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73 脱走

 俺、フーン! どこにでもいる普通の転移者!

 でもある時、成り行きで王様をうっかり殺しちゃって、反逆者となっちゃったからもう大変!

 しかも指名手配されちゃって!?

 一体俺、これからどうなっちゃうの〜!?!?!?


 とまあ、前章のあらすじでふざけるのはここまでとして――


 俺とソファイリは王都の警備隊の目を掻い潜り、命からがらチョボルの宿まで逃げてきたのだった。

 これから荷物をまとめ、急いでここから離れた場所へ逃亡する予定だ。


「なるべく、静かにしてね。チョボルに見つかったらややこしいことになるわ」


「そうだな」


「誰に見つかったら、ややこしいことになりやがるんですか?」


 宿の中に踏み込んだ瞬間、すぐさまチョボルの声が厨房から飛んできた。

 小声で話していたつもりだったのだが、チョボルの地獄耳は誤魔化せなかったみたいだ。


「何か慌てているみたいですね。どうかしやがったのですか?」


 手に持った本へ視線を落としたまま、てくてくとチョボルは厨房から出てきて、俺たちの前に姿を現した。


「い、いや。なんでもないぞ」


 人権、労働規制、普通の人間なら持っていそうな多少なりの良心。

 それら全部をガン無視できる、極悪非道なチョボルのことだ。

 こいつに事情が知られたら、間違いなく俺たちは王都の連中に売り渡されてしまうだろう。

 ここは悟られないように、さりげなく行動するのが良さそうだ。


「そうですか。なんでもないんですか……もしかして、帰りやがるんですか?」


「ぎくっ……あ、ああ。そんなところだ。八勇士としての使命は終わったらしいからな」


「八勇士は年間契約ですよ?」


「え、えっと……」


 ソファイリが俺の足を思いっきり踏んだ。

 何を言ってもボロを出すあんたは黙ってなさい、という意思が込められているのは明白だ。


「今回の任務はかなりの重労働だったから、王様にちょっと休暇をもらったのよ。だから、これからしばらくの間はここを離れるの」


「ふむふむ、なんだか嘘っぽいですが……まあ、帰りやがるのでしたら、どうぞご自由にですね。お前らが夜逃げしても、俺様は料理の手間がはぶけるだけだし損は出ません。王都の連中が困ろうと、知ったこっちゃないですしね」

 

 そう言って、チョボルは退屈そうにあくびをしてから、またまたてくてくと厨房の方へ戻っていった。

 なんだかよくわからないが、どうやら見逃してくれるみたいだ。


「ふう、助かったわ。じゃあ、あたしは自分の部屋のもの取ってくるから。準備ができたら宿の前で待ち合わせよ」


「おっけー、わかった」


 俺も自分の部屋にあるものをかき集めるか……と思ったが、所持品が一つもないことに気づいてやめた。

 貧乏はこういう時に得だな。いつでも引っ越せる。


 あっ、だがちょっと待てよ。

 あいつのことをすっかり忘れていた。

 俺は宿の外に出て、庭の隅にある小屋へ向かった。


「おーい、俺だぞ。出てこいスケトン」


「ドヒ、ドヒン!」


 名前で呼びかけると、嬉々と尻尾を振りながらロバのスケトンが小屋の奥から飛び出てきた。

 飼い始めた頃はガイコツのようにやせ細っていたので、スケルトンからルを抜いたスケトンという名前をつけたのだが、最近は丸々と豚のように太ってきている。

 どっちかというとスケ豚になってしまっていた。

 おそらく、いつも何もせずに小屋の中でダラダラしていたせいで、運動不足になってしまったのだろう。

 やはりペットは飼い主に似るらしい。


「俺はこれからここを出る。お前も一緒に行くか?」


「ドヒ、ドヒヒ!」


 理解しているのかどうかはよくわからないが、とにかくものすごく嬉しそうだ。

 久々に俺に会えて喜んでいるのだろう。


 しかし……よく考えてみると、俺にこいつを連れて行く余裕はあるのか?

