67 リフォニア城 その4
階段を登った先は、またもや長い廊下だった。
次の階段はおそらくこの廊下のもっとも奥にあるのだろう。
RPGダンジョン式に建てられた、階層を行き来するのが異常なほどに不便な城だ。
上の階に住んでいる連中は、この明らかに欠陥のある構造に気づかないのだろうか。
『階層ごとにフロアボスとかが出てきそうだな』
『出しますか?』
『いや、別に出てきてほしくはない。余計なことはするなよ、ベルディー』
『出した方が面白くなると思いますけどね』
二階を突破。続いて三階。そして、四階。
『どこまで続くんだよ、これ』
『十階までありますよ』
『うぇ……』
登りきる前に体力が底を尽きそうだ。
「なあ、今日はここら辺で野宿しないか……」
「人の気配がするわ。人数は一人。静かにして」
ソファイリは俺のどうでもいい発言を無視して、さっと手を俺の口の前にかざした。
「さっきの見えない敵か?」
「同じ連中かどうかまではわからないわ。でも、その可能性が高そうね」
あの針投げNINJAが追いついてきたとなると、それはカーンとミンがやられたことを意味するのかもしれない。
或いはカーンとミンがあいつらを全員まとめて止めることができず、運良くそこを突破できた一人が、俺たちを追ってきているのかもしれない。
「でも、一人ならソファイリの魔法で簡単に倒せそうだな」
「……いえ、かなり不利よ。あたしが魔法弾を貯めて発射できるまでの時間より、奴らが針を打つまでにかかる時間の方が格段に短いし、敵は姿をくらます装備をしているから、命中率も向こうが有利。そして、一発でも当たったらお陀仏なのは双方同様」
「ということは、かなりまずいんじゃないか……」
「あたしが結界を張ってこちらを攻撃から防いでいる間に、あんたが敵を倒してくれたらいいんだけど……無理よね」
「はい、無理です」
俺が躊躇なくそう断言すると、ソファイリはため息をついた。
「とりあえず、待ち伏せするしかないわね。敵が現れる瞬間と位置を推測して、そのタイミングで魔法弾を放てるようにあらかじめ貯めておく。そして、敵が反応できる前に一撃で仕留める。うん、それしかないわ」
俺たちは五階への階段を登り、上がってくる人間のちょうど死角に入る隅の位置に陣取った。
「あとはタイミング良く敵を攻撃するだけね」
「それなら俺に任してくれ。そういうことには自信があるんだ」
「あんたのそういう自信っていったいどこから湧いてくるのよ……。いつもぼけーっとしてるくせに、こういう時だけ勘が鋭くなる理由がわからないわ」
「まあまあ、細かいことは気にするな。出てくると思ったら声をあげるから、それまでに魔法をしっかりチャージしておいてくれ」
「わかったわ」
俺の当てずっぽうは百発百中だし、この作戦はいける。
間違いなく当たる。
「どこらへんに狙いをつけておけばいいのかしら?」
「適当でいいんじゃないか?」
「ねえ、本当にあんたを信用して大丈夫なの!?」
「そう言われても困るんだよ。俺はいつも適当にやってるし、それで大抵のことはうまくいく」
「それって、たまたま上手くいったってことじゃないの? もう一度訊くけど、本当に大丈夫なの?」
「はいはい、わかったよわかったよ。まったく、めんどうだな……。じゃあ、ちょうど中央のやや低めを狙ってくれ。俺が適当に決めた位置なら問題ないだろ?」
「適当って自分から言ってしまっているところが、あまり大丈夫だとは思えないんだけど……」
不安そうな顔を浮かべながらも、ソファイリは魔法を放つ準備をし始めた。
「ねえ、まだなの?」
「いや、まだだ」
「まだ?」
「いや、まだもう少し。……多分」
「多分!?」
場を覆い尽くすただならぬ緊張感。
ソファイリも俺もナイアガラ並みの汗を流している。
そ、そろそろ合図をした方がいいのか?
