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X10 ベルディーとビオレ

「どうすればいいんですかーーーーー!」


 両手で髪の毛をわちゃくちゃと揉みしだきながら、ベルディーは頭をカウンターの上にガンガンと打ち付けている。

 周囲の客の冷ややかな目と、カフェの従業員たちは苛立ちの目を集めていることには気づいていないみたいだ。

 そんな醜態を晒す彼女の隣に座っているビオレは、あははと苦笑いを浮かべている。


「どうって……社長の言う通りにすればいいんじゃない? オブジェクトなんかに情けをかけることないっしょ。生きてるように見えるけど、所詮はデータなんだからどうでもいいじゃん? そんなことより、あんたの出世祝いでしょ! ずっと仲良く下っ端だと思ってたのに、あたしめっちゃ追い抜かれちゃったじゃん」


 ご愁傷さま無職慰めパーティーは、楽しい出世祝いパーティーに一転したはず――なのだが、ベルディーの暗い表情からしてとてもそうは思えなかった。


「生きてるように見えるのではなく、ちゃんと生きてますよ。わたしたちと生き方の形が違えど、ちゃんと考えて、感じて、動いて、生きています」


「でも、そんなの蟻とか蚊だって一緒じゃん? 生きてるけど、邪魔になったら潰すの躊躇わないっしょ? それと同じだと思うけど」


「違いますよ。わたしはあの電脳人格パーソナリティ・オブジェクトと友好な関係を築いてきたんです。友達なんですよ。そんな人を背後から刺せるわけがないじゃないですか」


「まあ、確かにあたしもプロデュースしてる子を殺せと言われたら、戸惑うかもだし……気持ちはわかるかな」


 エクレアを丸ごと頬張りながら、ビオレはうんうんと共感を示すように頷いた。


「ビオレにもプロデュースしているオブジェクトがいるんですか? 永遠の下っ端だと思ってたのに……」


 ベルディーが驚きの表情を浮かべると、ビオレはすかさず彼女の額にチョップをかました。


「あんたっていっつも一言余計っしょ……。いるわよ、定年退職したあたしの上司のお下がりをもらっただけだけどね。あんたのオブジェクトと同じ箱庭(ゲーム)に住んでるんだけど、あたしのオブジェクト、マジで可愛いから。転生者の男で、元の世界では女だったから、いろんなとこでめっちゃ噛み合ってなくて、あたしはめっちゃ面白いと思ってるんだけど、なぜか視聴率は全然。ほんと泣けるでしょ?」


「なんと羨ましい……うう、どうにかして視聴率を下げられる方法はないんですかね? そうすれば注目されることはなくなって、社長もわたしに無茶な命令を出さなくなるかも」


「贅沢な悩みすぎて、マジウケるんだけど! てか、ちょっと腹立った。このこのこのこの!」


 ビオレはグーに握った手でグリグリとベルディーの頭を攻撃。

 効果は抜群のようだ。


「そうだ! 今思ったんだけど、わざとつまらなくすればいいんじゃない?」


「わざとつまらなくなるよう仕向けたら、担当者を変更されてしまうかもしれないじゃないですか。そうなっちゃえば、元も子もありません」


「じゃあ、逆に視聴率二位を応援するとか? そうすれば間接的に人気が下がるじゃん?」


「ビオレのくせに、なかなか良い線をいったアドバイスですね」


「ちょっ! あんた時々、ほんと生意気なこと言うよね。大学の成績、同じぐらいだったじゃん」


「でも、見た目はわたしの方が頭良さそ――むぐぐぐ」


 ぶっといエクレアを3本まとめて口に突っ込まれ、ベルディーは苦しそうに呻き出した。


「そういえば、社長の息子がプロデュースしているオブジェクトが、視聴率二位だって聞いたことがあるんだけど。あいつに話を聞いてみたら? 一位を譲ってあげるから協力してとか言ったら、絶対食いつくと思うんだけど」


「うぇー、オポルですか……。それは、あまり関わりたくありませんね」


「それ、わかる。あの子って顔は、まあ、まだイケるんだけど、性格がヤバイからね。でも、玉の輿狙いからは結構人気あるって感じじゃん? 出世するの確定だし、今から恩を売っておくのも割とありかも?」


「わたしは一人でいる方が気楽なんで、そういうのはどうでもいいですね」


「そんなこと言ってたら、売れ残っちゃうじゃん。一生、独身じゃん。もう良い歳なんだし、そろそろ相手探さないとやばくない?」


「わたしより、自分の心配をしたらどうですか? どうせ――」


「いや、あたしフィアンセいるし」


 ――カタン、カタカタン。


 刺されたエクレアごとフォークがベルディーの手から滑り落ちた。


 ベルディーの世界は、凍りついたように一時停止してしまった。

 視界の中の全ての色が()せ、音は全てザーザーと壊れたテレビの雑音のようになり、口の中のエクレアは元の小麦粉にでも戻ってしまったかのように味がしない。

 そうやって五分ほど死んだように硬直していたベルディーだったが――


「大丈夫ですよ! 今やわたしは会社で期待のエース。視聴率ランキングを総なめしてる超人気引っ張りだこプロデューサーなんです。男なんて取っ替え引っ替えの、使い捨てコンタクトレンズですよ」


「何言ってんだか……あんたにそんなの無理でしょ? 最後に、男友達と話したのいつ?」


「社長は男友達に入りますか?」


「なわけないじゃん!」


「えっと……大学の卒業式で確か……」


「それ何十年前の話? マジウケるんですけど!」


「うるさい、うるさい、うるさい! 裏切り者は、ほっといてください!」

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