 どこへ行くのかわからない上に、こいつに餌を買う余分なお金もない。

 もしかしたら、置いていってチョボルに世話をしてもらった方が、こいつにとって幸せなのかもしれない。


「こんなところで何してるのよ……。宿の前で待ち合わせって言ったでしょ」


「お、早いな」


貯蔵箱(アイテムボックス)に突っ込むだけで終わるから簡単よ。あんたも、何か入れたいものある?」


「いや、特には……そうだ! ソファイリ、スケトンを貯蔵箱(アイテムボックス)に入れてもいいか?」


「えー……」


 ソファイリはスケトンに対して、明らかに嫌そうな表情を浮かべた。

 失礼なやつだ。俺の心の友にそんな不躾な態度を取るとは許せん。


「あたしの家具が汚れるかもしれないじゃない」


「大丈夫だ。スケトンは見た目は汚いが、とっても綺麗好きなんだぞ。な、スケトン!」


「ブヒン、ブヒン!」


 スケトンはぺっと唾を自分の蹄に吐き、キュッキュっとソファイリの靴でそれを拭いとった。

 うんうん、綺麗好きなのを証明しようとしたんだよな。

 いい子だぞ、スケトン。


 ――今のは完全に逆効果だけど。


 ソファイリの嫌そうな顔が、誰かを殺しそうな顔にグレードアップしている。


「そうね……。じゃあ、誰かさんに習って、石化してから貯蔵箱(アイテムボックス)に入れておきましょ。それなら汚れないし」


「ブヒヒヒン!?」


 耳をぱたっと閉じ、ライオンにでも襲われたかのような悲鳴を上げ、スケトンは逃げるように藁の山の中に頭から突っ込んでいった。


「そこまでする必要はなくないか? かわいそうだろ」


「別にいいでしょ。全体が石化しなかったら死なないのは、あたしで実証済みなんだし」


 それを言われてしまうと……まあ、反論できないよな。

 俺はスケトンに心の中で謝りながら、ソファイリに彼の身を任せることにした。

 やっぱ、俺のこんな可愛い相棒を置いてはいけないしな。


 そう、スケトンは飼い主である俺が、責任を持って連れていかなければならない。

 だがこいつは――


「なあ、ソファイリ」


「何?」


「そもそも、ソファイリは俺と一緒に逃げる必要はあるのか? 王様を殺したのは俺なんだから、お前まで危険なことに巻き込まれる必要はないだろ」


「何を今更……。あんたを王都から逃がすのに加担したんだから、あたしもあんたの仲間と思われているはずよ。だから、あたしも逃げないといけないわ」


「でも、別にこれから先も俺と一緒に行動する必要はなくないか?」


 一緒に逃げればリフォニア城の時のように、俺の非力さのせいで彼女にあらぬ迷惑をかけてしまうかもしれない。

 だから、被害を増やさないように、俺は一人で逃げるべきだ。

 この問題は俺一人で解決するべきだ。


「あんたが一人でここから無事に逃げられるわけがないでしょ。あたしはね、ちゃんと最後まで面倒をみる主義なの。だから、ついて行くわ」


「だから、俺は一人でも大丈夫だっ――痛てっ!」


 強烈なデコピンが額に突き刺さった。


「あんたがそう思っていても、あたしは安心できないのよ。どこか安全な場所へ送り届けて、満足できるまでは意地でも同行するわよ」


「……拒否権はないのか?」


「ないわ。諦めなさい。というわけで、どこかにあんたの味方になってくれそうな人がいる場所ってないの? 家族とか、知り合いとかがいる、あんたの故郷ってどこにあるのよ? そういう場所なら、事態が落ち着くまで隠れられるでしょ」


 故郷か。

 日本に帰るのは……無理だよな。

 まあ、色々とやらかしてからこちらへ来たので、あまり帰りたくないのもあるし、とくに問題はない。

 それに今の俺の故郷はバリーだ。

 ババアなら俺を匿ってくれるだろうし、一旦そこへ帰るのは選択肢としてありかもしれない。


「ここから南の方にあるバリーって場所だ。そこに俺の知り合いが何人かいる」


「うわっ、遠いわね。馬車が必要よ。困ったわね。馬車を借りるには王都へ行く必要があるけど、あたしたちがしたことはもう多分、王都中に知れ渡っているし……。誰かに代行人になってもらって、馬車を借りてもらえればどうにかなるんだけど」


 つまり王都にいる、信用できる内通者が必要だということか。

 俺の知り合いの中にそんなやつは果たしているのだろうか。

 うーんと考え込むと、すぐさまキラピカーンとアイデアが浮かび上がり、さらにキラピカーンと脳内に姿を思い浮かべたその人物の頭部が光った。


「それなら手伝ってくれそうな人がいるぞ」



***



〜チョボルの宿にて〜


「あーあー。とうとうボロがでやがったみたいですね。八勇士は今年で最後ですか……」


 チョボルは虚ろなまなこで天井を見上げ、ポツリと独り言を呟いた。

 彼はフーンとソファイリの気配が敷地内からなくなるの待ち、手に持っていた本をパタンと閉じて机に置くと、ゆらゆらと屋敷の壁を突き抜けて森の方へ動き出した。


「あいつは救い用がない馬鹿ですが……たまにはああいう人間が損をするのではなく、悪人の方が馬鹿を見るのもいいんじゃねーですかね。どうせ昔ほど人類は必死に生きていませんし、素直で適当な人が報われる世界の方が面白そうですしね」


 風にゆられながら、どんどん森の奥へとチョボルの体が流されるように進む。

 そして、しばらくすると彼は目的地にたどり着いたのか、地面に降り立った。


 その場所は彼が毎朝いつも例外なく目覚める場所、クレイの木の下だった。

 チョボルはクレイの木の根に手をやり、眼を閉じて何かとても尊いものを思い出しているかのような、柔らかい表情を浮かべた。


「そんな世界なら俺様たちも、もっと楽しく生きられたかもしれませんね。そう思いませんか、ママ?」

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