適当に叫んだらどうあがいても当たりになってしまうのはわかっているのだが、やっぱり声を出すのを躊躇ってしまう。
これは 俺たちの生死を左右する博打だ。
練習や対策をしようがない、いつどこで誰がやっても過程が変わらない、サイコロを振るような行為ではあるが……俺には心の準備がまだできていないのである。
……。
………………。
………………………………。
……………………………………………………………………。
『浮雲さん、待つの飽きました。早く撃たないとチャンネル変えますよ』
「いまだ!」
「ファイアーーーーボール!!!」
地獄の底から現れたような、恐ろしい大きさの火の玉がソファイリの手から放たれた。
そして、その全てを容易く喰らってしまいそうなインフェルノは、タイミングよく階段を登ってきた人間の顔面にめり込み――
――ぱっと消えた。
「貴様ら! まだ、ここにおったか!」
「おっさんかよ!」
***
「はぁ、はぁ、はぁ……」
や、やばい。マジで息切れしてきた。
おっさんから逃れるために急いで走らなければならないのだが、もう俺の体は限界だ。
「もっと早く走って。追いつかれるわよ!」
全力で走りながらも、いちゃもんをつける余裕があるソファイリが恨めしい。
今頃こんなことを言っても遅いが、毎日怠けていないで、こういう時に備えてもう少し運動をしておくべきだった。
「貴様ら! そこで止まれ!」
止まれと言われて止まるやつがあるか……と言いたいところだが、足がまともに動かなくなってきたので多分止まる。
下半身の感覚がほとんど麻痺している。
ぜぇはぁ……。
誰か……助けて、もう無理っぽい。
すると俺の願いに応じてくれたのか、新たな闖入者が現れた。
――シュッ!
「!?」
――カキン!
鉄が鉄を弾く音が轟く。
おっさんの剣がどこからともなく放たれた針を弾いたのだ。
「誰だ!」
大きな声で怒鳴るおっさん。
それに対して闖入者は返事をせず、挨拶代わりに針を数本おじさんへ向けて放った。
しかし、おっさんはそれを力ませた腕で難なく受け止め、痛そうな様子を全く見せずに一本一本、噛みちぎるように口で引っこ抜く。
俺の股間キックでワンショットキルしたので見掛け倒しの雑魚だと思っていたが、割とタフガイだったらしい。
「あ、ありえないわ。あの呪いを受けて、なおも平然としていられるなんて……」
ソファイリはおっさんの格好よさに仰天している……というよりは、おっさんの狂人具合に恐怖しているといったところだろうか。
無理もない。マジックのパラメーターが0の人は、本来、この世界に存在しないはずだ。
「貴様、そんなところに隠れていないで真正面から戦え! 男としての誇りは無いのか!」
針忍者もおっさんのやばさに動揺しているのか、攻撃を中断して影に潜んでしまったみたいだ。
次の攻撃がなかなかこない。
隠れている針忍者は自分の身は安全だと思い込んでいるのだろうが、おそらく魔法を使って姿を消しているので、魔法とは完全に無縁なおっさんには――
「そうか、出てくる勇気がないと申すか。ならば私からしかけるぞ! ていやぁー!」
――通用しなさそうだな。
おっさんの剣が壁を叩くと、そこから黒い影が凄まじい勢いで飛び上がり、残像をあちこちに残しながら周囲を縦横無尽に駆け巡りだした。
目に止まらないハエのように素早い動きだ。
真っ向勝負ではかなわないと気づいたので、おっさんを錯乱して隙をつこうとしているのだろう。
しかし、その程度の小細工ではおっさんの優勢は変わらない。
先ほどからのワンパターンな行動から察するに、あいつは針が効かない相手に対する攻撃手段は限られているのだろう。
そして、バーサーカーのごとく剛腕を振るうおっさんの剣を永遠に避け続けるのは不可能。
針忍者がやられるのは時間の問題だ。
「俺はおっさんに100コペルト賭けるけど、お前はどうする?」
「そんなことをしている場合じゃ無いでしょ……。今のうちに走って逃げるわよ」
おっと、そうだった。
針忍者もおっさんも、俺たちを狙っている敵なんだよな。
「あ、ソファイリ。ちょっと待って」
「どうしたのよ?」
「悪いけど走るのはちょっと無理。足がガクガクしてきた」
「……歩いて逃げるわよ」




