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69 リフォニア城 その6

「フーン、あたしを置いて逃げて……」


 苦しそうに呼吸しながら、ソファイリは俺にそう要求してくる。


「そんなことができるわけないだろ!」


「残りの魔力を全部使って、あたしたちの時間を早めたの。周りの人たちの百倍の速度で動けるはずよ。あんたがこの城から出るまでなら、あたしの魔力がギリギリ保つはず。逃げるのなら今しかないの」


「バカか。無防備な仲間を置いていけるわけないだろ。俺がソファイリを担ぐよ、一緒に逃げよう」


「……嬉しいけど、あんたにはあたしを担いで逃げれるほどの体力なんてないでしょ」


 ううっ……た、確かにその通りだ。

 自分の無力さが恥ずかしい。


「それに、あたしはどうせもうすぐ死ぬわ。石化が心臓まで届いたらそこで終わりよ」


 彼女の腕はもうほとんどが灰色に侵食されている。

 胸に届くまで、もう10分もなさそうだ。


「何か方法はないのか? 石化を解く魔法とか」


「無理よ。時魔術を使って時間を逆行させるぐらいしか対処方法はないわ。でも、それには数十人の熟練した時魔導師が必要よ」


「で、でも……」


「あきらめなさい。今ならまだあんただけは助かるわ」


 今にも死にそうだというのに、彼女は真剣な眼差しで俺のことを心配してくれている。

 

 ……全部俺のせいだ。

 俺みたいな役立たずが八勇士になったのが間違いだったのだ。

 確かにラックがあるから俺の身の安全は絶対に守られる。

 不死身といっても差し支えのない体質だ。


 だが――守れるのはあくまで俺自身だけであって、俺の仲間たちではない。

 アーマイン最強の八人が共同して戦うはずだったのに、敵勢を相手に余裕で無双できていたはずなのに、俺が足を引っ張ったせいでみんな散ってしまった。


 俺が戦える術を持っていれば、カーンとミンを置き去りにする必要はなかった。

 俺が魔法を使えていれば、ソファイリに戦闘を任せっきりにしなくてすんだ。

 きっとアムルたちとはぐれてしまったのも、間接的に俺の責任なんだ。


 この悲惨な結末は俺の無力さが招いた、単なる自業自得。

 なぜソファイリは、そんなゴミのような俺が逃げ延びるべきだというのだろうか。

 なぜゴミのような俺を救おうとしてくれる優しい子が死ななければならないのか。

 なぜ――


『くどいですよ、浮雲さん』


『だから空気読めよ、お前!』


 ほんのちょびっと、わずかにでもなんちゃってシリアスをやろうとすると、呼んでもいないのにすぐに文句をつけてくる。

 ゲームみたいな世界なんだし、こいつを消すオプションはどっかについてないのか?


『その雰囲気は浮雲さんには似合わないんですよね。普段からテキトーすぎる生き方をしているので 、反省しているようにはまるで聞こえません』


『あのなぁ……』


『そんなつまらない世迷言より、助かる方法を考える方が建設的なのでは?』


『助かる方法なんてあるわけないだろ。俺の数十倍のマインドを持っているソファイリにすら思いつかなかったんだ』


『そうですかね。わたしには答えが見えていますよ』


『答え?』


『ソファイリさんは浮雲さんを助けなければという思考に囚われているんですよ。だから最後の魔力を浮雲さんのために使ったのです。ですが浮雲さんは別に時を早めてもらわなくても、ひょいひょい躱しながら逃げられますよね?』


『それが、どうしたんだよ?』


『つまりソファイリさんが時魔術を使わなくても、浮雲さんは大丈夫だということですよ』


『でも、そうしてもソファイリは助からないだろ!』


『浮雲さん、彼女のベルトポーチの中身を確認してください』


『何か使えるものがあるのか?』


 とりあえずベルディーの提案に乗ってみることにしよう。

 俺には何も思いつかないし。


「ソファイリ、ちょっとそれを確認するぞ」


「何をやってるのよ! 時間がないのよ、早く逃げて!」


 必死に俺を説得しようとソファイリは怒鳴り続けるが、無視して右手を彼女が腰にまとっているベルトポーチに突っ込む。

 腕が石化しているので物理的に抵抗することはかなわず、ソファイリは不服そうに俺を睨んでいる。

 ええっと中には……小さな黒い箱。貯蔵箱(アイテムボックス)か。


『この中に何か役に立つものが入っているのか?』


『う~ん、近いですね』


『ベルディー、教えてくれ! 時間がないんだ!』


『それですよ、フーンさん。時間です』


『時間?』


『貯蔵庫に入れた食べ物が腐らないのは、なぜでしたっけ?』


『クイズ大会をやってる場合じゃないんだよ!』


『いいから、答えてください』


『……中では時の流れが遅くなっているからだよな』


 確かずっと前にメルリンが教えてくれたことだ。

 だが、その情報が現在の状況を打開するために必要なものだとは思えない。


『はい、その通りです。そして貯蔵箱(アイテムボックス)は貯蔵庫の小型版ですよね。同じ仕様のはずです。浮雲さんの隣には時間さえ止まってくれれば、助かりそうな人がいますよね?』


『俺の隣にそんな人がいるのか? ベルディー、そいつは誰なんだ? 教えてくれ!』


『……浮雲さん、選択肢を二つあげましょう。一つ目の選択肢はここで腹踊りをする。二つ目の選択肢はソファイリさんを貯蔵箱(アイテムボックス)に入れる。さあ、どちらにしますか?』


『ま、迷うな』


 い、いったいどちらが正解なんだ?

