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78 愛しのマイホーム(だが居候だ)

 ソファイリがカチャッと鍵を開け、玄関の扉が開いた。


「「おおー」」


 俺とセタニアはまるで興味津々な子供のように、すぐさま家に飛び込んで靴を脱ぎ、中を探検するためにあっちこっちを走り回り始めた。


 玄関から進んで奥の方にはキッチン、その左側にリビング。

 どちらもかなり広い。

 快適に暮らすことができそうだ。


 他にめぼしいものはなさそうだったので、俺はタタタッと玄関の方へ戻って、さっき通った時に開け損ねた扉を開いた。

 そこにあったのは、シャワー、バスタブ、ライオンの顔まで完備した大きな風呂場だった。

 最後に風呂に入ったのは一体いつのことだったのやら。

 多分、まだ日本にいた頃だろう。

 今夜が楽しみすぎて胸が踊るぜ!


 これで一階の部屋は一通り見たので、今度は階段を駆け上がって二階へ向かった。

 二階には四つの扉があり、そのどれもが同じ程度の大きさの空き部屋に繋がっていた。

 俺、セタニア、ソファイリに一人一部屋を振り分けても一つ余るのか。

 最後の部屋は客人用ってとこかな。

 

 二階の探索も終わったので、俺はまた階段をダダダっと通過し、今度は地下室へ向かった――のだが、そこにはいくら押しても開かない扉が一つあるだけだった。

 家を人から買った際によくある展開だし、後々、ストーリー的に意味ありげなことでも起こるのだろう。

 だが、今から気にしても仕方がないので、俺はその扉を放置して玄関の方へ戻った。


「じゃあ、早速家具を起きましょう。殺風景な家はどうも落ち着かないわ」


「そうか? 広くて、清々しいと思うんだが」


「……これだから、男の感性は理解できないのよね。あたしの兄さんも似たようなことを言っていたわ」


「兄さん? ソファイリに兄さんがいたのか?」


 意外だ。ソファイリは妹キャラじゃなくて、姉キャラだと思ってたのに。


「ええ、五人いるわ」


「大家族じゃないか!」


「まともに会って話したことがあるのは、一人だけだけどね」


 なんだそりゃ。

 転移するまで、生まれてからずっと兄と一緒に暮らしていた俺に、それはとても不思議なことに思えた。

 年がかなり離れているのだろうか?

 エルフは長寿な生き物なのだし、ありえそうだ。


「セタニア、フーン、家具を並べるの手伝ってくれる?」


 ソファイリは貯蔵箱(アイテムボックス)からテーブル、椅子、ソファ、キャビネットと次々に取り出し、それらをリビングに並べていった。

 結果、瞬く間に生活感溢れる空間が出来上がっていた。

 既にとても今日越してきたとは思えない部屋になっている。

 やっぱ、貯蔵箱(アイテムボックス)って便利だな。

 

「じゃあ、次はキッチンね。食器もこの中に入ってるから――」


 ――トントン。


 扉が突然にノックされ、ソファイリの言葉が途切れた。


「お客さん? 引っ越してきたばかりなのに、早いわね」


 もしかしたら、近所の人が家に上がっていく俺たちのことを見かけて、挨拶をしにきたのかもしれない。

 それとも空き家狙いの泥棒が誰もいないことを確認するためにノックしているのか?

 誰も呼んでいないのに、客がくると妙に胸騒ぎがするんだよな。

 まあ、危険な人物は、ソファイリとセタニアがちょちょいのちょいと追っ払えるので問題はないが。


「はいはい、どちら様ですか?」


 ソファイリが玄関の扉を開くと、そこに立っていたのは――


「わ、私もここに住まわせてください!」


 ビューティフルキューティーマイエンジェルのメルリンだった。


「え? ちょっと、どうしたのよいきなり?」


「お願いします!」


 メルリンはそう言ってその場で正座をすると、頭を地面に擦りつけて渾身の土下座を披露した。


「ちょっと待ってくれ、メルリン。ヨムル様の許しはもらったのか?」


「はい。頑張ってきなさいと言われました」


 何を頑張るのかはよくわからんが、なんという神展開!

 部屋が四つ有ったのはこれの伏線だったんだな!

 相変わらず運の神様は俺のことをしっかり見守ってくれているみたいだ。


「メルリン、別に土下座までしてソファイリにお願いしなくても、俺が――」


 ――許可してあげようと思ったのだが、ソファイリの手に口を塞がれて、それ以上の言葉は紡がれなかった。


「フーン、黙ってなさい。この家はあたしが買ったのよ。あんたはただの居候。ここで口を出す権利はないわ。ねえ、メルリンさん。教えてくれる? あなたはあたしに何を提供してくれるの? まさかタダで住まわせろというわけじゃないでしょうね?」


「掃除と洗濯ができます!」


「そんなのあたしが魔法でできるわ」


「料理もできます!」


「ふーん。どんなのが作れるの? 言っとくけど、あたしはエルフだから料理に関してはとても口うるさいのよ? 特等品の野菜料理しか食べないんだから」


 いや、こいつ王都でもリフォニアでも普通に肉料理食べてたよね?

 普通に雑食だよね?

 何、言ってんの?


 もしかして、メルリンを試しているのか?


「精一杯、頑張ってお口に合うものを作ります! 他にもお手伝いできることがあれば、なんでも任せてください! この命以外なら、なんでも差し出せます!」


「……わかったわ、あなたの熱意は伝わった」


 怒涛の勢いに押されたのか、ソファイリはさっきまでの威圧的な口調をやめ、胸の下で組んでいた腕を解いて、右手をメルリンの前へ差し出した。


 ナイス、メルリン!

 どうやらソファイリは彼女の本気っぷりに屈したようだ。

 メルリンは顔を上げ、安堵の表情を浮かべてソファイリの手を取り――


「でも、どうしてそこまでしてここに住みたいの? それを教えてくれるまでは、本格的に信用できないわね」


「そ、それは……」


 メルリンが助けを求めるように俺の方を見てくる。

 いや、エスパーじゃあるまいし、メルリンがなぜここに住みたいかを俺が知ってるわけがないだろ。

 メルリンが適当に正直に答えればいいだけだ。


 心なしか戸惑っているメルリンを見ながら、ソファイリがニヤリと意地悪げな笑みを浮かべたような気がする。


「ふふふ、ごめんね。ちょっとからかいすぎたわ。ちょうど部屋が空いてるから、あんたはそこに住みなさい。今後はメルリンってそのまま呼んでも、いいわよね?」


「は、はい、大丈夫です! ありがとうございます、ソファイリ様!」


 メルリンはパッと天使のような笑顔を浮かべた。

 ああ、メルリン可愛いよメルリン。


「あたしのこともソファイリでいいわよ。あんたはここでは奴隷じゃなくて、同居人だからね。対等な関係よ」


「でも、居候させてもらっている身なので、そんな厚かましいことは……」


「ちゃんと料理とか掃除の仕事をしていたら、文句はないわよ。そっちの堂々とした乞食の二人にも、その謙虚さを見習ってほしいわ……」


 確かに。現状、俺は単なるヒモである。

 楽なんで、改善しようとは思わないけど。

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