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X11 エーデルト

 ヒルシュアリア。

 それはアーマインやリフォニアと同じく中央大陸に存在する国の名前である。

 最東の大森林の奥深くで密かに栄えるその国では、人口わずか数千人のエルフたちが暮らしていた。


 ヒルシュアリアを囲む大森林には数多の高ランク魔物がひしめいており、質素な暮らしを好むエルフとの貿易は旨味が少ないので、人間はあまり訪れず、内向的な性格をしているヒルシュアリアの民も外部との接触を最低限に留めているので、外国との交流は無きに等しい。

 なので、一般人のほとんどはヒルシュアリアをおとぎ話上の存在と思われつつあった。


「父上、第五王子エーデルトただいま参りました」


 ヒルシュアリアの王宮の中。

 応接間の中心で、一人の青年エルフが王を前に跪いていた。


「エーデルト、よく来た。早速だが、お前に頼みたいことがある」


 玉座に深く腰掛けている王様は、立派なヒゲに隠された口から放たれた冷静な声でそう告げた。


「ソファイリを連れ戻して欲しい」


「ソファイリ様の行方がわかったのですか!?」


 エーデルトは嬉々とした表情を浮かべながら、地面に垂れていた頭を上げた。

 まさか、長年行方不明になっていた最愛の妹に関する話題が出てくるとは想定していなかったからだ。


 だが、彼は感情に身を任せて犯してしまった失態にすぐに気づき、「申し訳ございません」と小声で呟いて再び(こうべ)を垂らした。

 王様はそんなエーデルトを見て、ため息をつきながら「構わぬ、頭を上げよ」と申した。


「確たる情報が手に入ったわけではないが、とても気がかりな物が見つかった。これを見てくれ」


 王様は無詠唱の風魔法を使い、一枚の紙切れをエーデルトの懐まで飛ばした。

 紙切れを手で受け止めたエーデルトはその表面を見て大きく眼を見開いた。

 ソファイリの似顔絵が描かれた手配書だ。

 しかも、アーマインの王の暗殺に加担した者と記されている。


「父上、これはきっと何かの間違いです。ソファイリ様がこのようなことを……」


「それは私もわかっている。しかし、あのおてんばのことだ。何か身の丈に合わない事柄にお節介な首を突っ込んで、ドジを踏んだのだろう。幸いなことに私が得た情報によると、アーマインは彼女の正体に気づいていないらしい。だが、もし彼女が捕獲され、私の娘だと明かされたら、それは人間どもとの戦争の火蓋を切ってしまいかねない一大事となってしまう。直ちに彼女を連れ戻す必要がある」


「それでは私はこの手配書の出所である、アーマインへ向かえばいいのですね?」


「うむ、その通りだ。そこで彼女の行方を探し、無事に接触して連れ戻して欲しい。出発は出来るだけ急いでくれ。時は一刻を争う。いつまでソファイリが自力で身を守り、身代金狙いの追っ手から逃げ続けられるか、わからないからな」


「かしこまりました。ですが失礼ながら、父上。どうしてこのような大事を、私の一存に任せるのでしょうか? もっと適任な者を選抜するべきではないのでしょうか?」


 エーデルトは疑問に思った。

 王には数々の優れた部下がいる。魔法、武術、知識、判断力、経験。その全てに置いて自分より優れている兄たちも自由に動かすことができる。

 なぜ彼はそれらを差し置いて、自分を選んだのだろうか?


「エーデルト、それは簡単なことだ。ソファイリが一番信用しているのはお前だからだ。私の部下を向かわせても、彼女は納得せずに帰還を拒否するだろう。これはお前にしか頼めないことなのだよ」



***



『へー、マジすごいじゃん。王様から直々にめっちゃ重要な任務もらっちゃうなんて』


 自室で旅の荷物をまとめていると、エーデルトの脳内に女性の尖った声が突き刺さってきた。


『そうですね。ですが父上の言葉とは裏腹に、実はこの任務、あまり重要なものではないのかもしれないと私は考えています』


『えー、でも一刻を争うとか言ってたじゃん。お前にしか頼めないことなのだーとかも』


『確かに、兄たちと私なら、ソファイリは私の言葉を聞く可能性の方が高い。ですが、確実に連れ戻したいのなら、力技で無理やり連れ戻せばいいだけです。それなら私の兄たちの方が適任です。父上がそれをしなかったのは、もし私が失敗しても、ソファイリを切り捨てればいいと考えているからでしょう。一応、娘だし情に従って手は打つけど、国の安全とソファイリの価値を考えると、切り捨てた方が賢明。優秀な人物を割いてまで連れ戻す必要はない。私が選ばれた理由はそんな所でしょうね』


『まったまたー、そんな卑屈なことばっか考える。そういうの、マジでよくないってあたし言ったじゃん? 家族なんだし、パパのこと信じてあげなよ』


『私の前世の家族にはろくな人がいませんでしたからね。血が繋がっているからと言って、無条件に心を許そうとは思えないんです』


『でも、その割にはソファイリには無条件に甘々なんでしょ? デゼン部長から聞いたから、あたし、知ってるんだ』


 エーデルトはカッと顔を紅潮させた。


『そ、それは……あの頃の未熟な私が、勝手にソファイリを前世の妹に当てはめていただけです。今はもうそんなことはしませんよ』


『じゃあ、今世の父親を前世の父親に当てはめるのもやめよ?』


『……』


 エーデルトは黙りこくってしまった。

 脳内の声に図星を突かれたからだ。


『ちなみにね、王様エーデルトにため息ついてたじゃん? たぶんかもだけど、あれはエーデルトの無礼に対する呆れというより、エーデルトの畏まりすぎた態度に対したものかもだと思うんだよね。あたしが言おうとしてること、なんとなくわかるっしょ?』


『……わかってますよ。今後はもう少し親密な付き合いを心がけます』


 エーデルトは大きなため息を吐いた。

 前世の家族付き合いで相当苦労し、それが間接的な死因となった彼にとって、これはとても深刻な課題なのである。

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