 こ、こいつめ……。

 地球での二択問題に数々のトラウマを植え付けられてきた俺に、なんてひどい質問をするのだ。


『……問題を変えましょう。一つ目の選択肢は二つ目の選択肢を選ぶ。二つ目の選択肢はソファイリさんを貯蔵箱(アイテムボックス)に入れて彼女の命を繋ぎとめる。どちらにしますか?』


 な、なんだと?

 それではどちらを選んでも俺が取る行動が同じになってしまうではないか。

 もしかして、これはひっかけ問題というやつなのか?

 ……くっ、だがもう時間がない。

 ラックに全てを任せてどちらかを適当に選ぶしかない。


『り……貯蔵箱(アイテムボックス)にソファイリを入れて彼女の命を繋ぎとめるぞ!』


『ビンゴですよ。大当たり。わー、すごいすごい』


 よっしゃー!

 心なしかベルディーがあまり感心していないような気がするが、まあいいや。


「ソファイリ、今すぐ貯蔵庫(アイテムボックス)の中にお前を入れる!」


 俺は急いで正解の選択肢をソファイリに伝えたのだが、彼女は「??? 何言ってんのこのバカ?」的な表情を返しただけだった。


「どんな大きさのものでも、大丈夫なんだろ?」


「まあ、確かにそうだけど……。確かにこの中は時間の流れが遅いから、石化をせき止めることができるけど……。中に入ったら、時魔術を使い続けることができなくなるわ。あんたが敵に殺されちゃうじゃない。誰かがこのアイテムボックスを時魔術師のもとまで持っていってくれなければならないから、結果的にあたしも助からないわ」


「俺の心配はしなくても大丈夫だ。気合いと運でなんとかする」


 運が99パーセントだけどな。


「そんな分の悪い賭けじゃない、あんただけでも確実に助かる方法があるのよ? どうしてそこまでして、あたしを助けようとするの?」


 しつこいなあ。

 ソファイリが仲間思いなのはひしひしと伝わってくるが、それは俺だって同じだ。

 俺は彼女を助けたいのだ。


「仲間を助けようとするのは当たり前だろ!」


「で、でも……あたしもあんたも助からなかったら元も子も……」


 意地でも俺だけを確実に助けようとしている。

 ならば、こちらも絶対に引かない覚悟だと伝えてやらなければならない。


「まあ実を言うと、お前を助けたい本当の理由は、お前を見捨てた後に平然と生きていけるほど、俺のメンタルが強くないからだ。多分、罪悪感で死ねる。だから俺を助けるために、俺に助けられてくれないか?」


 我ながらツンデレ染みたセリフだが、まあこっちの意図は伝わるだろう。


「……意地でもあたしを置いて逃げる気はないみたいね。でも、あんたには敵と戦える力はないのよ? あたしの魔法なしに、どうやってここから出るのよ?」


 あと一押しでいけそうだ。


「心配するな。多分どうにかなる」


「多分って……」


 どうにか言いくるめることができそうだ。

 彼女の表情が諦めに近くなっている。

 そろそろ聞き分けが悪い俺にうんざりしてくるはず。


「はぁー……」


 ソファイリは長い歎息をついた。


「もう……。無駄に喋っていたから、あんたを外に逃がすための魔力が足りなくなっちゃったわ」


「よし! じゃあ、あとは俺に任せてくれるんだよな?」


 説得に成功したみたいだ。


「いつもはあんなにだらけているのに、今だけはやたらと強情ね。いいわよ。あたしの命、あんたに授けるわ。貯蔵箱(アイテムボックス)の蓋を開いてくれる?」


 全面が同じ見た目をしているので、どれが蓋なのか少し迷ったが、適当な面を引っ張ってみたらパカッと簡単に開いた。


「頼んだわよ、フーン」


「任せてくれ!」


 俺は張り切ってそう宣言し、どんと胸を叩いた。

 なんか今の俺って、かなり主人公っぽくない?

 やばい、自分に惚れてしまいそう。


「不思議ね。今のあんたはやけに頼り甲斐がありそうに見えるわ。ちょっとかっこいいかも」


 ……?


 い、今のは俺の妄想か?

 ソファイリが俺のことを褒めていたような気がするんだが。

 しかも、かっこいいって……。


 いや、まさかそんなはずはないよな。

 俺みたいな無能にそんなことを言うはずがない。

 さっき自惚れていたせいで、「やけに頼りないガーリー小僧」とか「ちょっときもいかも」とでも言ったのを、俺の願望という名のフィルターが変換したのだろう。

 聞き間違いに決まっている。


「え、なんだって?」


 悪口は聞こえなかったふりをするのが一番。

 これは地球で得た教訓だ。

 つっかかって言い返したりでもしたら、どんな目に遭わされるかわからないからな。


「……なんでもいいから、早くその箱にあたしを押し込んで」


 よくわからんがソファイリはふくれっ面になって、こちらを睨んでいる。

 そんなに俺のことが嫌いなの……。

 まあ、俺も俺のことが割と嫌いなのでわからなくはない。

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