとして…」


目の前で揺れていた白いものは青年の髪の毛だった。

癖の強い巻き毛は犬を思わせる。柔らかそうだな、と脈絡もなく考える。


「良かった、せっかくお連れしたのに元の場所に引き戻されるかと思いましたよ」

「引き戻される…?ここで目が覚める前、私は何をしようとしてたんだっけ」


思い出そうとしてみても意識がぼんやりするだけで何も浮かんでこない。

でも、そんなことはどうでも良かった。

ここが何処であるのかもアリスにとっては興味がなかった。


「それで、あんたは何なの?私に何をしろって言うの?」


まだ意識がぼんやりするのか、光のない瞳でアリスは事務的な口調で尋ねた。

ここにも興味はなかったが、元の場所に戻りたいとも思えなかった。


「そうですね、順を追ってお話ししましょう」


やたらと物分かりの良さそうな目の前の青年は、元の落ち着いた雰囲気で話し始めた。


前後の繋がりが不自然だったので、時系列に違和感がなくなるように後半部分を大きく変更しました。

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