X9 ベルディーと社長
「あれ? ベルディーじゃん! おっひさー! こんな時間に何やってんの?」
会社へ向かう公道をてくてくと死んだ目をしながら、放心状態で歩いていると、ベルディーは通りすがった赤髪の天使に話しかけられた。
その天使はやけに濃い化粧をしており、俗に言うギャルと呼ばれる容姿をしている。
「相変わらず、死んだ目なのね。あんだけ休んだのに、まだ疲れてんの?」
「わたしの死んだ目は仕事の疲れのせいじゃなくて、ネトゲのしすぎですからね。お久しぶりです、ビオレさん」
ビオレと呼ばれた天使は「何それ、ウケるー」と笑いながら、馴れ馴れしくバシバシと強めにベルディーの背中を何度も叩いた。
ベルディーは彼女の攻撃に対し、別に嫌そうな顔を浮かべず、むしろ若干心地よさそうにえへへとはにかんだ。
それもそのはず。お互いの性格は乖離しているものの、二人は実は大の仲良し。
大学、就活、職場の戦場を全て共に潜り抜け、悲しみも喜びも、苦労も安らぎも均等に分け合ってきた唯一無二の戦友、ベストパートナーだったのだ。
「で、これから会社行くの?」
「はい、そうです。なんかよくわからないんですが、社長に呼ばれたんで」
「へー……って、それヤバくない? 有給取ってる最中に呼び出しって、まじヤバイと思うんだけど」
「う〜ん、そうかもですね。まじヤバかもですね。まあ、失業してもネトゲは遊べるんで、あまり悲観せずに行って来ようかと思います。課金は難しくなりますが、その問題は時間をかければ他の手段で克服できますしね」
「何それ、まじウケるー! じゃあ社長との話が終わったら、あたしに報告しにきてよね。そこのカフェで待ってるから。首斬りだったら、晩飯奢ってあげる」
「はい、その際はよろしくお願いします」
***
自動ドアを潜って会社の中に入ると、ベルディーはまず自分の社員証を承認パネルに当てた。
すると、ピコポーンと認証音が鳴り、目の前のエレベーターの扉がすーっと静かに開いた。
「えーっと、確か……102階の108号室でしたっけ? それとも130階?」
エレベーターに乗ると、階数を選択できるキーパッドを前にベルディーはおろおろと迷いだした。久しぶりの出社なので、社内の構造を忘れてしまったのだ。
その後、ベルディーは半泣きになりながらも会社の中をしばらく右往左往と彷徨い、どうにか待ち合わせの時間数秒前に社長室の前にたどり着いた。
「ようこそ、ベルディーくん。久しぶりだね」
「は、はい。お久しぶりです、社長」
扉を開くと、そこには豪勢な社長椅子に深く座って、葉巻を吸いながら、ゆったりと外を眺めている社長がいた。
社長は窓ガラスに映ったベルディーが深々とお辞儀をするのを待ってから、くるりと椅子を回し、ごほんと咳払いをしながら自分の席を立った。
彼はベルディーと同じ天使と呼ばれる種族で、身長も彼女と同じぐらいだが、可愛らしいベルディーとは比べ物にならないほど容姿が醜悪だった。
端的に説明すると、羽がついたオークにヒゲを生やしたといったところだろう。
「顔を上げても構わんぞ」
「は、はい……」
ベルディーは震えた小声で返事しながら、恐る恐る地面から視線を上げ、意地汚い笑みを浮かべる社長と目を合わせた。
「ところで、君は自分がなぜ呼び出されたかに気づいているかね?」
「う、薄々とは……」
「そうか。では、言ってみろ」
狡猾な手口だ。
社長は何らかの情報を握っている。その事実を伝えてから、ベルディーに真相を話させている。情報を握られている以上、嘘をつくとバレてしまう可能性があるので、それはリスクが高い。だから彼女は正直に話さなければならない。
そして、社長はここで得た告解を今後言質として振りかざすことができるのだ。
「か、勝手に転移させたことですよね?」
「その通りだ」
「どうして、わかったんですか?」
「どうしてって、そりゃあ君、会社のパソコンを使ったのだから全部筒抜けに決まってるじゃないか。ちなみに君がそのパソコンで、どのゲームにいくら貢いだかも知っているぞ?」
「な、なんですとー!!! それはお恥ずかしい……。細かいことを考えず、なるべくスペックが高い機器で遊ぼうとしたのがまずかったですね」
