76 ただいま、そしておかえり
大きすぎず、小さくもない。あまり特徴がない、懐かしい一軒家。
春なので、まだ実はついていない。多くの木々がそびえ立つ、懐かしいリンゴ農園。
あれに包まれて、拉致された思い出は忘れられない。洗濯物と共に吊るされている、懐かしいシート。
この場所の何もかもが、俺の記憶を優しく揺さぶる感慨深いものだった。
「すーっ、はーっ」
俺は深呼吸をしてから、トントンとドアをノックした。
誰が出迎えてくれるのだろうか?
メルリンかな? メルリンだよね? 絶対、メルリンだよな! わくわく!
カリアでも……まあ、今回だけは許してやるか。
「はいはい、どちら様かい……って、フーンじゃないかい!」
残念、ババアでした。
前と比べて特に老けた様子はなく、しっかり元気にしていたらしい。
もう割と年なんだし、そろそろくたばっても……じゃなくて、健康そうでなによりだ。
「なんだかやたらと賑やかになって、帰ってきたねぇ」
ソファイリ、セタニア、プラス二匹の愉快な仲間たちを興味深そうに眺めながら、ババアはほうほうと二回頷いた。
「ただいま、ヨムル様」
「はいはい、おかえり。おーい、お前たち! フーンが帰ってきたぞ!」
――ドタバタ、ドタバタ。
この慌ただしい足取りは間違いなくメルリンだ。
熟練のメルリンソムリエである俺なら音だけでわかる。
あー、メルリン可愛いよメルリン。
「フーンさん! おかえりなさ――」
メルリンは飛び出てくるとすぐさま俺に抱きつこうとしてきたが、一歩手前で急に真顔になり、ピタッと止まった。
そしてすたすたっとお淑やかに歩いてババアの後ろに周り、すました顔をこちら側へ向けてきた。
ど、どうしたんだ? なんか急に冷えた対応になったぞ。
後ろにいるソファイリが「へー、なるほど」と何かを察したかのような声を出した。
もしかして、あいつがメルリンを怖がらせたのか?
ありえるな。
初見だと、あいつのどぎつい眼はなんか悪魔とか宿ってそうに見えるし。
「でだね、フーン。このべっぴんさんたちは、誰なんだい?」
「八勇士仲間の人たちです。わけあって一緒に連れてきました」
「ふむふむ、なるほど。根性なしのあんただから、八勇士が嫌になって帰ってきたのかと思っていたが――」
ババアめ、やっぱり俺のことを見くびっていたんだな。
まあ、こっちだと食べ物美味しいし、命がけで挑まなければならない指令がくることもないし、帰りたくなってきていたのは事実だけど。
「見た所、何か込み入った事情があるみたいだね」
「はい、実は色々とややこしいことになっちゃってですね……。中に入って、少し落ち着いてから話してもいいですか?」
「ああ、もちろんだとも。メルリン、フーンとそこのお嬢ちゃんたちの分のお茶を用意しなさい」
「はい、畏まりました」
メルリンは事務的にそう言うと、くるりと踵を返して家の奥へ戻っていった。
ううぅ〜……。
ようやく訪れた念願の再会だったのに、まともに挨拶すらせずに終わってしまった。
メルリンはこの再会を、俺ほど喜んでいないのだろうか?
ちょっと悲しいかも。やばい泣きそう。ぐすん。
***
〜ヨムルの家 台所にて〜
「どどどど、どうしましょう!?」
「何をそんなに慌てているんだ……」
ティーポットを左手に、コップを右手に持ちながら、メルリンはくるくると何度も台所の中を早足で歩き回っている。
そんなおかしな様子のメルリンに対し、カリアは眉をひそめながら呆れのため息をついた。
「見ましたよね、さっきの!」
「ああ、フーンが帰ってきたな。あまり長居せずに、さっさと出て行って欲しいものだ」
「違いますよ……って、まあ、それもありますけど、後ろにいた女性たちを見ましたか!?」
「ああ、二人いたな。それがどうしたんだ? 八勇士にもなれば、いくらフーンでもバカな女の一人や二人は釣れるだろ」
「バカかどうかは知りませんが、二方ともめちゃくちゃ美人でしたよね!? 私もカリアも、彼女たちの足元にすら及びません。エルフの国のプリンセスだと言われても驚かない白銀の髪の美少女と、目を疑うダイナマイトボディのお姉さん美女ですよ!? うぇーん、もう私なんてお終いで……むぐぐ」
メルリンは今にも大声で泣き出しそうだったが、それはカリアが唐突にクロワッサンを彼女の口の中に突っ込むことによって阻まれた。
言葉でメルリンを慰める方法がなかなか思い浮かばない、不器用なカリアには、それが一番手っ取り早かったのだ。
「まあ、そのだな……。私も詳しいわけではないんだが、男は女の見た目じゃなくて中身に惚れるものなんじゃないのか?」
「でも、あれって絶対中身も負けてますよね!? 二人のあの貫禄を見ましたか!? あの二人も八勇士なんですよ!」
「まあ、そうかもしれんが……」
「どうすればいいんですか!!!」
「と、とりあえず、その真っ赤な泣きっ面をどうにかしたらどうだ? まだ負けたと決まったわけじゃない。だから、そんな諦めに満ちた顔をするのはやめろ」
「……そうですね。カリアの言う通り、まだ諦めるのには早すぎるのかもしれません。フーンさんの口からきっぱりと断られるまでは、頑張ってみるべきなんでしょうか」
メルリンは袖で顔から涙を拭い、パンパンと手で頬を叩いて自分に気合いを入れ直した。
これなら平然とした振舞いを保ったまま、お茶を出しに行けそうだ。
「ああ、頑張れ。指輪は付いていなかったし、まだ負けたと決まったわけじゃないだろ」
「確かにそうでしたね……って、カリアもフーンさんのことを意外とよく見ていたんですね? もしかして……」
「知らん! 黙れ! さっさと行け!」
カリアは顔を真っ赤にして、メルリンを台所から押し出した。




