80 このベルディーに祝福を
「なんて、もったいないことをしてくれちゃったんですか!!!」
目が覚めると俺の前には、頭から特徴的なアホ毛を生やした眠そうな顔の幼女がいた。
その幼女……いや、正確には天使、は大層ご立腹なのか、背中についたひしゃげた羽をバサバサと上下させている。
「うるさいな……。てか、なんでいるんだよ?」
「自分の意思で、こんな場所に来るわけないじゃないですか! 浮雲さんがこっちへ来いなんて言うからですよ! バカなんですか?」
「いやいや、言っただけだろ? 別に真に受けなくてもいいんだぞ……」
「いやいやいやいや、あの時の話の流れ的に、言っただけだろなんて言い訳は通用しませんよ? わたしがなんでも願い事を一つ叶えると言った、すぐあとだったじゃないですか!」
「いやいやいやいやいやいや、そんなの聞いてないぞ」
「いやいやいやいやいやいやいやいや、ちゃんと人の話を聞いてくださいよ!」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、いつも人の話を聞いてなくて、空気がまったく読めてないことをするのはお前の方だろ!」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや――」
俺とベルディーの口論はどんどんヒートアップしていったが、いやいやカウントが六倍に到達したところで急に背中に悪寒が走り、俺もベルディーも同時にむぐっと口を噤んだ。
「あのー、お邪魔したくはないんですけれど――」
俺とベルディーの口論についてこれず、蚊帳の外になっていた部屋の隅にいるメルリンが、落ち着いた口調で喋り出した。
「お二人の関係は?」
メルリンは笑顔を浮かべていた。
あの口元が描く美しい曲線にはなんの違和感もない。
だが――、その上にある瞳は全然笑っていなかった。
まったくもってこれっぽっちも。
あれはカリアがトランプの束を彼女の顔面にぶちまけた時に出てきた表情にそっくりだ。
つまるところ、間違いなく怒っている。
ここから先の発言には細心の注意を払わなければならない。
「そ、そうだな。ベルディーは端的に言うと寄生虫だ。わけあって、俺の脳内に寄生していた蛆虫」
「はぁー!? なんで、そんな生意気な口を叩いているんですか? どんだけわたしに助けられたと思ってるんですか? この恩知らず! ばか! 間抜け! うんこ!」
こいつは小学生かよ……。
低レベルすぎる罵りだ。
俺の罵りも大概だけど。
「なんだか、とっても仲が良さそうですね? 先ほどの会話から察するところ、かなりの長い付き合いらしいですし」
いやいや、さっきの会話を聞いて、どうしてそんな結論に至るんだよ。
確かに喧嘩するほど仲がいいとは言うが、それは兄弟みたいに心が通じ合った二人が、何をしても嫌われることはないと確信しながら、溜まりに溜まった不満をぶつけ合うようなことがあるからだ。
俺とベルディーの関係は、転移者である都合上、仕方なく存在するという価値が限りなく薄いもので、俺は別に今からベルディーと絶交してもまったく構わない。
なので心が通じ合っているなんてことはありえないのだ。
「はぁー、これからどうすればいいんですか? このパソコンも、ネットも、ゲームもない原始時代でどうやって生きていけばいいんですか?」
「帰ればいいだろ」
「あ、そうですね」
なんだよ、帰れるのかよ!
さっきまでの無駄なやり取りは一体なんだったんだよ!
俺が怒るために使ったエネルギーを返してくれ。
「ちょっと、社長に問い合わせてみます……って、なんとー!!!」
「どうしたんだ?」
「この展開が好評だったらしく、視聴率維持のために帰ってくるなと言われてしまいました……」
「よくわからんが、それは帰れないってことのか?」
「うぇーん! 今夜のレイドイベントーーー!!! めっちゃ可愛い装備が限定報酬にあったのにーーー!!!」
いや、泣くとこそこかよ……。
まあ、ベルディーらしいといえば、ベルディーらしいか。
***
「えー、というわけで――(適当にでっち上げられた説明)――ってことで、今日からこいつもここに住まわせてくれ。部屋は俺のを使わせるから、そこら辺は別に心配しなくても大丈夫だ」
「よろしくお願いします」
ベルディーはぺこりと三人の同居人に対して、可愛らしくお辞儀をした。
「要するに、その天使はあんたの客人ってこと?」
「そうだな」
「いつまでいるの?」
「えーっと……こいつの雇い主が帰る許可を出してくれるまでだってさ。その許可が下りるまで、どれほどの期間がかかるかは本人もわからないらしい」
「何よそれ……。まあ、天使さんに失礼なことはしたくないし、あたしとしては別に彼女がいつまで泊まっても構わないけど――あんたはその子に罰当たりなことをしないように気をつけなさいよ? ベルディーさん……ですよね? もしそこのケダモノが手を出してきたら、すぐにあたしの部屋へ逃げてきてね」
「はい、心得ておきます。ありがとうございます、ソファイリさん!」
いや、長い付き合いなんだし、俺がそんな野蛮な人間じゃないことぐらいわかってるだろ……。
それに間違ってもバカディーとそんなことになる可能性は万に一つもないから。
だって俺、ロリコンじゃないぞ。
メルコンだぞ。