このうっかりものには、言質を取られる以前の問題があったようだ。
「ちなみにこれまで泳がせていたのは、君の規則違反が別に大したことじゃなかったからだ。だが、事情が変わったので急遽、君を呼び出さなければならなくなったのだ。そしてその事情というものが、君が箱庭192ZL9に転移させた電脳人格が、箱庭の視聴率ランキングを総なめにしてしまったことだ」
「な、なんですとーーーーーっ!!!!!」
ネトゲ癖がバレていたと知った際の叫びより、約3デシベルほど大きな悲鳴が社長室に響き渡たった。相当驚いているのか、アホ毛が新鮮な魚のようにピチピチ跳ねている。
「といわけで、おめでとう。わしが今日、君を呼び出したのはそれをお祝いするためだよ」
肩の力がすっかり抜け、安心しきったベルディーはへなへなと萎れた野菜のように折れ曲がって、その場に座り込んだ。
「アンケート結果によると、あれは老若男女の幅広い層に支持されている。予測不能な展開と主人公のバカっぽさが受けたらしい。戻ったら、あのオブジェクトに素晴らしいバカっぷりだったと伝えてくれ」
「……は、はい、もちろんです!」
まだ現実感がわいてこないのか、ベルディーは戸惑い気味にそう答えた。
長年、周りの同僚に叱られてばかりいた下っ端の自分が、社長に褒められているという事実が受け入れ難いのだ。
「でだ、わしはあれの爆発的人気をもっと盛り上げる策を考えた。あの視聴率を更に、二倍、三倍と上げることができれば、スポンサーがわらわら集まってきて、我が社の利益は途方もないものになる。君にも莫大なボーナスを進呈することになるだろう」
「おお! ありがとうございます、社長! それで、その策とはなんなのでしょうか?」
「あのオブジェクトに、なんでも一つ願いを叶えさせてやるのだ。それを使って、やつは最強の武器を手に入れて延々と無双。最低の頭脳を敵に持たせて圧倒的勝利。最高の美人を手駒にして毎晩エッチ。そんな欲に塗れた物語を繰り広げてもらうのだ。
どうせ大衆は、短絡的な快感を求めている連中ばかりだ。そういった俗な展開を望んでいるのだろう? ビジネスの基本は、需要と配給。需要があるのだから私たちはそれを配給する。理に適っていると思わないか?」
「えーっと……そ、そう……なんですかね?」
何か思うところがありそうに頭のアホ毛をはてなマークにしているが、ベルディーは社長に否定的な意見を告げなかった。違和感より、社長の気を損ねてはいけないという気持ちが勝ったのだ。
「というわけで、今後の君の仕事はあのオブジェクトのプロデュースだ。他の業務は全て放置しても構わない。重要性が段違いだからな。有給を取らずに、自宅で奴の世話をすることを許可する」
「それは願ったり叶ったりです! ありがとうございます、社長!」
「構わん、構わん。金になることを優先しているだけだ」
社長は下賎な笑みを浮かべ、目を薄く見開いた。
「そこでだ。ベルディー、君に新たな業務命令を出す」
「なんですか?」
「あのオブジェクトを殺せ」
「え?」
ベルディーの体は時が止まったかのようにピタリと固まった。
彼女は社長の言葉をなんらかの聞き間違いだと思った……いや、思いたかっただけだ。
彼の言葉ははっきり、鮮明に彼女の耳に届いていた。
「願いを一つ叶え、悦に浸っているところを狙うんだ。その滑稽っぷりが大受けすること間違いなしだと思わないか?」
「そ、そうなんでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。エンターテイメントとは欲望を満たす他にも、刺激を追求するためのものでもあるからな。わしが保証する。というわけで、これを君にやろう」
ベルディーに手渡されたのは、両面にぎっしりと敷き詰められた、次々と変動する細かい文字がピコピコと光っているカードだった。
「パラメーター変更画面を呼び出す、権利キーだ。それをうまく使って、奴を殺せ。タイミングは君に任せる。もっとも盛り上がるタイミングで、あのオブジェクトを殺すのだ」




