68 リフォニア城 その5
走るのを諦め、歩きながら逃げ始めてから十分後。
なんとか次のフロアまでたどり着けたものの――
「も、もう無理……」
「はぁー……。しかたないわね」
ソファイリは俺の腕を掴み、のろのろと移動する俺を引きずりながら適当な部屋に入った。
「装備解除」
呪文が唱えられると、ソファイリが着ていたネックレスは青い輝きを放ち始める。
そしてゆっくりと浮遊して彼女の首から離れ、俺の手元にぽとりと落ちて輝きを失った。
「それをあげるわ」
むむ、これはいったいなんなのだろうか。
小さな白いビーズが何十粒も繋げられたシンプルな外見のネックレス。
呪文に反応して輝いていたので、おそらくマジックアイテムなのだろう。
今、ここでこれを渡してくれたということは、きっと――
「これを着たら疲労が回復するんだよな」
「しないわよ」
じゃあ――
「足が速くなるんだろ?」
「ならないわよ」
となると――
「好きなだけ瞬間移動できるんだろ?」
「そんなものがあったら、あたしが欲しいわ」
なんか役に立ちそうにないんだけど……。
「これって、なんに使うんだ?」
「身を守るために使うものよ。それには高密度の魔力が込められていて、解き放てばどんなに大きな魔獣でも簡単に瞬殺できる威力の砲撃を放てるの」
百均で売ってそうな見かけによらず、物騒なネックレスだ。
「でも、一回しか使えないし、ものすごく珍しい魔石をたくさん集めないと作れないから、いざという時以外は使わないでくれると助かるわ」
「ああ、わかった。でも、そのいざという時は、どうやってこれを使えばいいんだ?」
「まずはそれを装着で身につけて――」
「えくいっぷ?」
オウムのようにそう返すと、ネックレスが再び輝き始めた。
えくいっぷとかいう、ホイップみたいなおいしそうな言葉は起動の呪文だったらしい。
「ちょっと待ちなさいよ! まだ説明が終わってないわ!」
「は?」
焦っているのかソファイリがやけに早口なので、イマイチ何を言ったのかが聞き取れなかった。
『パスフレーズ、セッテイカンリョウ。エクイップモード、アクティベート』
うお、なんかネックレスが喋った。
マジックアイテムなのにハイテクだな!
「あれ? ソファイリ?」
ソファイリはあんぐりと口を開いて、惚けたように立ち尽くしている。
「大丈夫か?」
「全然、大丈夫じゃないわよ! 今後一切、『は』って言わないように気をつけないと――」
「h……んむごむがぁ……」
何を言っているのか、わけがわからないので「は?」と聞こうとしたら、なぜかソファイリに口を無理やり両手で塞がれてしまった。
「あんたはそのネックレスの起動ワードを『は』に設定したのよ。あんたが『は』と言った瞬間、それの魔力は一気に放出されるわ。絶対に言わないように気をつけなさい」
なんだか、ややこしいことになってしまったみたいだ。
「ちなみに、ため息もくしゃみも一切禁止よ」
「いや、それは無理だろ……」
こんなにやばいものを装備し続けるのは嫌なので、脱ごうとネックレスを引っ張ってみるが、肌にぴったりとくっついていて離れない。
無理やり引き離したら、皮まで取れてしまいそうだ。
「これ、取れないのか?」
「呪われた装備だから、最低でも一日は経過しないと取り外せないわよ」
「h……むごぐがぁむむん!?」
危ない、危ない。
ソファイリのタイムリーな口塞ぎのおかげで助かった。
「なんで、そんな物騒なものを俺に渡したんだよ!」
「あんたを守るためよ。このままあんたを連れて行っても足手まといになるだけだし、ここに隠れてあたしが戻ってくるまで待っていて欲しいの。でも、あんたは一人じゃ戦えないから、待っている間に敵に襲撃されても身を守れるようにそれを渡したのよ」
そうだったのか。
ならば、しかたがない。
どうにか「は」を使わずに一日を乗り越えるしかなさそうだ。
「わかった。俺はこれから一切h……むごがぁわわわ!?」
「今、言おうとしたでしょ!」
「言わないことを誓おうとしただけだぞ。それは別に問題ないだろ」
「だから、その誓いの中で『は』って言いかけたじゃない!」
「ああもう、わかったわかった。気をつけるよ。俺はこれよりh……ぼふぉう!?」
今度はストレートパンチを頰にくらった。
俺、何か悪い事したか?
「わざとやってるでしょ!」
「何をだよ!」
俺はただ「は」と言ってはいけないことを忘れないために、その誓いを口にしておこうと思っただけなのに。
暴力女に抗議するために口を開こうとすると、ソファイリは人差し指を自分に口を当てながらしーっと囁いた。
「……誰かが近くにいるわ」
「また、おっさんか?」
俺はひそひそ声でそう言った。
「かもしれない。この部屋の前を何度もうろうろと通り過ぎているわ。鑑定を使ってこちらの 居場所を見つけたみたいね。錯乱魔法を使っているから、正確な位置はまだ割り出されていないと思うけど、見つかってしまうのも時間の問題ね。袋のネズミになってしまうまえに、こちらから仕掛けるわよ 」
差し足、抜き足、しのび足。
俺たちは扉のすぐ後ろまでたどり着いた。
「どの部屋に入るのか迷っているみたい。今が仕留めるチャンスよ」
ソファイリはぶつぶつと静かに呪文を呟きながら、魔力を両手に集めだした。
「あんたは戦いが終わるまで、そこで待ってなさいよ」
「了解」
言われなくても、もちろんそうするつもりだ。
自慢じゃないけど、俺には戦いに飛び込めるような勇気はないからな。
君子危うきに近寄らずというやつだ。
俺の返事を聞くとソファイリはすーっと息を吸い込み、扉を足で蹴り開けて廊下へと飛び出ていった。
「ファイアーボール!」
「うげゃー!」
男の悲鳴だ。
そして、それが鳴り止むと部屋の外は静寂に包まれた。
ソファイリが勝ったのだろうか?
気になったので、ひょっこりと扉から頭を出して確認してみると、そこには黒い布で包まれた人間が床に転がっていた。
おそらく丸焦げになった死体なのだろうが、俺の規制スキルのおかげで体がみるみると灰になっていくように見える。
「やったな、ソファイリ!」
安全そうなので、俺は部屋から出て彼女のそばへ向かった。
「待って、フーン! まだ、もう一人――」
え?
――ヒュン!
風を切る針の音。
――ドス!
ぶつけられた痛みを腕に感じ、視界が急に揺れ、俺は床に尻餅をついた。
ソファイリに突き飛ばされたおかげで、どうにか針を避ける事ができたみたいだ。
「ありがとう、おかげで助か……」
俺の上に倒れているソファイリの姿を見て思わず絶句してしまった。
彼女の腕には例の針が刺さっており、その周辺の肌が汚いねずみ色に染まっていたのだ。
元凶の針を急いで抜こうと手を伸ばしたが――
「触ったらダメよ!」
――と言われて思いとどまった。
だが、その拍子に俺の手は彼女の肌に触れた。
やすりのようにざらざらしている、そして凍っているかのように硬い。
これは灰色に染まっているだけではないな。
彼女の体は石化しているのだ。




