72 王の褒美
~アーマイン王宮にて~
「ああ!!! 腹立たしいの! なぜマチルダが、本当に奴らに攫われていたんだの! あれは八勇士を騙すための嘘じゃなかったのかの? 意味がわからんの! ずっとここにおったのではないのかの?」
「そ、それが、いつのまにか替え玉と入れ替わっていたらしく、しばらく行方をくらませていたのですが……」
「なぜ、早急に知らせなかったんだの!」
「へ、陛下の逆鱗に触れてしまうのを恐れて、誰も口にできなかったのでしょう」
「じゃあ、いまここでお前に責任を取らせてやるの!」
「で、ですが、陛下! 私はつい最近まで姫様の消失については、まったく知らされておらず……」
「ええい! 腹立たしい! わしはこの怒りの矛先を誰に向ければいいんだの! ああ、イライラする……ん?」
何かおもしろいことに気づいたのか、王様はにんまりと薄汚い笑みを浮かべた。
「腹いせに八勇士どもをまとめて皆殺しにしてやるんだの!」
「で、ですが、陛下。彼らの功績はすでに民の間で噂になっており、完全に英雄扱いになっているので……」
「むむう……。わしの評判が落ちるのは困るの。どうにか民の目を欺いて殺す方法は……そうだの! いい案を思いついたんだの」
「陛下、そのいい案とは?」
「奴らにとんでもない冒涜を犯させるんだの! そして犯罪者に仕立てあげればいいんだの! そうすれば、奴らを殺しても民は怒らないんだの!」
「陛下、それはどのようなご算段で?」
「これだの、これ! この爆撃用のマジックアイテムを使うんだの」
王様は袖の中から手際よく大きな水晶を取り出した。
「あらかじめ爆発の座標を街の中に設定してと……」
カチカチと表面に王様が触ると、水晶は赤い輝きを放ち始めた。
「これを奴らに渡し、騙して大衆の前で使わせるんだの。間違いなく大惨事になるんだの! これはおもしろくなるの、ふははははあ!」
狂人のように笑い転げる王様を眺めながら、イグニー閣下は冷や汗を浮かべた。
「へ、陛下、それはさすがに……」
「うるさい、うるさい! わしはお怒りなんだの! この程度のストレス発散は許されるんだの! それとも貴様はわしに文句があるんだの? もしそうなのであれば、今ここでそれをわしに申すんだの。まあ、もし文句を告げたら、貴様の命は――」
「いえいえ、文句などさらさらありませんよ。ははは」
***
「皆の衆、道を開けよ! 八勇士のお通りだ!」
長い旅もようやく終わり、やっとアーマインに戻ってきた。
今にも倒れそうな疲労状態で宿につくと、チョボルに王都からの呼び出しがあると言われたのでしぶしぶ王都まで歩いてきたら、盛大な出迎えが俺たちを待っていた。
どうやら俺たちは姫様を助けた成果を称えられ、王都じゅうに英雄として知り渡ったらしい。
「すっげーな、これ……。さすが王都だぜ」
アムルが絶句するのも頷ける。
門から王宮までの道にレッドカーペットが敷かれていたのだ。
これを実現するためには、いったいどれほどの費用がかかったのだろうか。
少なくとも、俺の時給では一生かかっても無理な額なのは確かだ。
「八勇士様、どうぞこちらへ」
兵士の言葉に甘え、俺たちはカーペットの上を進み始めた。
「すごい数の観客ね。どうも落ち着かないわ……」
ソファイリは若干キョどり気味に左右を交互に見返している。
それに関しては俺も同感だ。
これまで俺たちが受けてきたお粗末な扱いとギャップがありすぎる。
小心者な俺には森で密かに暮らす方が断然似合っているし、気楽なんだよ。
「フーン殿、顔色が悪いみたいだが大丈夫か?」
むむむ、どうやら俺の狼狽は顔にはっきりと出ていたらしい。
「ああ、大丈夫だよ。慣れない環境に体がちょっと戸惑っているだけだ 。しばらくすればマシになるよ」
「フーン殿、一度深い深呼吸をしてみるのはどうだろうか。心を落ち着かせるにはそれが一番だぞ」
ふむ、深呼吸か。
やってみる価値はありそうなので、ゴーサルのアドバイスに従ってすーはーと肺を換気してみたが……あんまり効果は感じられないな。
とりあえず急いで王宮まで行こう。
そうすれば、この人混みからは逃れられる。
***
「ようこそだの、八勇士の諸君」
王宮についたら出てきたのは丸々と太った豚だった。
いやいや、ちょっと待てよ……よく見てみたら二本足で立ってるし人間だな。
失敬、失敬。
「おい、フーンとセタニア! 頭を下げろ、失礼だろ!」
「え、どうして……?」
なぜかはよくわからないが、アムルたちはやたらと畏まった姿勢を取っている。
「構わんだの、構わんだの。貴殿も頭をあげていいんだのよ。なにせ諸君らはわしの友だからの」
おそるおそる頭を上げるアムル、ゴーサル、ソファイリの三人。
どうもかなり緊張しているみたいだ。
「モーラノイ、あれだれ?」
ひそひそと耳の中に囁いてきたセタニアは俺と同じくきょとんとしている。
マジで誰なんだ、あれ。
そんな困惑状態の俺たちに気づいたソファイリはてくてくとこっちへ寄り、耳に刺さる高めのひそひそ声で状況を説明してくれた。
「ちょっと、あんたたち! 不勉強にもほどがあるでしょ! 自国の王も知らないの!?」
「え? マジで……」
まさか家畜だと思っていたものが、王様だったとは……。
心の声が読まれていたら、俺は間違いなく殺されていたな。
「ごごごごごおおおほのおおん!!!」
断末魔か咳払いなのかはっきりしない、奇妙な声を上げる豚……じゃなくて王様。
「というわけで、諸君。わしは諸君らに褒美を遣わすためにここへ呼んだんだの。さっそく渡すから代表をこっちへ出すんだの」
代表?
一番それっぽいのはカーンだけど、あいつはどこかへ消えちゃったし――俺はちらっとソファイリの方を見てみた。
すると、ギロリとにらみ返された。
じゃあ――くるっとゴーサルの方へ振り向く。
すると、うむうむと微笑みを返された。
となると――くいっとセタニアの方へ首を回す。
ううっ、キラキラとした瞳で俺のことを眺めている……。
どうやら俺が代表になるしかないみたいだな。
遠い遥か彼方の大地から「おい、俺っちは!?」という声が聞こえるような気がするが、おそらく空耳だろう。
――スタッ。
おっ、ミンが姿を現した。
俺の代わりに代表になってくれるのか?
「命をかけて戦ってきた……。でも、これはふざけた茶番……」
何やら相当怒っているご様子だ。
俺以外の連中には見えていないらしく、誰も前へ踏み出したミンに注目していない。
「どうかしたのか、ミン?」
「……殺す」
ぼそっと物騒な一言を告げ、ミンは弓を王様の脳天に向けて構えた。
「って! おい!」
俺はとっさに彼女に飛びつき、弓を引く腕を全力で妨害する。
「落ち着けよ! 何をそんなに怒っているのかはよくわからんが、その怒りの矛先をあいつに向けるのはおかしいだろ」
「おかしくない、妥当。ことの全貌を知っていれば……」
「ことの全貌って、いったいなんのことだよ!」
地面の上に共に倒れこみ、俺とミンは取っ組み合いを始めた。
理由はわからないが、どうやらこいつは本気で王様を殺す気らしい。
ややこしいことになってしまう前に止めておかないと。
「おい、貴様! ごろごろと犬みたいに転がって何をやってるんだの! さっさと受け取るんだの!」
「えっ、あっ、は――」
――バジューン!!!
「はい」と言おうとしたのだが、それは急に光り出した俺のネックレスと、突然に鳴った爆音に遮断された。
「う~ん……」
ううっ、周りが全部真っ白に見える。
さっきの光に目をやられたみたいだ。
「あれ?」
ごしごしとまぶたを擦ると視界は少し回復し、周りは普通に見えるようになったのだが、なぜか王様の頭の部分だけが未だに真っ白である。
まるでそこだけを隠すために、不自然な光が照らされているみたいだ。
「……………………」
そういえば、周りの使用人たちがだいぶ静かになってるな。
さっきまではあれほど騒がしい歓声をあげていたのに。
いったい何が起きたんだ?
「フ、フーン……、あんた……」
ソファイリの動揺した声が聞こえる。
――バタン。
王様がばたんと後ろ向きに倒れた。
「は、は、は、反逆者だ! ひっとらえろ!!!」
は、反逆者だって!?
まさかミンのことか?
けれど、彼女の姿は誰にも見えないはずだ。
「フーン、立って!」
「えっ、あっ、はい!」
「テレ――」
ちょっ……!
ソファイリがいきなり俺に抱きついてきたぞ。
う、嬉しいけど、今はそんなことをしている場合じゃ――
「――ポーテーション!」
周りの景色が一変した。
ここは……王宮のすぐ外か。
「すぐに逃げるわよ!」
緊迫した表情でこちらを見ながら、俺の腕を引っ張るソファイリ。
何をそんなに慌てているんだ?
「ど、どうして?」
「あんたが王様を殺したからよ!」
というわけで、第二章は無事に完結しました! とんでもない終わり方になってしまいましたが、フーンの八勇士としての冒険は間違いなくここで終わりなので、切りどころとしてはここしかなかったという感じです。
二章は一章と比較して、ストーリー性を強めるつもりで挑みましたが如何でしたでしょうか? もし「X章の方がここがよかった」とか「X章のここがダメだった」みたいな意見がありましたら、今後の展開の参考になるので感想などで伝えてくれると助かります。私は叩いても褒めても伸びる人間でありたいと考えているので、どんな意見でも大歓迎です!(←どうしても感想が欲しい構ってちゃん)
三章のストックは着々とたまりつつありますが……リアルがちょっと落ち着くまで、しばらく休載させていただきます。申し訳ございません。
それでは……えーっと、言いたいことは全部言えた気がするので、最後にここまで読んでくださった読者方に感謝の言葉を送らせてください!
本当にありがとうございました!




